大揺れの中津競馬


 九州は大分県中津市にある中津競馬場が、いきなりの「廃止」騒動で大揺れに揺れています。

 二月に鈴木一郎市長が関係者に何の説明もなく、いきなり「廃止」を表明。しかもこの六月までで開催をとりやめ、なおかつ厩舎関係者への補償は一切しない、という一方的なものでした。

 競馬に限らず公営ギャンブルがどこも赤字経営で苦しむ中、地方競馬の中にはこのような「廃止」に追い込まれる競馬場が早晩出るだろうと言われてましたし、また、中央と地方というダブルスタンダードでやってきた戦後のニッポン競馬が、これまでのやり方ではもう新しい状況に対応できなくなっていることもすでに常識です。その意味で競馬場をつぶすのも行政の選択肢のひとつではある。しかし、問題なのはそのやり方です。

 これまでも廃止になった地方競馬場はあります。一番最近では和歌山県紀三井寺競馬場が八八年に廃止になっていますが、この時も厩舎関係者への補償は行われています。馬があっての競馬ですから、馬と共に暮らしてそれを仕事にしてきた厩舎関係者が「廃止」の一番の当事者であることは言うまでもない。

 なのに、今回の中津のケースでは、市と厩舎関係者とは正式な雇用関係にないから法律的に補償する義務はない、の一点張り。

 ここ二十年ほどで競馬は以前と比べものにならないくらい広く認められ、市民権を得ました。芸能人のようにもてはやされる騎手、数万の観客がつめかけた競馬場でのレース……けれども、それは毎週末に行われる中央競馬の話。仕事としての競馬の大部分は未だそういう華やかさとは無縁のところで、馬が好きだから、という理由だけで苦しく不合理な状況をじっと耐えている、そんな小さな競馬場や牧場で生きる人たちによって支えられています。

 同じ競馬のそういう側面は、華やかな表舞台だけを追いかけるいまどきのスポーツ報道からは、ともすればはずれたものになる。まして、一般の新聞その他のジャーナリズムには、そんな競馬という仕事の現実がどういうものか、驚くほど知られていません。競馬にメディアによる光が当てられるようになったがゆえに、その陰の部分はより濃いものになり、かつてとはまた違う見えない領域を作り出す。中津のような地方競馬の仕事の現実は、まさにそのような「見えない領域」であり、そこに生きる人たちは未だ「無告の民」なのです。

 競馬もまた興行でありレジャー産業です。企業の経営者同様に、行政にもその経営責任が問われるべきです。儲かっていた時は好き勝手に財政に組み込んでおきながら、こういう危機を予期しての内部留保もろくにしてこなかったずさんさなど、この中津のケースはその他の地方競馬場と比べても悪質です。市長は「わたしは農水省から中津をつぶせと言われてきた、だからこれは英断なのだ」と言っていますが、これは「赤字=悪」の図式に甘えた詭弁です。これまで赤字経営が続いていたのは事実にせよ、少なくとも昨年度は「九州競馬」という枠組みで佐賀競馬熊本県荒尾競馬と提携してコストを削減、また開催日も互いに調整するなど経営努力をした結果、赤字はかなり減っている。それに、市の財政赤字の一部を競馬につけかえて「赤字」を実態以上に水増ししているのではないか、という疑惑すら地元では出ています。

 何より許せないのは市長の競馬と競馬に携わる人たちに対する度し難い蔑視です。

「競馬場にはゴロツキもまじっている」

「仕事がないのなら、生活保護をもらえばいい。でなければ、工事現場なんかで働くのがちょうどいい」

「今は騒いでいても、ああいう連中はいつかどこかに行ってしまうものだ」

「馬はしょせん経済動物、あくまでも経済で考える」

 これが、これまで「私は農水省出身だから競馬に深い愛着がある」と公言し、「競馬を守る」ことを公約としてきた市長の発言です。馬と共に暮らし、競馬を仕事としてきた人たちに対するこのすさまじいまでの蔑視。なにせ、ゆきつけのスナックで競馬関係者と鉢合わせしただけで市長自ら110番通報し、警官の「護衛」つきで帰宅しようとする始末。交渉のテーブルにつかないまま既成事実を積み重ねよう、という姑息な姿勢です。

「こうなったらカネじゃない、自分たちの仲間の馬を二百頭も紙切れ一枚で殺された恨みを晴らしたい、もうそれだけよ」

 暮らしの糧をいきなり絶たれた厩舎関係者は行く先もないまま、補償を求めて残されたわずかの馬と今も厩舎団地に残っています。