メディア

鳥山明逝去、に寄す

● 今こそ、ドラゴンボールを集めに行かねばならん――わが国のみならず、世界中がそう思ったようです。 鳥山明急逝の報がweb環境を介して瞬時にかけめぐりました。享年68。急性硬膜下血腫とのことでしたが、その衝撃は国内もさることながら、むしろそれ以上に…

読み書きと「わかる」の転変

● 最近、おそらくは老化がらみでもあるだろう事案ですが、あれ、これはひょっとしたらヤバいかも、と思っていることのひとつに、「横書き」の日本語文章が読みにくくなっているかもしれないこと、があります。 いや、読むのは読めるんだけれども、腰を据えて…

八代亜紀「うたに感情を込めない」、のこと

*1 *2● 1月10日のスポーツ紙朝刊、八代亜紀の訃報が、まるで阪神優勝の勢いで特大の色刷り活字の見出しの乱れ打ちと共に右へならえ、横並びの潔さで躍っていました。 ああ、それほどまでに、本邦スポーツ紙の想定読者層にとっての八代亜紀、いや、より丁寧に…

「詩」とは、あたりまえに「うた」であった

● 前回、「美術」「芸術」に対して、ずっと抱いていた敷居の高さのようなものについて、少し触れました。せっかくなので、そのへんからもう少し、身近な問いをほどきながら続けてみます。 あらためて思い返してみれば、同じような敷居の高さ、距離感といったも…

「美術」「芸術」から「コンテンツ」へ至る道行き

● 期せずして無職隠居渡世に突然なってしまったことで、それまで気になっていてもなかなかあらたまって読むこともできなかったような分野の本――もちろん古書雑書ですが、これもまあ、ある種の怪我の功名というのか、日々の仕事にまぎれて敷居の高かったそれ…

「音楽」の転生・転変、その現在―「NOT OK」からの不思議

● 同時代のうた、眼前の〈いま・ここ〉に流れている最新の、いや、そうでなくても、ある程度いま、商業音楽として市場に流通しているいまどき流行りの楽曲に、おのれの耳もココロも反応しにくくなってしまうことは、加齢の必然と半ばあきらめてしまっていま…

鼻歌、ということ

● 鼻歌をうたう、という身ぶり、あるいは日常生活上のちょっとした癖みたいなものでしょうか、いずれにせよ、そういうしぐさもまた、昨今見かけなくなったもののひとつかも知れません。 たとえば、『あたしンち』という、けらえいこのマンガに出てくるおかあ…

「孤立」とうた、自意識の解き放たれ方

● 歌は世につれ、世は歌につれ、というもの言い、玉置宏の発案と言われてますが、その真偽はともかく、そこで言われているような、世の中と「うた」とが自明にがっちりからみあい、共に存在するという認識自体、もしかしたらすでに静かに歴史の向こう側に退…

文字/活字の〈リアル〉視聴覚系の〈リアル〉

● そう言えば、 「盛り場」という言い方も、最近はあまりされなくなったようです。 飲み食いから夜は酒やオンナなども、そしてそれに伴いさまざまな興行もの、その時その場所での「上演」を属性とするような「消費」が、場合によっては24時間体制ですら準備され…

「娯楽」と「ジャーナリズム」の関係、その他

● かつて――と、もう言ってしまっていいのでしょう、「アカデミズムとジャーナリズム」という対比で語られるのがあたりまえに「そういうもの」だった、そんな言語空間と情報環境が本邦の〈いま・ここ〉にありました。 それがもう「かつて」と呼んで構わない程…

「視聴覚文化論」、その未発の可能性

● 視覚と聴覚、という話から、もう少し続けてみます。情報環境の遷移とその裡に宿っていった生身の意識や感覚について、情報化社会と視聴覚文化、といった補助線から、例によっての千鳥足でゆるゆると。 情報化社会を語ることは、映像情報の大量化を語ること…

「視覚の優越」と「耳の快楽」

● とある体育系の某教員談。授業で身体動かすBGMに嵐のオルゴール曲を流してたら、学生が「センセ、嵐の声聞きた~い」と言ってきた由。 歌詞を、ではなく、だから「ことば」ではない。あくまでも「声」、音響としての音声を聴かせて欲しい、という意味らし…

「無法松の一生」のこと

*1 先日、三浦小太郎さんが、かつて自分の書いた「無法松の影」という本をとりあげて、えらくほめてくださっていたんですが、それを受ける形で、今日はその素材になった「無法松の一生」の話をしろ、ということなので、少しお話しさせていただきます。 というの…

記録する情熱と「おはなし」の関係

● わだかまっていた厄介事に、とりあえずの決着がつきました。 とは言えその間、2年9ヶ月という時間が、それもおのれの還暦60代という人生終盤、予期せぬめぐりあわせの裡に過ぎ去っていました。 大学という日々の勤めの場が、たとえ北辺のやくたいもない…

留学生の不適切入試の疑いで混乱する札幌国際大学

田中圭太郎『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)から、札幌国際大学の留学生をめぐるワヤについての部分。取材を受けたし、また内容の細部についての説明やコメントもした。自分自身の書いた仕事ではないが、札幌国際大学問題についての一連のエントリー関連という…

