大阪の商店街の魅力、について

Q1.大阪(もしくは関西)の商店街で買い物をしたことがありますか、それはどこの商店街でしたか?*1

 黒門市場 (いわゆる商店街とは違うかも知れませんが)

 父方の祖母一家がミナミの黒門市場のすぐそばに住んでいた関係で、小さい頃にその祖母の家に遊びに行くたびに、黒門市場を通り抜けてゆくことになっていました。

 あたし自身、生まれは東京の吉祥寺なのですが、幼稚園の時に父の転勤に伴って神戸(父の本籍地)へ引っ越し、さらに小学校の時に神戸から西宮に引っ越して、その後高校を出るまで関西で育ったので、私鉄沿線によくあるような関西の駅前商店街のノリにはなじんでいるつもりでしたが、それでも大阪の黒門市場の喧騒は子供ごころにも印象深いものでした。

 「ホルモン焼き」「まむし」「冷しあめ」なども、ここで言葉を眼にして覚えた記憶があります。夏場は大きな氷の塊を氷屋のぼんさんがこれまた大きなノコギリで切っていたり、黒光りした重量車仕様の自転車がいそがしく行き交い、なんというか、いつも人いきれでワンワンしていたような印象です。

Q2.大阪の商店街での(体験がなければ、それ以外の地域でもかまいません)買い物の際の「忘れられない思い出や品物」がおありになれば、その思い出や品物、またエピソードをお書き下さい。

 上記の「ホルモン焼き」「まむし」「冷しあめ」などが、食べ物としてまず、強烈でした。

 関西育ちと言いながら、当時の西宮の山手は、まだ畑やこえだめ(「野つぼ」さらには「どつぼ」と発音するのが気分です)があるような郊外農村みたいなところがありましたから、コテコテの街なかの暮らしの猥雑さというのとは、また少し遠いところがあったと思います。お好み焼き屋にしても、それこそ『岸和田少年愚連隊』に出てくるような、学校帰りに子供が平気で立ち寄れるような感じにはなってなかったですし。

 そういう意味で、関西というか大阪の「街」の強烈さを黒門市場を通り抜けることで肌身で思い知らさせたというところがあるのかも知れません。中学生になっても、映画を見に行ったり遊びに行くのは神戸が多かったですし、大阪にわざわざ出てゆくということは、それなりに緊張感を伴った経験でした。電車の中でいらんケンカを拾ってしまうのも茶飯事でしたし(苦笑)

 あと、これは黒門市場ではなく地元の小さな商店街でのことでしたが、子供相手のいわゆる駄菓子屋があって、小学校四年くらいまで小遣いをもらう習慣がなかったもので、拾った小銭でそこに初めて入った時、品物を選ぶのにどぎまぎして、店のおばあ (たいていこういう店のおばあというのは、子供に恐れられていたものです)に、えらくいやみを言われたのを覚えています。

Q3.その他、「大阪・商店街・買い物」というキーワードから連想することあれば自由にご記述下さい(「大阪の商店街」に対するイメージなどでも結構です)。

 ありがちですが、『岸和田少年愚連隊』『ガキ帝国』『じゃりン子チエ』……などなど、大阪の「街」を舞台にした映画やマンガ、さまざまなそれらの作品から常に匂ってくる何ものか、ですかね。

 古くは織田作之助の作品などからもそれは感じられますが、それでも、やはりそれは戦前の大阪、高度経済成長以前の「街」のたたずまい、という意味で、やはりあたし自身の経験からは一歩離れた、その意味で「歴史」の範疇にあるものです。それでも、『夫婦善哉』のあの食い物屋の描写などは大好きです。一銭天ぷら、うまそうですよねえ……

*1:「大阪発元気宣言~燃える商魂!なにわ“あきんど”スピリッツ~」というNHK大阪のラジオ放送(生放送だったと思う)に出演依頼が来て、その時の出演者アンケート。「11月3日(木・文化の日)午後1時30分から大阪から全国に向け放送」となっている。大野済也、という当時まだ若手のアナウンサーの仕切りだった。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%B8%88%E4%B9%9F