福山に高知のサラブレッドがやってきた

プロ野球の人気回復をめざして今年からセ・パ交流試合が始まったが、存亡の危機に立つ地方競馬でも、日本一脚光を浴びようのない日陰者の競馬場と、日本一貧乏な賞金で競馬をやっている競馬場の、珍しい交流戦が開催された。

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 さる7月17日(日)、未だに全馬アラブだけの番組編成で頑張る福山競馬が、あのハルウララで知られる高知競馬のサラブレッドを招待したのである。
 そもそも、いまやアラブ競馬はほとんど歴史の彼方に忘れられつつある存在である。アラブは正確にはアングロアラブという。戦後、まだ競走馬資源が乏しかった頃、主に地方競馬で、アラブとサラブレッドの混血でアラブ血量25%以上の馬を「アラブ」として競走馬に使ってきた。スピードでは劣るものの、その分タフで使い減りせず、手もかからず、夏場もバテずに使えて、しかも値段も安い。牧場にとっても、馬主、厩舎、そして主催者にとっても、このアラブというのは実にありがたい馬だった。
 だが、サラ偏重の時代の波に「外圧」もからみ、10年前の1995年、中央競馬のJRAがアラブ番組を廃止したのに続いて、地方競馬も立て続けにアラブ番組をなくしてゆき、かつては「アラブのメッカ」と呼ばれた園田競馬場からも昨年度、ついにアラブの番組が姿を消した。まさに絶滅寸前なのである。
 そんな環境でなお、全馬アラブで競馬をやっている福山は、他の競馬場からは「ババを引いた」と陰口を叩かれもする。だが、主催する福山市は経営改善に躍起だ。最後のアラブ競馬場の意地を賭けて、うちのアラブと勝負をしてくれませんか、と各地の競馬場に持ちかけたところ、福山よりさらに悪条件に苦しむ高知がまず反応してくれた。
 経営不振にあえぐ公営競技のご多分にもれず、台所の苦しい中から福山がひねり出して積んだ賞金は一着100万円。ここに、ふだんは一着10万から20万程度の賞金で戦っている高知のサラブレッドが四頭、名乗りをあげてくれたのだ。
 「せっかく呼んでくれちょるんやから手ぇあげんと、次から声かけてもらえんようになるやろ。福山も来年にはサラ入れるちゅう話もあるみたいやし、そうなったら高知とももっといろいろ交流でけるようになるんやから」とは、今回大挙3頭を連れて遠征してきた高知の田中譲調教師。騎手もあのハルウララの主戦騎手でもある古川文貴ら腕達者の三人が同行。こうして一周が小回りの1000㍍、コーナーが鋭角で「まるで弁当箱みたい」と言われる難コースを、史上初めて……いや、かつては福山にも若干サラブレッドがいた時期があったというのだが、少なくとも競馬が今日のように繁栄してからは確かに初めて、サラブレッドが走ることになったのだ。
 レースは前評判通り、地元のスイグンが貫祿を見せて快勝。ユキノホマレが二着とアラブのワンツーフィニッシュだったが、高知のサラ勢も小回り一周半の1800㍍に戸惑いながらもフォーバイフォーが果敢に先行、最後まで2着争いにからんで3着に残った。
 三連休2日めの日曜日とはいえ、いつもより客足はよく、何より、ふだんとは違う新しいお客さんが目立った。主催者側も「サラとの交流戦は今後とも定期的に続けてゆきたいと思っていますし、その他にもいろいろ企画を考えています。廃止? そんなことは考えていません」と意気軒昂。小さな競馬場の生き残りを賭けた戦いぶりに今後も注目されたい。

*1:週刊誌原稿として整形されました。前文と本文のコンビネーション。草稿はid:king-biscuit:20050718