いま、競馬法改正の本質とは?

 ものごとは、単純なのが一番である。

 単純で、誰が聞いてもわかる中身で、それでもって納得できるのならば、それが一番いい。そのようになっていないのだとしたら、それは、ものごとが単純で誰もが本質をわかってしまったら何か都合が悪い連中がどこかに介在しているから、なのだ。 この十月、ライブドア高崎競馬に「参入」を表明してこのかたの、われらがニッポン競馬の笑っちまうくらいの右往左往、七転八倒ぶりが、まさにそれだった。

 要は、来年一月一日から施行される改正競馬法が前提になっての「民間参入」沙汰なのだが、その肝心かなめの改正競馬法についての理解自体が、まったくもってあきれるほどバラバラ、当の競馬関係者でさえも何がどうなるのか、ほとんどまともに理解していない状態のまま事態が推移しているのだから、こりゃ話にならない。

 手前勝手な憶測でジタバタしたり嘆息したり、はたまたわかったような能書き垂れ流したり、そりゃもう、なんというか、ロクに読み書きもできない無文字のムラ社会に噂や風説だけが出回っていらぬ妄想をかき立てているようなもの。たとえば、今回の競馬法改正で最も当事者になるべき地方競馬主催者の間でさえ、「今度の競馬法改正には失望した、あの程度の改正では何も変わらないし意味がない」てなことがまことしやかに語られている。とにかくわがニッポン競馬をめぐる情報環境は文明開化以前、ほんとにもう、救われない。

 ならば、今回のこの改正競馬法の中身とはどんなものか。まずは、先日11月19日に農水省が行った記者会見の資料から「政令案の趣旨」をどうぞ。

1.競馬に実施に関する事務の私人等への委託、重勝勝馬投票法の導入等、競馬主催者が自主的に事業収支改善を行える範囲の拡大

2.地方競馬主催者(都道府県又は指定市町村)が事業収支改善計画を作成して行う事業収支の改善に対する支援等、地方競馬主催者の事業収支改善努力を支援するための措置の導入

 これに伴い、競馬主催者が私人等に委託することができる競馬実施事務の範囲、重勝勝馬投票法の勝馬投票券の発売方法等を定めるほか、所要の規定の整備を行う。

 典型的な「お役所文体」で、ここからしてすでにものごとが単純でなくなってるのだが、ご心配なく、農水省記者クラブ詰め、偏差値だけはムダに高いはずの新聞記者連中でも、これだけじゃなんのことやら、だったらしい。それが証拠にこの記者会見を受けた翌日の新聞記事は、見事に各紙の解説がバラバラ。のみならず、共同通信社のように明らかに間違ったことを書いたところもあり、それがまた地方紙に転載されて地元競馬関係者が読んで右往左往するから目もあてられない。せっかくだから添削しておく。

共同通信の記事】

 政府は十九日の閣議で、日本中央競馬会(JRA)と地方競馬を主催する団体が民間委託できる業務を/(1)/勝馬投票券(馬券)の販売/(2)/競馬場内外の警備/(3)/入場料徴収―‐とする改正競馬法政令を決定した。

 政令は、地方競馬の主催者として農相の承認を受け設立された公益法人が、レース日程や出走馬の決定、審判といった競馬の主催業務を民間委託できることも定めた。

 競馬運営の委託は、売り上げが低迷する地方競馬の収益改善策として、来年一月一日施行する改正競馬法に盛り込まれているが、委託可能な業務範囲を政令で明記した。競馬事業への民間参入をめぐっては、インターネット関連会社のライブドア(東京)が、高崎競馬群馬県高崎市)や笠松競馬(岐阜県笠松町)などへの進出に意欲を見せている。

 まず、公益法人地方競馬の主催者になれるかのように書いてあるのが大間違い。主催権を持った主催者は今の競馬法の規定のまま、自治体なり競馬組合なりでしかあり得ない。あくまでも、その主催者から事務の委託を受ける、というのが公益法人の趣旨のはず。あと、その公益法人が「委託」できるのでなく「受託」の間違い。主体と客体がひっくり返っちまってる。また、その公益法人にしてもレース日程は主催者の専権事項で決められないのだから、ここも違うっちゃ違う。

 まあ、あんまり小姑みたいなこと言ってネチネチやるのは性分じゃないけど、でも、当の記者会見の現場でさえも、「あのう、控除率っていうのは今、何%なんですか?」と、ぬけぬけと尋ねた猛者もいたというから、別にこの記事だけが不備なわけでもないらしい。いやはや、ほんとに競馬というのはここまで世間に理解されていないのだと改めて痛感した次第。

