ブンガク

解説 永沢光雄『AV女優』

● 声のいい男である。 低くて太い。心地良い。だが、生身の耳には心地良くても機械にはそうでもないらしく、話を聴いたテープを起こしているとかなり聞き取りにくかったりする。けれども、言葉が言葉として聞き取りにくくなる寸前のところで、じっとその響き…

漫画研究、この難儀な現在

研究であれ批評であれ、この国の漫画について内側からつぶさに言葉にしようとする意志にとって、少なくともここ二十年足らずの経緯を考えた場合、いやでも認識せざる得ない大きな転換がある。それは、現実に流通する漫画の「量」が個人で網羅し、読み尽くせ…

田中康夫、震災に軽挙妄動

田中康夫が震災被災地でボランティアに奔走しているという。笑止千万である。 かつて湾岸戦争の時、「文学者」という大時代な主体性で戦争反対を“宣言”する記者会見をやり、おおかたの失笑を買った一人だったのを小子は忘れていない。あの時は今は亡き中上健…

無法松との道行き

『無法松の一生』という物語がある。 ある年輩以上の方ならばすぐ思い出していただけるだろう。戦争も末期の昭和十八年、伊丹万作脚本、稲垣浩監督、阪東妻三郎主演で映画化され、国民的な人気を獲得したと言われている。 ただし、もとは小説でそれも百枚ち…

「文学」の歴史性、その鈍感も含めて

同年代の、というと、具体的には三十代後半から、下はせいぜい二十代半ばあたりまでになるのだが、およそそのような年格好のもの書きや編集者たちと顔を合わせる機会があると、どうしてこれまで「文学」というのはあそこまで特権的な存在でいられたのか、と…

正岡容。早熟の騏驪児の晩年。寄席と芸人の世間に行き暮れる。

あだ名は「ライオン」。といっても、別にアル・パチーノじゃない。*1 いや、あの『スケアクロウ』のアル・パチーノも、むくつけきメリケン男の地金に塀の中でしんにゅうがかかったジーン・ハックマンを相棒にした珍道中。ライオネルなんて女みてえな名前だ、…

花田清輝。負けた、ことの剛直。“若さ”は万能ではない。もちろん、今も。

こいつは負けた、と若い男が叫んだ。叫ばれた方の男は年かさだったが、“若さ”のまぶしさにただ目くらまされるほど単細胞でもなかった。その程度には修羅場をくぐった知性だった。だから、血の気の多さを諌めるような、はぐらかすような調子でその“若さ”をい…

無法松の影

夏の小倉に太鼓が響いた。西瓜だろうか、何かやわらかな食べものが舗道に落ちて赤黒いしみになり、有機物が腐ってゆく甘酸っぱい匂いを往来に放っていた。きれいに整えられた山車にはどれも冷たい飲みものを積んだ小さな車がクーラーボックスよろしくくくり…

貘与太平。“思想なき気質”の全力疾走。

「トスキナア」というオペラが上演されている。場所は東京、浅草は観音劇場。時は大正八年の春。遠い、しかし〈いま・ここ〉の僕たちと地続きの昔だ。 逆さに読めば「アナキスト」。スリが役所公認の稼業になり、赤い帽子に青いマント、免許を懐におおっぴら…