オンナの書評、の立ち位置

 オンナのもの書き、ってのは、これだけ女性の社会進出がどうたら言われ倒しているにも関わらず、未だにやはり少数派であります。

 ただ、書評の世間に限っては、案外にオンナのシトが幅を利かせてたりする。それって、テレビのキャスターなんかにお約束みたいにオンナのシトが一定量配分されている、ってのと、どこかで共通してるような気がしてるんですけど。

 あ、根拠はないっす。ないっすけど、でも、既成の「エラい」(つまり「オヤジ」ってことでもあるんですが)に無意識に同調せざるを得ないような身振りってのが、良くも悪くオンナの世渡りのデフォルトにさせられてきたこれまでってのがあって、今そこにあるブツを評価してみせなきゃならない「書評」なんてのは、そういう既成の「エラい」への同調モードが構造的に受容されやすいわけで、だからおそらく、いかにもオンナオンナした書評ぶりもまた、書評欄のひとつの彩りとして安定している、と。キャスター系のオンナのシトにあからさまにトンガった、それこそ「オヤジ」を根底からアホらしいものにしてしまうようなたたずまいのシトなんてのはまずいない、ってのと、それはほら、ぶっちゃけて言えば同じからくりなんじゃないすかねえ。

 ほんとだったらそういう構造に逆らうのがもの書きの心意気ってやつだったりするんでしょうが、何もオンナに限らず、キンタマぶらさげた野郎からしてそんなバカはもはや絶滅寸前ですから、予定調和というかお約束というか、オヤジがビビらない程度にフェミ風味利かせたり、いいあんばいに「主婦」や「生活者」をちらつかせたり、そんな芸風がオンナであることとコミで要求されて、またそれに迎合することにあまり疑問も持たない程度のこずるい手合いが、いつも便利に配分されるようであります。ひらたく言えば「ウケがいい」ってことになるんでしょうけどね。

 ただ、この「オヤジ」にウケがいい、ってのは、何も叶姉妹みたいなフェロモンだだ漏れ、スッチー並みの手とり足とりで世話しまくるようなベタなオンナぶりのことばかりじゃなくて、第一、そんな身振りはいくらなんでももうアホらしい、くらいの常識は今や男女を問わずあるんでしょうが、「オヤジ」の存在を本質的におびやかさないくらいの批判的態度のオンナぶり、ってやつは、その犯罪性がなかなか気づかれにくいようであります。

 具体的にあげてみろ、って? いや、まあ、その……やるのはいいんですが、どうもこの『本の雑誌』ってのはオンナのご贔屓筋が多いようで、名指しでやるにはそれなりの仕掛けをしないと編集部も困ったことになるようでありまして、それはまた改めて、ふんどし締めなおしてのことにさせてくださいまし。でも、ほんとこれってデカい問題っすよ。