最後のアラブへ挨拶を

八月の一歳せりも終わりました。巷の景気は少しずつ上向いてきている、というのもあながち嘘ではないようで、実際このお盆の開催などは例年よりかなり売り上げを伸ばした競馬場もちらほらと。同じく、生産地のせりの雰囲気も、売れるべき馬がそれなりに売れている、という印象で、派手な盛り上がりはないものの、ああ、少しは先行きが見えてきたかなあ、と思えるくらいの良い意味で淡々としたものになっていました。

けれどもこの夏、アラブの一歳せりは、もうありませんでした。あらかじめわかっていたことではありますが、やはり本当になくなってしまったんだ、ということを改めて思い知らされました。分厚いせり名簿の重さを感じながら、そんな喪失感をかみしめていたのは僕くらいでしょうか。

まだアラブのことを言っているのか、とあきれないでください。どうにも納得できない思いが僕にはまだ、あります。酔狂が過ぎる、何考えてるんだ、と言われながらも、アラブの二歳新馬を二頭、このご時世にまだ走らせようとしています。少し前までなら、間違いなくそこそこの値段で買われていただろう血統の、ひとまず故障も欠陥もない健康な競走馬。去年の一歳せりで上場され、すでに購買客も見あたらず閑散としたせり場をぐるりと一周するだけで主取りになった、その数十頭の中で、たまたま縁あって面倒みることになった二頭です。

今年の一歳アラブもまだいくらかいたと聞いていたのですが、せりにはならないだろう、と春先から言われていました。春に産まれた当歳も、ごくわずかながらいたはずですが、それらの消息も正直、今の時点ではよくわからない。もしもまだいるのならば、そして買い手のあてがついていないのならば、どうせ大した頭数でもないのでしょうし、それこそどこかの有志がまとめて手当てする、そういうことも考えていいのではないでしょうか。いろいろ言われてきた補助馬だなんだということではもちろんなくて、これが本当に最後のアラブになるのだから、これまで支えてきた生産者に「ごくろうさま」を、そして何より当のアラブという種そのものに対して「ありがとう」を言う意味でも、せめてそれくらいの挨拶とねぎらいは送ってやれないものでしょうか。いかがですか、軽種馬協会や、各馬主会の方々。

ご存じのように、JRA主導で「国際化」を進めてゆく上で、アラブと障害が大きなネックになっていました。結果、政策的な判断で、障害は国際競走まで導入、テコ入れされ、逆にアラブは番組を廃止してゆくという明暗が。百歩譲って、当時のその判断の是非はともかく、そこから先、地方競馬が生産地も含めてなだれを打って右へならえをしてしまったことについて、未だきちんとした議論も検証もされないまま、「時代の流れだから」と片づけてしまっている、その横着、不誠実が僕には何よりもやりきれません。

そんなの感傷だよ、と笑われる。気持ちはわかるけど商売だから、と言われる。確かにそうでしょう。南関東、岩手、北海道、そして「アラブのメッカ」と言われてきた園田でさえも、JRAにならってアラブを切り捨てサラ専門に切り換えると決めてからの身の振り方は早かった。稼業としての競馬に生きる調教師などはそのへん現実的ですし、またそんな雰囲気を敏感に察知した生産者自ら「もうアラブはダメだ」と先回りして繁殖牝馬を整理するようにもなった。ああ、どんなに栄華を誇っていても、ニッポンの競馬、この国の馬産ってのは決して文化になどなっていない、ということを、つくづく思い知らされました。

去年の秋、ようやくサラ導入を決めた時に、なお「アラブを最後まで面倒みる」と公言した福山でさえも、今年はまだしも、来年アラブを独立した番組で組めるかどうかまだ不透明。その他、金沢や東海、佐賀や荒尾、高知にまだ残って走っているアラブたち――中には、益田や中津、上山などここ数年でつぶれていった競馬場で走っていた高齢馬、二百戦以上している古強者さえ混じっています――も、今後順次引退、競馬場を去ってゆくでしょう。向こう二、三年で、アラブはもう事実上いなくなる。戦後のニッポン競馬のある部分を間違いなく支えてきた、そんなアラブを正当に見送ってやって欲しい、その最期くらいは、最低限の敬意と感謝でおくってやって欲しい、ただそれだけです。

以前も言いましたが、もう一度。とりあえず、全日本アラブ大賞典でもタマツバキ記念でもいい、向こう二、三年に限ってでいいですから、アラブのファイナルシリーズを全国規模で企画するような動きがひとつできないものでしょうか。賞金は問題じゃない、残った仲間たちでおおっぴらに力試しのできる場所を、競走馬としてきちんと評価して認めてもらえるチャンスを最後に作ってやりたい。せめて酔狂ついで、今抱えているアラブ(新馬含めて都合四頭)については、できるだけ面倒を見てやりたい、そう腹をくくっています。