女子大生の絶滅

 女子大生が絶滅しつつある。オンナの大学生、はいれど、「女子大生」とくくられるような存在は、実体はもとよりイメージとしてさえも、もう明確な像を結ばない。

 女子大生歌手、女子大生作家、女子大生○○……一時期、メディアを賑わす煽り文句に「女子大生」の冠は珍しくなかった。竹下景子宮崎美子は「女子大生女優」で名をあげた。名の通った大学に通っているならなお結構。週刊誌のグラビアでは学生証つき「女子大生ヌード」がまかり通り、果ては風俗店でも学生証つきの顔写真が並ぶようにもなった。だが、昨今そんな看板も見かけない。 *1 思えば、広末涼子が早稲田に無理やり入って、あげく自爆したあたりが最後か。女子大生というだけではかせてもらえるゲタなど、もうどこにもない。

 そもそも、「オンナ」が「大学生」と結びつくこと自体が衝撃的だった時代があった。遠くは「海老茶式部」と呼ばれた明治期の「女学生」から始まり、高度経済成長期、映画などでは「優等生の女子大生」がそんなステレオタイプの胚芽となった。大学生=ボンボン=高等遊民、の図式があこがれと共に成り立った幸せな時代。「女子大生」イメージもそのバリエーション、「豊かさ」を享受する「若い世代」=戦後ニッポンの箱入り娘、の象徴でもあった。 

 しかし、その「学生」から「知性」「教養」の要素がはがれ落ちてゆくと共に、「女子大生」も意味のないものになってゆく。いまや大学も少子化などで事実上全入に近く、また文科系中心に就職予備校か資格学校化著しい現状。女子大生だけでもない。一時言われた「コギャル」の果てもいまや二十代後半。女子高生バブルの原動力になった「おニャンこ」もまた、すでに三十路半ばの「負け犬」だったりするわけで、「オンナ」をめぐるそんな社会的視線の変遷もまた、すでにわれわれの歴史の一部になっている。もちろん、まだ教科書では教えていない。

*1:この部分が削られました。まあ、当然でしょうが