耳の〈リアル〉と「事実」の関係

● 大正12年の秋、というと、あの関東大震災が起きた年の、まさにちょうどその頃、ということになります。ただし、これは被災地東京ではなく大阪でのこと。当時、朝日新聞社企画部にいた高尾楓蔭が、ひとりのアメリカ人を会社に連れてきました。この高尾楓蔭…

作家の音読と朗読、「読む」と「書く」の関係

● いわゆる作家が自分の書いた作品を同人誌の仲間に披露する時、自ら原稿を朗読する習慣が、かつてあたりまえにあり、そしてそれはずいぶん後まであったらしいことは、以前も何度か触れました。それは小説であっても、それこそ流行歌の歌詞においても、それ…

「団塊の世代」と「全共闘」㉜ ――大江健三郎、高橋和巳

●大江健三郎 ――三島なんかとは格が違うとは思うんですが、未だに朝日新聞以下、後がなくなってるリベラル陣営の守護神というか貧乏神みたいになっている、大江健三郎はどうでしたか? 大江健三郎は、私たちの頃は尊敬の対象ではなかったし、私も大江健三郎を…

「団塊の世代」と「全共闘」㉖ ――「大学」の衰退、戦後の終焉の風景

●大学という場の磁力、日本人の退嬰化 ――大学自体、そういう「教養」をわが身に紐付けて形成してゆくような教育を、最近はもうしていませんし。 そう、ただ昔から大学は、そういう教育をしていたとしても、それは一般的な教養教育にすぎないんであって、制度が…

「団塊の世代」と「全共闘」㉕ ――「教養」願望、と、おたく的知性の関係

*1 *2●教養願望とオタク的情報量の集積 ――でも今、浅田彰や宮台真司がアニメ語るとカッコ悪いでしょ(笑)。もちろん、当人はそう思っていないんだろうけど。 それは、教養になり得ていないんだよ。 ――マンガでも一緒ですよ。浅田が岡崎京子を語ったら、ほん…

まるごと、としての「うた」の可能性

● いま流行っている音楽、という設定が、いつの頃からか、われわれの日常の中から失われたように感じています。そして、そのことの意味というのも、もうあまり立ち止まって考えることもされなくなっているようにも、また。 思えば、テレビのいわゆるヒット・…

もうひとつの現実、を織り込むこと

● 19世紀末から20世紀にかけて、当時の近代化先進地域から始まった「大衆社会」へと向かってゆく様相というのは、それまでの社会にあたりまえにはらまれていた「違い」――個々の人間の持ち前の性質や体質から、その出自来歴、地縁血縁含めた逃れようのない規定要…

続・阿久悠と都倉俊一――あたらしい〈おんな・こども〉の感覚

● 阿久悠と都倉俊一の「出逢い」が、どれだけ互いに異質なもの同士の遭遇だったか。それは後世の後知恵でごくあっさり言ってしまうならば、「育ちの違い」というひとくくりな言い方に還元してしまっても、ひとまずいいようなものではありました。 だがしかし、と…

阿久悠と都倉俊一――〈おんな・こども〉への合焦

● 前回、最後に阿久悠の名前が出たので、彼の仕事を足場にもう少し、〈おんな・こども〉の領域が「うた」とそれに伴う日常の身体性とでも言うべき領域にどのように関わってきていたのかについて、続けてみます。 阿久悠という名前は、「作詞家」という肩書きが…

世相史は、いつも後知恵で

自分の生きてある〈いま・ここ〉と地続きの時代の流れ、自分以外の他人を介してもなお未だ生身を介しての地続きではある「ほんのちょっと前」――only yesterdayな過去、いわゆる現代史、時には世相史や生活史と呼ばれもするような間尺の、それも日々の暮らし…

瞑目して「うたう」こと、の来歴

先日、ヘンな夢を見ました。ふだん、あまり夢は見ない方なのですが、だから余計に印象に残ったらしい。 手もとの紙に書かれた詩のようなものがあって、それらを実際に「うたう」ことを求められている場に自分が居合わせていて、しかもそれをカラオケのように…

ウクライナの「うた」、五木寛之の記憶

● いまどきの情報環境のこと、無職で隠居に等しい身の上で、外へ出て人と会う用事なども基本的になく、それこそ日々ひきこもりに等しい生活をしていても、世の動きや動静は文字に限らず画像、映像、動画に音声、いずれそれら各種「情報」として平等に、なんだ…

三木鶏郎にとっての「うた」の戦後

● 「広告・宣伝」に使われる音楽と、「流行歌」として半ば自然発生的な過程も含めて作られてくる音楽との間には、当時の同時代気分として大きな違いが、それなりに感知されてはいたようです。そしてまた、それらと「歌謡曲」として作られる音楽との間にも、また…

「放送」と「いなか」の耳

● 戦前の「盛り場」、それも大正末の関東大震災以降、復興してゆく東京を「尖端」として現出されていったようなあり方は、それ以前の「市」的な、どこか近世以来の歴史・民俗的な色合いに規定された賑わいとは、どこか違う空気をはらむようになっていたようで…

「宣伝・広告」と「放送」媒体の必然

● ラジオが「ナマ放送」であることの「臨場感」を大事にしていたこと。そしてそのような初期のラジオの媒体としての自覚が、すでに巷に出回っていたレコードを放送に乗せることをどうやら忌避していたらしいこと。 その一方で、ラジオは「家庭」というたてつ…