「80年代」の終焉

 

 ああ、こりゃほんとに「八〇年代」が終わったんだな、と今、しみじみ思っている。

 地下鉄サリン事件から始まった一連のオウム真理教がらみ(とされる、とひとまずまだ言ってはおこう)事件についてはすでにあれこれ山ほど言われているし、これから先も言われるだろう。また、きちんと言われなければ困る。

 警察の強制捜査についての違和感、あるいはもっと安易にはメディアの報道姿勢に対する批判というのが、すでにちらほらと出始めている。久米宏強制捜査初日に「警察国家化は困る」と言ったという報道があったし、僕自身は未確認だが、例によって島森路子がテレビのコメントで同じような趣旨のことを言ったとも聞いた。もっとも、久米は事態が明らかになるにつれてただごとではないのを敏感に察知したらしく、翌日からはガラリとトーンを変えて口ぬぐったのはさすがだが、島森などは警察庁長官銃撃の後でもなおこんなことを平然とぬかしてたというから、情報生産の現場にいながら情報をわが身に引きつけて解釈する謙虚さなしという点ではこれは、何がなんでもオウム叩き、の芸能リポーターあたりのノリと同じ。なるほど、テレビ「言論」人にも質は厳然とあるとつくづく思う。

 まして、この期に及んで「権力はもっと慎重に」「信教の自由を侵してはいけない」てな紋切り型のコメントだけを出して平然としていた知識人たちなど、だったらお前の庭先にサリンばらまかれてもいいんだな、という世間の視線にどう毅然と対抗できる目算があるというのだろう。そのように責任ある言論、引き受ける覚悟のある言葉かどうかというのが、今回はかなりはっきり試されることになってしまっている。言葉の表層で戯れているだけでも「言論」とみなされた、良くも悪くもそんな「自由」が全面開花できた「八〇年代」が、自前でその後始末もできないまま、こんな形で外部からいよいよ終わらされる、そのことの重さと情けなさとやりきれなさとをまだ切実に感じていない人が多いらしい。

 

 メディアも含めて寄ってたかってオウム真理教を悪者にしてるのでは、という懸念を持つことは、気分としてわからないでもない。いや、メディアの構造そのものとしてはそういう部分は確かにある。「メディアによる物語化」を言うことで何かものを言ったつもりになる、そのこと自体がすでにとんでもなく陳腐なことになっている現在においてさえ、そのことは僕も痛感する。事実、若い女性層などには「上佑さんがなんかかわいそう」てな気分も鈍くだが広まっている様子だし、あのようなツラ、あのような空虚な言葉の羅列で世間の疑惑に対抗しようとするオウム側の連中の気分とそれはきれいに通底している。少なくともメディアの表層ではそう読み取られることもあり得るようなものになってはいること、それは今のこの国を支える気分のある最大公約数を裏づけている、ということだ。だから、「メディアによる物語化」の言説も実体以上の正当性を帯びてしまうことになる。

 しかし、それらを全て斟酌した上でなお立ち止まって考えてしまうしかないから今回の事態はこれまでと様子が違うと思うのだが、だからと言って今回、オウム側の主張にもっと耳傾けよ、と言い、メディアの横暴を糾弾する言葉を発したところで、その向こう側にある、サリンから生物兵器に至るまでをあのようなずさんな組織で持っていたらしいというミもフタもない現実との対抗関係がまるでとれない。そのようなもの言いをうっかり繰り出す手合いは、これは原発などよりはるかにヤバい事態だとわかっているのだろうか。

 オウムがらみの薬物疑惑が、通常の刑事捜査などでなく明らかに公安捜査、それも自衛隊の治安出動という戦後このかたあり得なかった戦争に近いような腹のくくり方までしなければならないような代物だったことが、そろそろ明らかになってきている。その結果、警察的リアリズムの側がどのような現実を可能性として見ようとしていたのか、そこがメディアの表層とまるで乖離してしまっていたことがあからさまに見えてしまった。どちらも情報として等価ではあっても、ならばどちらのリアリズムに依拠するか、ということを主体的に計測しようとすると、身近に無差別の科学戦が展開しかねないこの事態の前では、あらゆる言葉は凍結せざるを得なくなる。もちろん、そのような事態に陥ることの危険性はある。あるのだが、しかしなおその危険性を説く言葉がこの状況で存在するとしても、紋切り型の「権力は慎重に」などというもの言いでないことだけは絶対に間違いない。警察的リアリズム、いやもっと広げて言えば、言葉本来の意味での「科学的」リアリズムにひとまず最低限の信頼を置く、という作法さえも、「豊かさ」に居直った過剰な価値相対主義任せになかったことにしてきた「八〇年代」のツケはこのように大きく、重い