「サブカルチャー」の射程距離、について

 

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 字数が限られている。ギリギリ必要な世界観だけ叩き込む。ムツカしくてなんだかよくわからねェ、といきなり横着に開き直る程度の脳味噌しかない方面はひとまず読まなくても結構。60年代から80年代というこの国の近代指折りの大変動期を、トリビアルな昆虫採集めいた事象の集積――「カルト」ってか?――一発でわかろうなんて、貼り込む台紙もなしにブルーチップスタンプ集めたがるボケ老人と大差ない。そういう手合いは早いとこ脳味噌腐らせて、生きながらこのとりとめない「現在」に葬られちまえ。それじゃもうこの先救われないって自覚があるのなら、そういうあんたらに必要なのは今や自家中毒寸前のはずの方向性なき「情報」や「知識」ではなく、それらを律するゴリッと確かな「世界観」だ。


 映画や漫画やアニメやSFやロックやポップスや、とにかくそういう類いの二十世紀的複製技術を前提に成立する表現のジャンルをひとくくりにくくることのできるもの言いというのが、どうやら今のこの国、この時代にはもう存在しないらしい。存在しないということは、今のこの時代に生き、それらの表現を空気のように呼吸し、社会化してきた「若者」たちにとってそれらはわざわざひとくくりにして対象化する必要すらないほど、まるで空気のような自明さに包まれた均質なものになってしまった、ということで もあるらしい。全てはここから発する。

 以前ならばこのテのものは、たとえば「大衆文化」とか「サブカルチャー」とか呼ばれていた。だが、ほとんど茫然とするしかないのだが、この「サブカルチャー」というもの言い自体、今やカビの生えたものになった。それは、わざわざ「サブカルチャー」と言わなくても、それをある関係性の下に「サブ」に――つまり「二次的な」「大したことのない」「俗な」「その他の」といった属性に置いているはずの「メイン」のカルチャー自体が腰砕けになり、何が本 来で何がそれ以外かというのがここ十年あまりの間で決定的にあいまいになってしまったからだ。その結果、わざわざそのようなくくりかたをしなければ何か落ち着かないような自信のなさ、うしろめたさといった感覚が、これらの表現にまつわることがほとんどなくなってしまい、とどのつまり、「メイン」に対するカウンターの位置にあって初めてその可能性を充分にかたちにすることのできる「サブ」の側に、輪郭の確かな想像力が宿らなくなっちまった。ひらたく言えば、そのための準備も資格もないのにいきなり“エラいもの”“正しいもの”にされちまって元も子もなくしちまった、ってことだ。


 この大転換は80年代初めにあからさまになった。戦後民主主義(おそらく)最後の守護神、橋本治がかつて「八〇年安保」と称した事態は、まさにこの大転換に正面から対応している。

 だが、このあからさまな転換は未だにきちんと正面から語られたことがない。いや、ないどころか、世間の“常識”をよってたかって支えている「オヤジ」たち(これは「おとな」や「男」と等号で結ばれるものではない)は、そのような大転換が起こったことすらわからないままだ。

 敢えてポジティヴに言えば、この大転換以降、サブカルチャーが「どうせサブだからよぉ」といじけて肩身の狭い思いをすることは確かに少なくなった。しかし、にも関わらず、サブカルチャーを語るもの言いは、未だ「メイン」と「サブ」の間にどうにも越えられない垣根があった(と誰もが思ってみ根性を前提にして成り立っている。だからこそそれは、そういう「サブ」のものを正面から語るということそのものが素晴らしいのだ、という被害者意識に苛まれた者特有の一発逆転根性、悪く言えば開き直りを当然の前提としていたりもするし、同時にまた、その論じ、語られる水準がどのようなものかという冷静な批判力を時に曇らせるようにも働いてきた。

 それが何であれサブカルチャーとそれまで名づけられたきたような領域の現象を正面から本当に落ち着いてことばにし、論じ、語り尽くすためには、この先、こういう不自由なもの言いの呪縛をまずカッコにくくってしまえるだけの視野を持たねばならない。言い換えればそれは、サブカルチャーについてのことば本来の意味での「歴史」をそれぞれが身についたことばで回復せねばならない、ということだ。


 サブカルチャーがそのような文字によって論じ、語り、組み立てられてゆくような「メイン」の世界の側から、きちんと捕捉され論じられる対象になったのは、そう古いことではない。

 歌謡曲の歌詞を分析の対象にした思想の科学研究会・編『夢とおもかげ』が出たのは、占領下の1950年だった。それは、テレビの普及とネットワーク化、日本映画の隆盛と衰微、週刊誌ブーム、ドーナツ盤と民放ラジオの興隆を軸にした歌謡曲市場の成立、などなどを準備したこの国の1950年代から60年代初めにかけての大衆社会化のある離陸のとばぐちに対応している。どんなに鈍感な知性にも、サブカルチャーがいやでも目に入らざるを得ないようになった。サブカルチャーの現実が「現在」と重なり始める皆既日食の過程がはっきりと確認できるようになり始めたのがこの時期だ。

