オンナのためのポルノ・林真理子

 林真理子は、オンナのためのポルノである。
 出世欲、名声欲、物欲、ついでに性欲全て丸出し。どんな人間でも普通は隠しておくはずのうしろ暗い部分を、あっけらかんと世間の前に放り出す。しかも「オンナ」というキャラに用意周到くるませながら、「全てわかって演じている」という言い訳すらほのめかしながらの「ホンネ」ぶりっこ。彼女の書くものを読む時に男が感じるあのやりきれなさというのは、おそらくオンナがむくつけなポルノを読まされた時に感じる嫌悪感と、どこかで通じるものがある。 
 何よりこのシト、いかに自分を「モテない」と嘆き、デブであると公言し、容姿も決して人並み以上でないことをおおっぴらにしていても、本当は自分をブスだとは絶対に思っていない。その絶対に思っていないところが、ああ、最大の武器である。
 身の回りのよしなしごとを思うがままに書きつづって、それがザクザクおカネになって、まわりからもチヤホヤされて、てな状態にあることが、いつ頃からか「作家」のイメージになった。特に、女性の書き手にそれは顕著だった。女性コラムニストと呼ばれた新手の雑文書きの一群から、そういう勘違いは当たり前になった。林真理子自身がそうだ。もとは時代の感違いの最先端に位置したコピーライター。もの書きとしても、どう間違っても「文学」とは縁がないはずの、情報センター出版局あたりの外道な装丁の本から始まった彼女のキャリアは、ある思惑に従っていつの間にか小説を書かされ、そのことで直木賞作家という勲章までかっさらうに至って、ついに逆算して「ブンガク」としてカウントされることにもなった。「ブンガク」の方が彼女を受け容れていったと言ってもいい。
 村上龍林真理子が、おそらくそういう「文学」が「ブンガク」になっていった大転換を率直に反映する焦点にいる書き手だと思う。たとえば、彼女が自分の編集者について語ったこんなもの言い。

 「私がどこかの雑誌で叩かれれば、大いに憤慨してくれるし、私の書いたことは『その通り』と拍手してくれる。小説にケチをつけても、私という人間は無条件に受け入れてくれるわけで、この安らぎ、心地よさはおそらく経験した方でないとわからないと思う。」(「昭和思い出し笑い」より「編集者」1989年)

 経験しなくてもわかるっての。こういうのが「心地よい」と感じるあんたがまずもってまともじゃない。これって最も悪い意味での芸能界じゃないか。いずれキチガイ紙一重の自意識肥大の化け物に対する芸能界並みの甘やかせ方、おかいこぐるみの気色悪さを文学まわりにおいてさえも当たり前にして恥じなくなったのが、断言する、全身に広告資本の毒が回りきった八〇年代の雑誌カルチュアとそれを中心にしたこの国の出版状況だった。こんな状態を臆面もなく「心地よい」と公言する感覚は、それまでの文学にはなかった。
 芸能人であれもの書きであれ、おのが自意識を不特定多数の視線にさらして商売する手合いは、ニッポンの正しい常民の認識にとってはすべて「クロウト」である。で、そういう「クロウト」というのはうっかりとキチガイになりやすいがゆえに、厳重な管理の下に置かれる必要がある、と考えられてきた。それは普通の暮らしをしている人間に不用意に感動を与えて揺るがしてしまう、言わば放射性物質みたいなもので、ナマものとしてそのまんまいきなり世間にさらしていいものではない。だからこそ、場所や時間、あるいはさらされる文脈などは限られたものだったし、それらを制御しておく仕掛けというのも確実にあった。芸能プロダクションなどにはそういうノウハウの蓄積があったはずだし、規模は小さいながらも文学の世界にもそういうリスクヘッジの知恵はあったと思う。
 けれども、いずれそれぞれの稼業の文脈で成り立ってきたはずのそのコントロールのシステムが、いつしかおかしくなっていった。今やメディアの舞台において、キチガイはそのまんま、「クロウト」のフィルターもないままにナマものとして横行する。ブンガクの世間でも、柳美里林葉直子といったどう考えても尋常ならざる物件でさえも、野放しで商売の具に供される。静かに思い返してみれば、こういう環境汚染に等しい惨状というのは実は、この林真理子からではなかったか。
 今でこそみんな忘れているけれども、八〇年代前半、林真理子がメディアに露出し始めた時の衝撃というのは前代未聞に大きかった。もちろん、ビジュアル的な美醜だけを問うならばそれまでにも例はあった。けれども、あそこでみんなが受けた衝撃というのは単なる美醜ではない。書かれたものと合わせ技で垂れ流されていったあの見てくれに張り合わせの自意識の異様さ、それが野放しのまんまで全くオッケーになってしまった同時代に対する感慨、てなものも同時にたっぷりと含まれていたはずだ。
 けれども、そんな林真理子という存在に当時、何か希望を抱いた層というのが確実にいる。そうだな、八〇年代初めに十代半ばから二十代後半、今だと三十代半ばから上といったところの女性たち。男女雇用機会均等法のほんの少し前、「女性」ということだけで無限の可能性が目の前に開けているように思えた、その最も前衛の部分。八〇年安保が<オンナ・子供>の反乱だったとしたら、まさにその「オンナ」の戦線においての最前線が林真理子の立ち位置だったと言っていい。
 それは、じきに山田詠美を引きずり出し、内田春菊をことさらに光り輝かせ、別線では清水ちなみを押し上げ、横森理香だの山田美保子だのといった有象無象までも「作家」予備軍として、バブル以降の編集者の地図のうちにストックさせておくことを可能にした。そして、椎名桜子をでっち上げ、山田邦子に小説を書かせ、柳美里を野放しにし、林葉直子までも「作家」に仕立てようとする外道の所業の数々もまた、この林真理子によって開かれた地獄の扉に連なっていた。これだけ言ってまだピンと来ないバカは、もういい、即座に死ね。