ハンバーガー99円、の謎


 あの、突然妙なことを言い出して恐縮なんですけど、最近ハンバーガーの値段がちょっとにわかに信じられないような価格になってません?

 具体的にはマクドナルドなのだが、でも、あの「99円」って値段は一体何だ?

 自動販売機の缶コーヒーでも一本110円。コンビニのおにぎりも同じようなもんだし、これがタバコや風呂銭となるともっとずっと高い。喫茶店のコーヒーはというと、東京だとたいてい400円を下らないし、最近よくある立ち飲みというかスタンド形式のところでも150円。JRの初乗りでさえ120円。つまり、身のまわりをざっと眺めてみても、100円玉一個で買える品物というのは、それこそ100円ショップに並ぶような日曜雑貨のバッタものぐらいしかないのが今どきのご時世なわけであります。

 なのに、100円で何とハンバーガーが堂々一個買えてしまう、この事態はやはりただごとではない。安けりゃいいとは言うものの、しかし、何かそれだけではすまされない違和感がやっぱり残るのだ。

 これが他の食い物でなくハンバーガーだからよけいにそう感じるという面も、確かにある。なにしろ、かつてテレビの『ポパイ』の中にハンバーガーが初めて出てきた頃は、あれが一体どういう食い物かまるでわからなかったわけで、その後正体が判明してもその中身はやっぱり肉モノ。誰もがやたらと口にできるものでもなかった。そう、この「肉」ということが、今のハンバーガーのこの激安値段に対する違和感の根源らしいのだ。

 実際、れっきとしたステーキでも、今やどうかすると1000円くらいで食べられる。「ビフテキ」というもの言いがとにかく輝かしいものだった時代に幼少期を送った世代といたしましては、「おまえらステーキ様をなめとんのか!」とわけのわからぬ怒り方をしたくもなる。そこらのアンちゃんがおいそれと昼メシに食えるような、そんな軽々しい食いものではなかったはずだよ、「ビフテキ」ってのは。

 それに少し前までは、肉モノなのにこれだけ値段が安いのはきっと何かまぜものがしてあるんだろう、てなあらぬうわさが飛びかうのもお約束だった。何より、ハンバーガーの肉は実は猫の肉だ、いや、ネズミだ、というのはこういう「都市伝説」の基本中の基本。なのに、この「99円バーガー」に対してそのような話が出てくる気配は今のところまるでない。これは、身のまわりの素性の知れないものに対する「これはどこかあやしいぞ」的な想像力が衰退しているということではないのだろうか。

 われわれ日本人の食生活をめぐる意識の中で、「肉」はもはや完全に幻想を失ったということなのだろう。とにかく肉を食うんだ、という異様な執着を見せるのは今やおおむね五十代から上。若い衆はまるで駄菓子をつまむように安くなったハンバーガーを食べている。なるほど、こういう具合に時代は変わるんだ、と、外道な民俗学者は改めて思ってしまうのでありました。

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*1:サンデー毎日』「ちょこざいなり!」連載原稿