伊藤穣一さん 前編 

 インターネットは英語を読めなきゃ話にならない。だからありゃ英語帝国主義の先兵で、と小生言い張るのだが、そんな能書きこいてる間にそのインターネット英語の解説本を書いて商売した男がいる。伊藤穣一さんという。まだ二十代というが他にもあちこち顔を出し始めていて、とにかく今の日本のインターネットまわりの世間じゃちょっとした時代の寵児とか。編集のO氏が興味津々で前から熱心にコンタクトをとっていたのだが、ご多忙らしく日程が合わない。今回やっと時間をとっていただけたのを幸い、半ばわけのわからぬままに会いに行きました。

――えーと、具体的にはどういうお仕事をなさってるんですか。
伊藤 まずインターネットのプロヴァイダーのサービスですね。その他にアメリカで投資顧問業の会社も始めてて、半導体などの技術開発の会社の役員もやってて、京都造形大学の研究員で研究所を立ち上げる仕事に関わってて、あと国際教育交流財団というところの理事もやってて……(と、肩書をさらさらと並べて)そんな感じですか。
――(呆然)というと、ひと口で言うと何屋さんですか。青年実業家ですか。
伊藤 うーん、インターネットを中心にした周辺のいろんな事業に関わっている実業家というところですか。
――生い立ちはどのような?
伊藤 父が分子化学の研究者で京都大学に勤めてたんです。僕は親の関係で三歳から十三歳までアメリカにいて、日本に戻ってアメリカンスクールに行って、それからアメリカの大学に行って中退して会社を始めたんです。あと、ふたつ下の妹がひとりいて、今スタンフォードで人類学と教育学の博士課程にいます。コンピューターの中での意識とか存在に関する人類学やサイバー・フェミニズムが専門らしいです。
――(さらに呆然)日本でこういう仕事を始めるようになったきっかけは?
伊藤 十二、三歳の頃からずっと遊びでコンピューターやってたのが、そのうち仕事になって会社になったって感じですね。その頃初めて自分のコンピューターを買ってもらって、父のいた研究所でソフトを書いたりするアルバイトをしたんですね。でも、音楽やクラブにも興味あったし、学校の現実よりもそっちが面白くてDJやってクラブの経営なんかも手を出してましたね。
――それは日本で? アメリカで?
伊藤 両方。現場が好きなんで、NHKの紅白の外タレの仕切りやったりね。
――あの、そういう仕事はいきなり参入できるようなものなんですか。
伊藤 いや、とりあえず英語とコンピューターができてタイプが打てると仕事になるんですよ(笑)。英語での交渉力があれば何とかなる、みたいなところがあります。そんなにレベル高い人のいる業界でもないしね。
――はあ……そちらの仕事は今は?
伊藤 もうやんないですね。今は会社の経営と、レコードレーベル立ち上げてインターネットに乗せたりね。大会社になるというよりも、面白くなっている状況を活性化してそこのメンバーになりたいという感じ。自分が目立つよりまわりがうまく動いてひとつの業界に早くなって欲しいですね。インターネット業界というのが日本にはまだないんですよ。そのためにはまずコミュニティができることが重要で、みんながそれぞれ別のこと考えてそれぞれ成功してゆくとひとりで考えるより大きなことができる。それがひとつの産業や業界になればいいな、と。
――日本のインターネットの現状についてはどのような印象を?
伊藤 日本ですか。危ないですね。たとえば、月平均6万5千円使ってものを買ってる女の子たちはインターネットにはいない。でも、それが一番おいしいマーケットなんですよ。なのに日本のネットユーザーは男が93パーセント以上。一番ビジネスに役に立たないところだけが集まってる。アメリカのインターネットはコストや広告効果からすれば採算が合っているけど、日本はコストが高くてユーザーが少ないからネットで商品広告打っても意味がない。今のブームがはじける前にその採算分岐点まで成長しないとほんとに危ない。だからうちはファンドを作って小さいベンチャーに投資し始めてて、今の二八歳から三二歳ぐらいの間の人たちの中からこういうべンチャーのリスクテイカーが出てくるといいかな、と思います。
――そのタイムリミットはどれくらい?
伊藤 一年だね。でないとみんな飽きるし、メディアも飽きちゃう。うまくいけばメディアでのピークがあと一年以内にきて、実際儲かってる会社が出てNTTの回線価格が下がってインターネットが現実に定着してて、という形が一番いいんですけどね。<<

 代々木公園近くのこぎれいな事務所には、芸能界丸出しのねえちゃんまでがウロウロ。聞けば千葉麗子サンですと。はあ、こういう雰囲気自体、ひと昔前の新人類ノリの九〇年代世紀末ヴァージョンですな。なんかアニメに出てきそうなけったくそ悪い空間だけど。
 ご本人は意外に短身で小肥り系。偏差値の高くなって洗練された中森明夫てな風情だ。意地の悪い質問にもまっすぐこちらの眼を見て臆さないのはさすがアメリカ育ち。で、この時代の寵児の怪気炎、次号に続きます。

付記……今回の原稿は、筆者であるあたしの意志とは別に『EYE−COM』編集部によって手が入れられたことを明言しておきます。何かい、詐欺師にしか見えない手合いも平然と混じる今どきのインターネット商売が、あんたらそんなにコワいのかよ。