書評

書評・中野 翠『会いたかった人』(徳間書店)

会いたかった人作者:中野 翠徳間書店Amazon 中野翠ってもっと若いんだと思ってた、と言う人がよくいる。ひとまずごもっともな感想ではある。 雑誌編集者的世界観からすれば「女性コラムニスト」とひとくくりにされがちなもの書きたちの中で、仕事だけで判断…

書評・香月洋一郎『山に棲む――民俗誌序章』(未来社)

*1 言葉が「地方」の現実を描けなくなって久しい。日本全国が“東京”と化したからだ、と嘆く声が聞こえる。だが、それは確かに事実であっても、そのさまざまに“東京”化した中での「地方」もまた必ずある。問題は、その必ずある現実を描きだす手立ても志も、共…

「男前」の存在感――解説・岡本嗣郎『男前』

山本集さんと初めて会ったのはもう何年か前、確かどこかのホテルのロビーだった。 同席していたのは、ルポライターの朝倉喬司さんと、この『男前』を最初に単行本として刊行した南風社という小さな出版社の社長Hさんのふたり。Hさんが岡本嗣郎さんの筆で山…

書評・稲垣尚友『十七年目のトカラ・平島』(梟社)

*1 七〇年代のおわり、それまでの十数年におよぶ奄美・沖縄の島々をめぐる旅の果てにたどりついたトカラ列島の小さな島、平島。「原初」の生活にあこがれ、文明にどっぷりひたった自分から逃れようと棲みついたのだが……。 島の暮らしを記録し、本にしたこと…

書評・『ドキュメント 綾さん――小沢昭一が敬愛する接客のプロフェッショナル』(新しい芸能研究室)

ここで小沢昭一さんが話を聞いている「綾さん」は、早い話がトルコのお姉さんです。今はソープランドって言いますが、彼女が現役で売れっ子だった六〇年代は、サービスの内容がマッサージからスペシャル、そして本番へと移行してゆく時期。売防法で行先のな…

書評・宮台真司『終わりなき日常を生きろ』(筑摩書房)

終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)作者:宮台 真司筑摩書房Amazon*1 宮台真司は、今どきの「論壇」まわりでは福田和也と並ぶ“いじめられっ子”らしい。 だが、僕は案外買っている。しなびたお勉強屋ばかりで世間離れした言葉を弄…

野口武徳『沖縄池間島民俗誌』のこと

沖縄池間島民俗誌 (1972年)Amazon 恩師とその本について述べます。 名前は野口武徳。今から一〇年前、僕が大学院最後の年に亡くなりました。享年五二歳。舌癌で下顎切除までした壮絶な死でした。 その野口先生がまだ院生の頃に行なった民俗調査をもとにまと…

書評・井上章一『狂気と王権』(紀伊國屋書店)

まず著者に一言。もっとしっかり胸張りなって。 「本文中に引用した文献類でも、私自身が発掘したものは、そんなに多くない。たいていの資料は、すでに誰かが先に紹介してしまっている。私の本は、セコハンのデータをかきあつめた、やや概説的なしあがりとな…

「ムラによって違う」の底力――赤松啓介vs.上野千鶴子『猥談』刊行に寄せて

「そらあんた、ムラによっていろいろ違いがありますわぁ」 こちらのつたない問いかけに対して、実に人のいい顔をしてにっこり笑いながらつるりと頭をなでる、そのしぐさがいつも眼の底に深く焼きついた。 「呵々大笑」というもの言いにそのまま実体を与えた…

解説・赤松啓介×上野千鶴子『猥談』

猥談―近代日本の下半身作者:啓介, 赤松,千鶴子, 上野現代書館Amazon● いやあ、長かった。 やろう、ということになってからなんと五年。別にサボっていたわけではないことは、 版元である現代書館と担当編集者の村井三夫氏の名誉のために言っておきたい。結構…

書評・村井 紀『増補改訂・南島イデオロギーの発生』(太田出版)

南島イデオロギーの発生―柳田国男と植民地主義 (岩波現代文庫)作者:村井 紀岩波書店Amazon*1 柳田“悪人”説に傾く柳田論の系譜というのがある。柳田陰謀史観とまでは言わないが、もの言いの歴史として見れば、桑原武夫あたりに始まる牧歌的で「文人」主義的な…

書評・山口昌男『「挫折」の昭和史』(岩波書店)

不良の書いた歴史書である。 イデオロギーに縛られたまま身動きとれなくなり、どんどん世間離れしていったそこらの歴史学者たちとは根っから育ちが違う雑食性の知性。「近代日本の歴史人類学」という“いかにも岩波”なオビの惹句も、その知的不良の身のこなし…

民俗学者(上)――赤松啓介さん

「路上の達人たち」というタイトルで、永らくこの誌面をお借りしていろんな人の話を聞かせてもらってきた。 バナナの叩き売りの北園さんから始まって、「人間ポンプ」の安田さん、個人タクシーの坂口さん、鯨とりの川崎さん……などなど、移動する仕事、言わば…

解説・赤松啓介『神戸財界開拓者伝』

神戸財界開拓者伝作者:赤松啓介メディア: 単行本 民俗学者赤松啓介の最良の仕事は何か、と問われれば、迷わずこの『神戸財界開拓者伝』を推す。 初版は一九八〇年七月、神戸市長田区の太陽出版から出されている。箱入り六五九ページの布装。色はなんというの…

上州草競馬の記憶――稲葉八州士『競馬の底流――侠骨二代の風雪――』(1974年 実業之日本社)萩原 進『群馬県遊民史』(1965年初版/1980年復刻 国書刊行会)

競馬がとことん面白くない。武豊は設計図通りのアイドルになった。テレビでは小林薫が人の良さそうな顔で馬券の楽しみを思い入れたっぷりに語る。競馬場に行けば行ったで家族連れやアベックの花盛り。場外馬券売場(最近はWINSとか言うらしい)もラブホ…

書評・内橋克人+佐高 信『KKニッポンを射る』

KKニッポンを射る作者: 内橋克人,佐高信出版社/メーカー: 講談社発売日: 1986/11メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る この国にひしめく大小無数の「企業」たち。だが、その形態はさまざまに異なっているにせよ、そこで働く人間たちの実像につ…

書評・吉見俊哉『都市のドラマツルギー』(弘文堂)

都市のドラマトゥルギー (河出文庫) 作者: 吉見俊哉 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2008/12/04 メディア: 文庫 購入: 6人 クリック: 57回 この商品を含むブログ (27件) を見る 「東京」が変貌している。おそらく、関東大震災の時や、空襲によって焼…

書評・小関智弘『町工場の磁界』

町工場の磁界 作者: 小関智弘 出版社/メーカー: 現代書館 発売日: 1997/04/01 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る 本書の著者小関智弘は、一九七七年の『文学界』一一月号に発表した「錆色の町」で第七八回の直木賞候補になったこともある…