「有名人」ということ

 「有名になりたい」と言う人が世間には少なくない。「だって、有名になればおカネが儲かるでしょ」とのたまう。おカネになるような有名がいい、ということらしい。でも、有名になって本当に儲かるのは本人ではなくて、そいつを有名にさせその状態を維持して商売してゆく側。芸能界で儲けようと思ったら自分が歌を歌うんじゃなくて人に歌わせないとダメ、と言われるけれども、真理だと思う。自分が有名になりたいと思っているうちはカネ儲けも大したことにはならないのだ。

 SMAPなどジャニーズ事務所に所属するタレントたちの住所録を出版しようとしている出版社があって、事務所側とひと悶着あっているという。そんな住所なんかどうやって調べたんだ、と思うけれども、このニュースに接した世間の気分としては概ねタレントの側に同情的なはずだ。海外徒歩旅行で一躍人気者になった猿岩石に「おっかしいよね。でも、将来どうするつもりなんだろ」と心配する程度には成熟している今の世間の観客は、SMAPに対しても基本的に同じ視線を投げかけている。そこにはかつての「芸能人」に対するような幻想は薄い。果敢にオートレーサーに転身した元SMAPの森クンの感覚が僕はよくわかるつもりだし、ファンも「それもわかるよね」程度に彼の選択を支持しているはずだ。

 まあ、こういうロクでもない本の常で、版元はそりゃ商売だけに確信犯だろうし、実際に買う人は山ほどいる。そういう欲望が人間にあるってこともわかるし、他でもない僕自身にだってある。けれどもどうにも謎なのは、だからってじきに喜んでこういう本を買う人たちにはそういう欲望を全開にして垂れ流してしまっている自分に対するみっともなさとか情けなさみたいな感覚がどれだけあるのだろう、ということなのだ。

 これってブルセラ援助交際の問題なんかと同じですよね。そりゃ世の中そういう商品を買う奴はいるだろうけど、でもそれってそんなにおおっぴらにできることか、って感覚が世間の側になくなっちまってるとしたら、いくら人目にさらされるのが商売の芸能人だってそりゃ怒るわ。

 昨今言われるストーカーにしても同じ。なんでそんな勝手な勘違いや思い込みだけで、よその女性(だけでもないらしいが)をつけ回すことができるんだろ、と思う。相手にどう思われているかはどこかにすっ飛んじまってて、自意識だけが肥大した状態。パソコン通信なんかにもよくいる手合いですけどね。ああ、やだやだ。うしろめたさを忘れたロクでもなさなんて消費者の横暴しか組織できない。確かこの版元って元新左翼系の出版社。お願いだから「権力との闘い」とか「報道の自由」とか言わないで下さいね。*1

*1鹿砦社である。後に田口ランディの盗作騒動で「検証本」をここから出すことになろうとは、この時点ではお釈迦サマでも……である