政治家、がいっぱい

 いやあ、細川の殿サマのご尊顔を本当に久し振りに拝見いたしました。ったって、もちろんテレビでなんですけど。

 何でも新進党を離党なさったとか。ははあ、また例によっての田舎芝居ですかい、などと意地の悪いことを言うのはひとまず控えとこう。

 彼にくっついて今後何人かさみだれ式に離党するともささやかれている。まあ、かつての日本新党の方々が主なわけですけれども、言っちゃ悪いが、こちらもテレビで拝見して、いやはや、あれだけわが世の春を謳歌した日本新党の議員サンってのはこんなにしょぼくれた方々だったのか、と改めて感慨深かった。

 ほんとに、あれは一体何だったんだろう。上から下までみんなして「新党ブーム」に舞い上がったあの時期。細川の殿サマを表紙に麗々しく載せて全編ヨイショで固め、「日本の政治が変わる」と謳いあげた雑誌まであった。あのみっともなさ、タガの外れた節操のなさのいや~な感じというのは、忘れろと言われても忘れられるもんじゃない。

 その後、オレンジ疑惑などで殿サマのご威光も完全に地に落ちた頃、その雑誌の「ヤリ手」と評判の女性編集長に直接お会いする機会があったのでそのへんどう考えているのかお尋ねしてみたところ、鳩が豆鉄砲食らい過ぎて元に戻らなくなったような顔で「そんな古いこと言われても……」ときたもんだ。へえ、広告系の雑誌屋さんってやっぱりそんなやったことの「責任」なんていちいち構ってらんないのね、と不肖大月、改めて感服つかまつった。ほれほれ、『広告批評』と島森路子サン、わかってますね、あんたらのこってすよ。

 てなことを思い出してたら、それ以来、なぜか立て続けに政治家の姿をナマで見る機会に遭遇した。

 まず、羽田 サンが演説しているのにぶつかった。もう誰も覚えていない半袖の省エネスーツを律儀にお召しになったその姿は、某半島方面の社会主義国家とは言わずとも、少なくとも東南アジアの国の元首のよう。「誇りある日本の伝統がウンヌン」てなことをおっしゃっていたのも、あれれ、この人いつからそんな宗旨になったんかいな、と不思議だった。「日本」とか「伝統」とか「歴史」って、そんな政治家が使い回したくなるほど世間の関心を引くシンボルになってんのかねえ。

 その後、村山富市元首相の演説にも遭遇。こちらは悪いがただのジイさん。すでに出がらしという印象だった。

 さらに、僕の仕事場の近くの駅前には、共産党の志位書記長がやってきていた。駅の手前からびっしりと警官が並んでいるので何ごとかと思ったら、何のことはない、宣伝カーの上で志位サンがあの生徒会長ヅラでにこやかに愛想を振りまいてらっしゃった。帰りにめったにやらないパチンコになぜか手を出して大負け。魔がさしたとしか言いようがない。それ以降も、腕時計はなくすわ、原稿はしくじるわ、ゲンが悪いったらない。何かやっぱりお祓いでもしてもらった方がいいのかなあ。