 ともあれ、あたしゃものごとはどんどん単純すべきだと思うから、ここははっきり言う。あたしの見るところ、今回の競馬法改正の大きなポイントはざっくり言ってふたつある。

 ひとつは、まさにこのライブドア騒動に象徴されるような、競馬への「私人」の参入が可能になったこと。もうひとつは、こっちは実はあまりよくわからないかも知れないのだが、控除率を実際にいじったこと、これだ。

 後者はともかく、ひとまず問題になっている前者から説明しよう。

 この「私人」というのは、まあ、法律用語だから「民間」と変換してもらって構わない。競馬の世界に「民間参入」が可能になった、つまりいわゆる「民営化」ができるようになった、というのが趣旨だ。

 じゃあその「民営化」の中身はどんなものなの、ということになるのだが、まずは馬券の販売や払い戻し業務の委託ができる。その他、場内の警備や清掃、施設のメインテナンスなどもできるということだけれども、でも、そんなものはすでに多くの競馬場でやっていること。民間企業でいくらでもやっているアウトソーシングってやつだから、わざわざ今回「民間参入」なんて改めて言うほどのことでもない。もっとも、このへんの仕事を外部に委託する場合でも、一部の特定業者にだけ仕事をまわしてひとりじめ、「なんちゃって民営化」でまだコスト高になってる部分はあったわけで、今回のこの改正でそのへんにもメスを入れるつもりになれば入れられるようになったのだけれども、それはまた別の問題だからここでは詳しく言わないでおく。

 最も重要なのは、競馬の開催に関わる業務にまで「私人」=「民間」が関与できる部分ができたこと、ほぼこれに尽きる。以下、同じく19日のプレスリリースから、「競馬実施事務委託制度の整備」と銘打たれた概要から。

地方競馬主催者は、他の都道府県若しくは市町村、日本中央競馬会又は私人に、競馬の実施に関する事務(勝馬投票券の発売・払戻金の交付、競馬場内・場外設備内の取締り又は入場料の徴収など)を委託することができることとする。また、地方競馬主催者は、農林水産大臣の承認を受けて、他の都道府県若しくは指定市町村又は「競走の実施に関する事務を行うことを目的とする民法第34条の規定により設立された法人」に競走の実施に係る競馬の実施に関する事務を委託することができることとする。

 翻訳するよ。地方競馬の主催者は、他の自治体やJRA、あるいは「私人」に競馬を実施する際の事務をやらせることができますよ。そして同時に、このわざわざあたしがカッコにくくってみせた部分こそがキモなのだが、「競走の実施に関する事務を行うことを目的とする民法第34条の規定により設立された法人」=競馬のために設立された公益法人、にもまた、同様に競馬を実施する際の事務を委託することができますよ、と、まあ、こういうことだ。

 この部分にはもうひとつ前段がついていて、地方競馬主催者だけでなく、JRAの方も同じように他の自治体や「私人」に事務を委託できる、となっているのだが、しかしこの後半の公益法人の部分は地方競馬主催者についてだけうたわれている。この公益法人ってのは社団法人や財団法人などの法人団体ってことだけれども、これにも民間企業が参加していけないって法はない。つまり、以上全部ひっくるめて言えば、競馬の開催に関するさまざまな仕事のかなりの部分を「民間」に委託してできるようになった、ってことであり、その「民間」ってやつも普通に「私人」ってだけでなく、公益法人という形をとれば、単なる馬券の委託販売などだけでなく、かなりのところまで踏み込んだことができるようになった、ってことなのだ。どう、単純でしょ?

  • ―馬券の販売を民間企業に委託する場合、馬券の収入の中からどれだけ委託料を払うのですか?

 「それは、主催者とその民間企業との間の契約内容で決まってきます。ケースバイケースですね」

  • ―この「民法34条の規程により設立された法人」とは具体的にどういうですか?

 「これは公益法人のことですね。いわゆる財団法人、社団法人ということになります」

  • ―「競走の実施に係る競馬の実施に関する事務」とはなんですか?

 「これは単純に言うと、番組についての事務作業ということです。実際にどういうレースにするか、レースにあたってハンディキャップをどういうふうにつけるか・・・などから始まって、枠に入れて発走させる、順位を決める、といった一連の競走を実施する上での業務などもふくまれます」

  • 地方競馬の主催者は、これからは実際のレースの事務を公益法人に委託できて、その一方で、馬券販売とかその他の業務はさらに民間企業に委託できるということですか?

