96年下半期のニュースから

みんなして馬鹿騒ぎの真っ最中には気づかないことでも、いざ宴果てた後、酔いざめの頃になって初めてじわりじわりと身にしみてくる。頭抱え、身ふたつ折れになるようなこっぱずかしい行跡のあれこれがビデオテープを回すように脳裏によみがえる。社会まるごと悪酔いしていたようなバブル時代のご乱行の後始末というのは、何かのせいにして頬かむりしてしまうにはあまりにことが大きすぎる。メディアの舞台でもそういう「バブルって一体何だったんだろう」といった“反省”はもう珍しくなくなっていて、世間もそういう殊勝な態度が大方のたしなみになってるけれども、でも、夏からこっちのニュースランキングを眺めていると、そういうバブル時代のさまざまな勘違いや舞い上がりのツケはようやくこれから本格的に回り始めるのかも知れないと思う。

だって、ほら、国松銃撃事件や林泰男のオウムでしょ。薬害エイズでしょ。“六千万円”の岡光でしょ。宮崎勤でしょ。でもって、年末押しつまってからはダメ押しみたいにペルーの日本大使公邸襲撃事件でしょ。ごていねいに背後には連合赤軍がからんでるんじゃないかとまでささやかれてる。なんせ社会主義を本気で信奉するゲリラだもんね。日本の中では勝手にもうなかったことにしていた古いおできがあらぬところでいきなりまた根を張って痛み始めたような印象が世間の大勢なんでしょうね。でも、社会主義がまだリアルに響く現実も日本の外にはあるんだってことを日本人が本格的に忘れちまったのも実はバブル時代のこと。身の回りに常にある不合理や不公正までも「豊かさ」という大文字のもの言い一発で棚上げしきって“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と勘違いしたんですものね。

少し引いた眼で見れば、高度経済成長期からそういう流れはあったのだと思う。経済原則がひとりで暴走しちまって、あまり深くものを考えないままゼニカネ任せで突っ走った。公害でも何でもそのもたらす結果があちこちで露わになってきて初めて「あれは一体何だったんだろう」という問いかけが今度はもっともらしいしかめっ面と共に始まる。暴走の最中には誰も前向きに問いかけやしない。明治維新このかた、現実を省みる言葉を経済原則が追い越して加速を始める時期を「好景気」と呼んできた。でも、民俗学者の眼からはそんな「好景気」は「考えなし」がおおっぴらに正義となる暴走状況の別名にしか見えなかったりする。

今年こそはいい年にしたいですね、というのはこういう場合の決まり文句だけど、そんな脳天気はもう言えない。だって、まだまだこの先がありそうなんだもの。さあ、ここはみんな腹くくっておせちを食いましょうぜ。