 当時、雑誌『思想の科学』に集まった学者・研究者たちは、これら膨脹し、普遍化したサブカルチャーを敢えて論じ、考察する対象にしてきた先駆者的存在だった。ちなみにこの雑誌、未だに未練たらしく続いているけれども、この当時の水準とは月とスッポン。万一本屋で見かけたら即座に小便をひっかけてやるように。その中心にいたひとり鶴見俊輔『限界芸術論』は、サブカルチャー総論として今も必読書。また、テレビに代表されるこの時期新たに暮らしに侵入してきたマス・メディアにまつわる情報環境の変化の問題については、D.リースマンの大衆社会論をいち早く紹介し、かたや柳田國男に学んだ微細な「眼前の事実」への視線を備えた社会学加藤秀俊が着目している。一方、これらと微妙に交錯しながら、寺山修司虫明亜呂無は競馬やボクシング、野球といったサブカルチャーとしてのスポーツを媒介に同時代を語り続けていたし、野坂昭如永六輔大橋巨泉らもテレビの現場からのことばを連射し始めていた。


 70年代に入ると、それらサブカルチュアへと向かうことばは異なった語り口をより広汎に獲得するようになった。同じくそれ自体ひとつのサブカルチャーとして量的背景を伴ったある“気分”を形成するようになった「左翼」のもの言いが、より積極的にサブカルチャーの現実を捕捉し始める。映画が、ジャズが、漫画が、ロックが、それぞれ「情況」を語るための触媒としてことばにされるようになる。それは“気分”としての左翼に規定されたもの言いをくぐったものではあったにせよ、文字の側からサブカルチャーを捕捉するためにそのような媒介はひとまず必要だった。

 美術評論から出発して漫画評論の礎石を築き、志半ばにして斃れた石子順造、女性週刊誌の現場をくぐった「ルポ」の初志で芸能の底流を足で追った竹中労、ジャズから映画、後に歌謡曲から浪曲河内音頭、時に筒井康隆や大薮晴彦といった“大衆文学”までを長駆転戦した平岡正明、火炎瓶片手に東映ヤクザ映画にスイングし、睡眠薬中毒で絶命した予科練崩れのマルキシスト斉藤龍鳳らがいた。また、50~60年代アメリカのサブカルチャーを呼吸してきた生活史的背景を持つ片岡義男も、後のカドカワ御用達の環境文学作家になり下がる以前には、『10セントの意識革命』という好著がある。学者系では石川弘義、中野収らも出た。


 だが、八〇年代を迎えて、「サブカルチャー」というもの言いでおさえられるべき守備範囲はグジュグジュと拡散し始める。歴史も政治も経済も、それまでカルチャーの側にあったはずの事象までもが全てサブカルチャーの枠組みで等価のものとしてとらえられるのだ、というマニフェストがあるリアリティを伴って大手を振って歩き始める。その後押しをしたのが「消費」をキーワードにした主体を設定する俗流消費社会論であり、さらに言えば“気分”としての「ポストモダン」だった。

 田中康夫からいとうせいこう中森明夫泉麻人らに至るこれら80年代型書き手たち(その多くは今や雑誌『SPA!』に配流されている)のサブカルチャー論は、身のまわりにサブカルチャーしかなくなったこの状況の意味を「歴史」の中で自覚することに乏しかったという意味で、それまでのサブカルチャーを語るもの言いの流れから断絶している。映画を軸に漫画やビジュアル方面でいい仕事をしていた四方田犬彦や、ある種の芸としてのレトリックでTVゲームやゴジラを語って見せた中沢新一、60年代以来文字の側の知性の間で神話化されてきた経緯をテコに果敢に「ポストモダン」を語ろうとした吉本隆明らの論者も、パラダイムとしては同じこの“80年代のスカ”の呪縛を受けている。それを乗り越える貫禄を見せたのは、わずかに、サブカルチャーとしての大衆映画についてのブッ飛びものの大力作『完本チャンバラ時代劇講座』をものし、その他『江戸にフランス革命を!』『ぼくたちの近代史』『89』らを連発して“サブカルチャー史観”とも言うべき骨太の立場からの「歴史」の回復を志した橋本治くらいだ。

 そこから後、全てはサブカルチャーと化して「現在」と重なったまま、しかし、未だ文字を介した「カルチュア」の歴史の流れの側にきちんと復員してはいない。「アート」というもの言いの隆盛は、そのような歴史を失った膨大な現在としてのみ存在する90年代高度資本主義体制下のサブカルチャーをめぐる状況を反映しているはずだ。


 最後に宿題をひとつ。これら戦後のサブカルチャーを語ることばの「歴史」から欠落している思想的立場が主にふたつある。右翼(ナショナリズム)とフェミニズムだ。で、それは一体どうしてか。「現在」との関係を補助線にそれぞれ考えてみよ。以上だ。*2

*1:初出、別冊宝島とだけ記憶。何の特集だったかは追ってまた。

*2:この宿題、当時全く無視された。その後も同様。だから、そういうツケはここに来てこってりとまわってるんだってばよ(´・ω・`)  2014.9.27