書籍市場の変貌

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 今年のベストセラーのリストを眺める。文学方面では『マディソン郡の橋』が断トツのトップ。**万部が売れたのだという。あるいは、話題になった陰毛ヌード写真集も売り上げとしてはかなりの成績を上げているし、マンガ市場もすでに成熟段階に入って安定している。活字離れと言われても、本当に我々は書店によく行く民族なんだな、と思う。

 ただ、書籍関係に限らず、いわゆる文化の領域に属する商品の売れ方がこのところ少し変わってきているのではないだろうか。たとえば、この不況下唯一成長していると言われる音楽CD市場にしてもそうらしいのだが、事情通に言わせると「ひと握りのミリオンセラーが市場を支えていて、それ以外は低いレベルでのドングリの背比べ」なのだという。つまり、ドカンと売れる化けもの級の商品がいくつかあって、それは全国津々浦々まで流通し売れてゆくのだけれども、それ以外のものは泡沫商品として回転するだけなのだ。

 底辺が広がれば頂点も高くなる、という言い方があった。草野球や少年野球という底辺が広がれば頂点であるプロ野球のレベルも高くなる、というあれである。文化や表現に関するある真実を語った格言だとは思う。しかし、もしかしたらこの国では、その底辺と頂点の関係からしてゆっくり変わり始めているのかも知れない。文化の質という頂点をうまく支えられない、支えることも予期されていない厖大な底辺の広がり。高度経済成長このかたこの国がめざしてきた「豊かさ」とは、そういう厖大な中ぶくれを社会の多数派にしてゆくことだった。誰が意図したわけでもないにせよ、それは底辺と頂点という枠組みすら根こそぎ変えてしまうような、文化の水準からの社会改造に他ならなかった。「才能」が出てこないとお嘆きの文芸評論家諸兄、もしかしたら諸兄の枠組みの方が、すでに世にある才能をうまくすくいきれなくなってるというだけのことなのかも知れませんぞ。(鳳)




*1:産経新聞の匿名批評欄「斜断機」原稿。