巨人、大崩壊中

 世紀末なんて軽薄なもの言い振り回してわかったふりするような趣味は持ち合わせていないけれども、最近のようにこれまで当たり前だったものが何もかもグズグズに崩れてゆく現実を眼のあたりにするというのは、はて、人間の生まれ合わせとして幸せなのか不幸せなのか。

 そんな大げさな、とおっしゃるなら、ここ五年ほどの間に起こった事件やできごとを、『現代用語の基礎知識』でも『イミダス』でもいい、何かそういう事典や資料集の類からざっと拾って並べて御覧あれ。政治や官僚制度はもちろんのこと、メディアから企業から日常の些細な道徳に至るまで、とにかく何もかもガタがきていることがいっせいにバレ始めちまっているのがよくわかる。ああ、戦争に敗けた時ってのはきっとこういう感じだったのかなあ、と思う。

 身の回りを見渡してみても、たとえばおのが稼業のはずの学問なんてのももはやものの見事に腰砕け。嘘じゃないよ。少なくとも人間と社会についての学問ってのは、同時代の同胞たちにとって切実な言葉をつむぎ出せなくなっているという意味じゃほぼ脳死状態。ただ、そのことに気づけないで未だに偉いつもりでふんぞりかえる手合いが老若問わず大多数なもんで、多少ともまっとうに悩む人間は口つぐむしかない。だから、「学者」なんて肩書きは今どきよほどの確信犯でない限りこっぱずかしくて使えなくなりつつある。でなきゃ、そりゃただのバカだっての。

 思えば、プロ野球ってのもそういう大崩壊に直面しているもののひとつかも知れない。今年の巨人の情けなさなど、どうもこれまでのスランプと様子が違う。もちろん観客動員は長期低落。東京ドームのキップでは今や子供も喜ばないから、さぞや新聞の勧誘もしにくかろう。なのに未だに「球界の盟主」気取りの勘違いで今は昔の高度成長時代の長嶋神話にすがって商売やろうとしているのだから、こりゃ絶望的だ。プロ野球の選手だからということでなく、弱いチームの選手だからでもなく、ただそういう勘違いをほったらかしたままの巨人の選手であるということが今や一番カッコ悪い。そのことが、さて、当の選手たちにはどれだけ自覚できているのだろう。

 ええい、グズってばかりいても始まらねえや。これから政治に携わる者、役所に勤める者、メディアの現場で働く者、企業社会で生きる者、いずれそういう大崩壊のまっ只中で「これから先」を作ってゆく役回りにある者たちの意志だけが希望だ。巨人ならば、そう、控えから二軍までの若手だな。彼らがさわやかに生意気にそういう勘違いを乗り越えるだけの力をつけようとする以外に、断言する、巨人が今のこんな情けない状態から脱することは絶対に、ない。