パソコン通信管理人(シスオペ)阿見寛(仮名)氏

 今度はパソコン通信のサブ・シスオペをやってる人と会ってみましょう、と担当のO氏。パソコン通信はいいけどその“しすおぺ”って何やねん、と尋ねると、フォーラムを運営するシステムオペレーターです、と馬鹿にされた。つまり、サークルの運営係というか座長みたいなものらしい。サブだから副座長か。ともあれ、匿名で顔も出さないのならば、という条件で、ニフティサーブ上で何年も活躍しているという某氏の話を聞いた。

――パソコン通信に関わるようになって何年くらい?
某氏 五年くらいですね。最初は友だちに「だまされたと思ってやってみろ」と言われてやってみたら面白かったんですよ。パソコンもそれまで使っていたワープロが古くなったんでワープロのつもりで買ったんですが、自分で機材を揃えてフォーラムに加わるようになった。スタッフに誘われるよりも前に書き込みを頻繁にするアクティブとして認められるのは早かったですね。
――その「面白い」というあたりをもう少し具体的に。
某氏 キーボードで話ができる、というのがまず面白かった。人と話をする時に普段のわれわれは表情や身振りやいろんな情報も含めて判断してますよね。そういうのが全くなくて針の穴をのぞくみたいなところが面白かったですね。そうした制限のある方が相手の人となりが見えるような気がしたんですよ。
――話の内容でなく人となりが、ですか?
某氏 そうですね。
――それって、たとえば長電話とは違うものですか?
某氏 違います。知らない人と長電話することはまずないですよね。それに電話はもう話がつまんないからと言って勝手に切れませんよね。それをやったらまず社会人として失格じゃないですか。パソコン通信だと礼儀作法がうるさくない分それができるから確かにその分気楽なんですが、でも、気楽にできるからかえってその人がどの程度人と話したいのか、どういう話をしたいのかがモロにわかるところがあるんです。個人の情報を知らない方がその人のことがよく見えるってことがあるんですよ。
――そういう人となりを判断する素材ってのは画面の文章だけですよね。
某氏 そうですね。基本的には画面上の文字を読んで判断します。
――大学のサークルでのおしゃべりとも違う?
某氏 違います(笑)。まず年齢がバラバラ。それに内容が大学生レベルとは違うんです。単純な話、あるテーマについての知識量がケタ違いなんです。
――コメントを書き込む会員の立場からフォーラムの運営を手がけるようになって何かわかったことはありますか。
某氏 まず、人に注意をするのがこんなにもイヤなことか、と(笑)。発言に対して返事をしたりコメントしたいするのは、やる方もやられる方もうれしいんですよ。でも、それを読んでる人が楽しいかどうかは別ですよね。一対一でやりとりしてるんですけど、それは言わば街頭で話をしているわけですから、道行く人にも振り向いてもらいたいという意識がどこかにあるはずなんですよ。また、そういう「見せる」意識を持ってる者たちでやる通信が理想なんだと思うんですよ。
――それはよくわかる。プロレスみたいなもんだな。
某氏 そうです。でも、得てしてそういうことって忘れがちなんです。寄席で客の反応見ながら話すわけじゃないですから。反応は眼に見えないわけですから、自分でどこかで推測しながら話をしなけりゃならない。そのあたりのことを注意して運営してゆくのがとても難しいんですよ。
――つまり、フォーラムによって客スジというか場の雰囲気みたいなものがあって、会員はそれをフィードバックしながら書き込む表現やそこににじみ出す自意識のありようをある程度コントロールしなきゃいけない、と。
某氏 そう。でも、場に合わせることは大事だけど、おもねるとそういう文章はすぐバレます。たとえばパソコン初心者がフリートークで「うちの通信ソフト調子悪いんですよ、何がいけないんですかね」みたいな質問をよくしてくるんです。そんなのは基本的な質問だから答えてあげたら「なるほどそうですか。ところで」ときてまた別の質問が延々続く。その「ところで」を見た時点で、あ、この人の魂胆はただ相手の興味をつなぎとめておきたいだけなんだな、とバレちゃうんですよ。
――はあ、つまりかまって欲しいだけなんだ。
某氏 そう。よく言う「かまってちゃん」ですね(笑)。
――そういう場合、どう対処します?
某氏 一番いいのはシカトするんです。
――それって村八分ですよね。
某氏 かも知れません。事実、そういう対応にショックを受けてやめていかれる方は多いです。でも、村八分ってのは全員でやらないと効果がないんです。そんな人でもつきあう人がいるから、逆にあきれてこんなフォーラムとはもうつきあえないと消えてしまう人もいますしね。