 「そういうことです」

 「可能です」

  • ―一部の自治体からは「具体的にどういう番組をつくるかは民間企業には任せられないといった認識の発言がこれまであったが、たとえば、ライブドア群馬県高崎市公益法人をつくって、ライブドアの意見を生かして競馬番組を決めていくことはできるのですか?

 「公益法人の運営内容は、その公益法人の作られるときに決められますが、ライブドアが出資して公益法人を作ることは否定されていません。また、ライブドアに限らず民間企業がそこに入ろうと思えば入れます。ただ、公益法人は営利を目的としませんし、その『競走の実施』というのは競馬の根幹部分であり公正が前提となりますから、そこだけは特別に公益法人にやってもらおうということです」

  • ―とすると、まず開催権を持った主催者があって、その下に事務委託される公益法人があって、さらにその下に馬券の販売を委託する民間という三段構えの組織というのも可能ですか?

 「ですから、そういう形での競馬経営が可能かどうかは、その公益法人をつくるとき相談することです。可能かどうか、と言われれば、おそらく可能でしょう。ただそれも、自治体側にお決めいただくということです」

  • 公益法人をコストダウン目的につくるのは(民法の)趣旨に反してる?

 「公益法人は営利目的の事業をやってはいけないということではありません。一定の目的を達成するために収入がなければいけないのは当然です。ただ、どういう経営をするのかは、その公益法人のやり方によります。具体的に言うと、財政を、県の一般会計から入れるというような仕組みにはなりません。馬券販売のおカネからいくらかいただいて運営するということになります。一般的に言って、公益法人がやるほうが自治体が直接競馬の運営をやるよりコストダウンになるとは思います。その場合でも、一つの自治体で公益法人を作るのではなくて、複数で組んで作るのが効果的かな、と思っています。つまり、あるひとつの県で作られた公益法人が、他の県に行って委託を受けるようなこともあり得るかな、と」

  • 公益法人で、よりお客さんが集まるような番組を組み立てること、つまり事業を拡大するようなことを目的としてやることも可能ですか?

 「可能です。たとえば、A、Bという競馬場に属しているそれぞれの馬がいたとして、それをAだけじゃなくA、B両方で使えば、より多くのレースが組めますよね。そういうことです」

 アタマで言ったことを、もう一度言う。こういう単純な話が単純でなくなっているのは、単純な話のままでは都合の悪い連中がいるからだ。

 この改正競馬法を見越してライブドアがいちはやく地方競馬に参入を表明したことで、その単純な話が単純なまま流通していないってことがどんどんバレてゆき、ひいては、競馬の敵、というのが本当にどういう顔をしているものか、までもがこの間、誰もがこの上なくわかりやすく知ることになってきた。これって、プロ野球の新規参入問題で、かのナベツネ以下のオーナー会議のジイさま共が、その言ってる能書きの確かさや正しさなど以前に、まずもってプロ野球をどんどんダメなものにしていってる元凶である、ということが世間の目の前にわかりやすくさらしてしまうことになった、それと構造的に全く同じことだと、あたしゃ思っている。

 ニッポン競馬最大の敵とは、そう、こういう単純な話を単純でないようにしてしまっている構造そのもの、つまり「財政競馬」=「お役所競馬」というこれまでのやり方そのものであり、より具体的には、そういうやり方の中で何も自分のアタマとカラダとでものを見、考えようとしてこなかった競馬関係者そのもの、である。

 で、そういうお役所が何から何までやろうとする財政競馬ってやつはもう限界、できる部分は民間に委託してやらないことには、ここまでなんとかやってきたニッポン競馬の発展ももはやこれまで、いま舵取り間違ったら元も子もなくしちまう、というのが、敢えてかみくだいて言えば今回の競馬法改正の大きな眼目のひとつだったはずなのだ。


