文庫と新書の矜持――古島敏雄『子供たちの大正時代』(平凡社ライブラリー) 阿部謹也『「教養」とは何か』(講談社現代新書)石澤康治『日本人論・日本論の系譜』(丸善新書)

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最近、文庫のシリーズがあちこちで新たに創刊されている。はっきりとしたペイパーバックの伝統を持たないわが国の出版市場の中で、文庫本というのはマンガ本と共に、言わば日本版のペイパーバックの役割を担ってきたと言っていいと思う。

ただ、新たな文庫のシリーズを立ち上げるために、出版社によっては自分のところが持っている本の版権だけではとても足りず、よその出版社の持っている版権までも血眼で狩り集めるといったことまで起こっていると聞く。言わば、単行本資源の大量伐採が始まっているわけで、これは出版をめぐる情報環境の激変をもたらすものだ。ひとたび文庫版になった本がもう一度単行本として甦ることはまずない。ということは、文庫版というのは一冊の本のライフサイクルとしては最後の形でもあるわけで、文庫版にするという決断に際しては、著者も版元もそれなりの配慮が求められるはずだ。なのに、ひどい場合には一昨年に出たばかりの本まで文庫になっていることもある。ますます厳しくなる出版市場の事情もあるにせよ、言わば伐採ばかりで植林や治水などに対応する事業に人やカネを投資しないままでは、将来的に資源が枯渇するのは必然。近い将来、文庫にしたくてもするだけの本がないという笑えない事態もやってきかねない。

とは言え、そんな中、文庫という形式を活かした好企画もある。復刻もそのひとつ。何万部も売れるものではないにせよ、これまでも中公文庫や岩波文庫などの一部には、眼利きの編集者の選んだとおぼしい復刻の逸品があって、ひねた本好きに喜ばれていたものだ。

最近出たものでは、古島敏雄『子供たちの大正時代』(平凡社ライブラリーがうれしい。著者は一昨年の夏に不慮の事故で亡くなった歴史学者だが、長野県飯田の町に生まれ育った自分の記憶をたどりながら描き出す大正時代は、日本経済史・農業史の広汎な知識を媒介にしていきいきと眼の前に立ち上がる。歴史の問題が問われることの多い昨今だが、それは本質的に、教科書やマスメディアなどに共有されている大文字の歴史と〈いま・ここ〉の「自分」との関わりをどう回復するかが問われていることでもある。実証的な学風で民俗学や生活史にもまたがる仕事をしてきたこの著者のこういう仕事が今、改めて読みやすい形になったことは、その意味でも意義深い。

文庫とまた違った意味で、新書もまだ頑張れる余地のある器だ。時流に敏感に反応する商売精神のあまり、老舗の新書までが単なるハウツーものばかりになりつつある昨今だが、こういうものが確実に出てくるのならまだ捨てたものじゃない。

阿部謹也『「教養」とは何か』(講談社現代新書は、われわれにとってかなりな抑圧になってきた「教養」というもの言いの内実について説明し、ほぐしてゆこうとする。広く読まれた前著『「世間」とは何か』の続編と言うべきものだが、国立大学学長という激務の合間になおこれだけ抑制の効いた「啓蒙」の志を失わない著者に敬意を評したい。

石澤康治『日本人論・日本論の系譜』(丸善新書)も、『菊と刀』から『一九四〇年体制』まで、戦後半世紀あまりの間、日本人に広く受け入れられてきた“語られた「日本」”の歴史を、日米関係を軸にわかりやすくたどってくれる新書らしいまとまりの一冊。日本人論はこれまでも語られてきているが、これくらいコンパクトにまとめてもらえると一般の本読みにとってもいい手引きになる。欲を言えば当時の社会状況と共に出版状況などまで含めた目配りがあれば、とも思うのだが、それでも、九〇年代に入って榊原英資野口悠紀雄といった高級官僚の手による日本論が「戦後」の日本人論・日本論の流れを大きく変えつつある、という見方などは、ひとつこの著者らしい卓見だと思う。ここでもまた、「戦後」の枠組みは確実に終わりを告げつつあるらしい。



*1:確かこの後、だったと思う、原稿の内容の手直しか何かでトラブって、電話でのやりとりのかったるさに「今そっち行くから待ってろ(#゚Д゚) ゴルァ!!」の捨て科白と共に羽田に直行、飛行機に飛び乗って数時間後に札幌は道新本社に乗り込んで、という顛末があった。編集局長だか副局長だかにまで引き合わされての談判沙汰で、もちろんそれっきり絶縁というかお出入り禁止に。以来、ご当地来てからも道新とはほとんど(全くではない)つきあいはないし、先方もつきあいたくないらしい。どうやら、その時の担当だった御仁もいまや編集委員だか何だかとてもエラくなられとらす由。あいつとはつきあうな、という教訓はその後20年たってもかの部局(文化部か)には粛々と「伝承」されとるらし。171127