 何やらものすごく面白い話になってきた。あんまり面白いのでこの続きはさらに次号で。



 前回に引き続き、パソコン通信のサブ・シスオペをやっている阿見寛さん(仮名)にお話をうかがっております。
 フォーラムの場でのもの言いの作法をよくわからない、ただ質問ばかりして実はかまって欲しいだけといった対話不能の人間の参入に対してどのように場をコントロールするのかという話になって、村八分にする、というそれはそれで実に明確なお答え。でも、そうするとそこから逃げ出してよそのフォーラムに行く、というあたりから、はい、続きをどうぞ。
――ただ、人間の常として、そういう村八分みたいな目にあった人はよそのフォーラムに行って悪口言ったりしません?
阿見 します(笑)。たとえば僕のことをブチ殺したいと思ってる人はいるでしょうね。もちろん普通は、何か疑問があればそうやってただ質問するだけじゃなく自分で調べるのも大切ですよ、とかちゃんと言ってあげることからやるんですけど、でも、それだけで怒っちゃう人もいるんです。「あなたは私のことをバカにしてんじゃないですか」とか。
――あああ、いそうだ(笑)。
阿見 でしょ?(笑)。一日フォーラムを回ったらそういう人は五人や六人見つかるはずですよ。自分が好き勝手にしゃべっているその楽しい思いを妨げられたくない。でも、かまって欲しい、と。
――なんかそれって純粋消費者だなあ。
阿見 現状はそういう人の方が多いと思いますよ。また、敢えて言えばそういう人までがパソコンを使うようになってるってことなんです。たとえば、コンピューター関係のフォーラムで話をするのにはある程度の知識量が必要なわけで、98とDOS/Vの違いもわからない人がプログラマーに説教できるわけないんですよ。やっちゃう人もいますけど(笑)。ただ、そういう技能の違いが如実に出ない分野――たとえばマンガ、小説なんかは誰でも何かひとこと言えますよね。
――それは全くその通りで、まさにその「誰でも何か言える」ある種の公共領域の誕生こそが「おたく」や「トンデモ」の培養基だったりするわけですよ。しかし、敢えて言えばそれって、たとえば単に専門の学会とそこらの井戸端会議の違いだったりするんじゃないんですか?
阿見 でも、学者が奥さんに近所の井戸端会議に連れてかれたとしても、その場の雰囲気をいきなり壊すような発言は普通しないですよね。
――まあ、そんなとこで怒ったって始まらないもんね。
阿見 ですよね。相手が気分を害することを承知で傷つけるようなことを普通は言ったりしないけど、パソコン通信ではパーソナルなデータは隠されてますし、イヤだったらやめてしまえばいい、と気楽にやってしまう面は間違いなくあります。なにしろキーボードは人を殴りませんから(笑)。一度メチャクチャにしたフォーラムにもまた別のIDで入り直したらわからない、とか思うんでしょうね。でも、それってたいていバレますけど。
――どうして?
阿見 (断言)そういう人は必ずまた同じことをやるからです。
――あ、手口が同じなんだ。でも、隠そうとしないんですか。
阿見 隠せるぐらいの人ならば最初からそんな場の壊し方をしない(笑)。
――あ、そうか(笑)。自覚がないのね。
阿見 だから、フォーラムを完全にコントロールなんて無理なんです。メンバー次第でどんどん場が変わる。全体の規模がデカくなると仕方がない面もあります。――そういう具合に規模が大きくなってきた弊害が出るようになったのは、阿見さんの印象としてはいつ頃からですか。
阿見 ここ二年くらいですかね。実際、インターネットは難しそうだからニフティにしとこう、という人も増えてて、パソコン通信全体の顧客の増加はハンパじゃない。ニフティ自身、このまま増えたらパンクするってんで加入者数を誇る方向から完全に方向転換してしまってますもの。だから、そろそろ「パソコンは楽しいだけでない」ということをメディアが言ってくれないと困りますね。古くからの会員はパスワードを持たないと入れないパティオとかHPとかに移行し始めてますし。メディアには必ずお上がいるわけで、でも、そんなお上はなるべく口を出させないようにしておく方が絶対いいわけですから。
――自分たちの場を運営するためのルールをどう作りどう守るか、ってことですよね。理想的にはどれくらいの人数でのフォーラムが快適と思います?
阿見 運営という意味ではゼロが理想ですね。つまり、企画出しから運営まで会員相互で全てやってくれる状態。それが満たされれば何人でもいいですね。
――このような大衆化状況でもこの先、パソコン通信には関わりますか?
阿見 関わるでしょうね。今まで楽しんできたものは大き過ぎますから。これまでに読んできた発言も書かせてもらってきたコメントも、みんな僕にとっては大切な財産ですからね。

 問いに対して答えるまでに微妙な間がある。発することばに対する神経の使い方がちと過敏に思えるほど鋭敏なのだ。でも、話がかみあい出すと気持ち良いくらいに的確に問答のツボを叩いてきてくれる。テニスか何かでのラッシュの応酬みたいだ。こういう気持ち良さがパソコン通信の画面上でも行われるのかなあ。だったら、遅ればせながらちと試してみても……いや、いかんいかん。