 なのに、である。

 未だに多くの地方競馬主催者筋は、この民間参入に及び腰である。何より、競馬法をいじって民間参入に道を開いたはずの当の農水省自体が、タテマエはともかく、ホンネの部分じゃ「そんなライブドアみたいな、正体のよくわからない民間が競馬に入ってくるのは、困るよなあ」というのがありあり。要するにそれは、自分たちの都合のいい「民間」でないとうまくコントロールきかないものなあ、ということに他ならない。都合のいい「民間」って? 決まってるじゃないか。農水省その他からの天下り役人、キャリアとしてはすでにいっちょあがりのジイさまたちを幹部にずらりと並べた、でも一応タテマエとしては「民間企業」っていうやつ。ほら、競馬まわり、JRAは言うに及ばず、地方競馬周辺にだってひと山いくらで転がっている関連業者ってやつだ。このあたり、昨今「構造改革」で槍玉にあげられてきたあの郵政事業や道路公団なんかと構造はまるで同じ。お役所仕事に転換したがゆえの、戦後のこのニッポン競馬の繁栄だったのだけれども、しかしそのお役所競馬ならでは非効率やムダがここにきて、一気にその弊害をあらわにしてきた。少なく見積もってもここ十年、おそらく二十年来の地方競馬の無策無能ぶりというのは、その多くがこのお役所競馬に由来する弊害に他ならない。

 何もかもが右肩あがりで競馬を開催さえすればザクザク儲かってた時代、こういう競馬の関連業者も我が世の春を謳歌してきた。馬券の販売関連などはその最たるもので、たとえば場外発売場に並ぶあの発売機一台が数千万円。最近、ある地方でミニ場外を民間に委託しようとして民間業者が見積もりとってみたところ、そのあまりのぼったくり具合にあきれたという。場内警備や掃除なんかも基本的に同じこと。「競争」のないところに健全な市場原理が働くわけがない。

 売れない売れないと言いながら、それでも今の地方競馬全体の売り上げが4500億円から5000億円。控除率25%だから1000億円以上が黙ってても転がり込んでくるのが競馬という商売。もちろん、競輪や競艇などと比べるとケタ違いにすそ野が広く、またコストもかかるのは言うまでもないが、それでも、素朴に民間の理屈で眺めた場合、ここまで赤字体質が改善されないままというのは考えられない。

 「民営化」されれば一番困ったことになるのは、これまでそういう天下り構造、もたれあいの独占状態でまともな経営改善策をとってこなかった今の競馬主催者たちだ。ちょっと民間参入しただけで赤字削減、さらに間違って黒字になったりした日には面目丸潰れ、ほうらやっぱりお役人のやることは、と世間のバッシングにあうのは大火事を見るより明らか。だから、法律という大枠では「民営化」を受容しても、実際にはあの手この手で「民間参入」に難癖つけて抵抗する。

 今回のライブドアの参入についても、各地の主催者や競馬関係者などとの接触を繰り返したこのひと月あまりで、ライブドアの競馬担当者はもうほとほとうんざりしている。何に、ってそりゃあなた決まってる、これまで競馬の世界を仕切ってきた「お役人競馬」の当事者たちに、である。そういう当事者たちの当事者性のなさ、もうこのままだとみんな黙って滅びてしまうしかない崖っぷちにきていながら、何もしようとしない、自ら動いて事態を打開しようとしないまるで幕末の幕臣たちのような依怙地さ、愚鈍さに対して、である。

 繰り返して言う。今のこの地方競馬の累積赤字の責任のほとんどは、主催者側にある。同じお役所競馬の構造の中でただ機嫌よく競馬をやってきただけの厩舎関係者は、確かに無知でありバカだった。しかし、彼らをそういう無知でバカのままにして都合よくコントロールしてきた主催者側というのもある。何より、そんな主催者側が売り上げ減少の責任の多くを厩舎関係者にだけ転化してきた経緯を無視して一方的な「廃止」を決めてゆくのは、誰がどう考えても納得いかない。

 改正競馬法についての農水省の「大本営発表」を受けて、ライブドアは具体的に公益法人を組む準備を始めた。そして、11月末をメドに、馬券の販売委託はもとより、競馬の運営にまで参画するための青写真を、ある程度具体的な数字と共に示すという。ひとまずその最初のターゲットは、「廃止」決定済みの高崎競馬を擁する群馬県と、「廃止」が規定路線と言われる笠松競馬の岐阜県のふたつ。「業務提携」の意向をいち早く示した高知競馬とは、県知事選挙の結果を見た上で改めて県側と交渉、こちらもできれば経営にまで参画できる公益法人を組むことを持ちかける予定だという。



 ライブドアリーグ、とでも言うべき地方競馬の新しいグルーピングがゆるやかに始まりつつある、のかも知れない。何はともあれ、そういう新しい競馬、今までのニッポン競馬、お役所競馬ではやれなかったもっと開かれた競馬ができるかも知れない――その期待は正直、大きくふくらんできている。ライブドアが、民間が手がける競馬がどんなものになるのか、それがどんなものであれ、ぜひ一度見てみたいと思う。