It’s only yesterday, but……

はじめて繋いだ時は全身の毛穴がひらいたようだった。ネットはいろいろおもしろすぎて、テーブルいっぱいのごちそうをどれからたべようか悩んでる子供みたいだった

95年くらいからネットが普及しだした。

その頃は世紀末で、人類が滅びるwかもって不安と、新しい時代が来るって希望があった。

あのころが一番楽しかった。

ネットが異世界につれていってくれたように感じた。

今は、もう慣性で続けてるだけでほとんど面白いとは思わないな

 老い先短い年寄りたちが陽だまりに寄り添っての昔語り、ではない。犬並みに時が過ぎ去ってゆく“ドッグイヤー”が常態の電網空間のこととは言え、具体的にはわずか十年ほど前、言わば、つい昨日の話、である。

 そのつい昨日、を思い返せば、しかし、すでにはるか遠い昔のように思える。記憶の銀幕の向こう、おぼろにかすむ風景。あれだけ熱く、真摯にインターネットに接続しようとし、夜11時からのテレホーダイの時間帯になると一気に殺到、モデムのスピーカーから漏れてくるピーヒョロヒョロヒョロ……ガッガッガッガッ、という響きに、柄にもなく胸ときめかせていた。さあ、これからが俺たちの時間だ。

 ネットサーフィン、という言い方にも、当時はまだ新しい何ものかが宿っていた。サーフィン=波乗り、の比喩は、しかしその後、ADSLから光ファイバーまでを一気呵成に普及させてしまった今のニッポンのブロードバンド環境からすれば、とてもサーフィンの名に値しないかったるくも鈍重なものでしかなかったが、それでも、普通の電話線経由で薄紙をはがすように開かれてゆく電網空間の広大さは、あたかも針の穴から世界をのぞくような、そこから漏れくるわずかな光で懸命に何か確かな像を結ぼうとするカメラオブスキュラのような、そんな凝視と集中の感覚を当たり前のように宿してくれるものだった。他でもない、このわれとわが身、に。

裏本DLするとき、回線重いし切れることもあるから、重要な画像から先にDLしてた。

とはいえファイル名とファイルサイズしか表示されてなくてさ、

kb数が小さいもの ⇒ 色数と複雑さが少ない ⇒ 局部どアップ

という法則とかを学習して、裏本の構成なども考えてDLファイル選んでたなー

「見逃したTV番組を誰かビデオでくれ」って、Nifty-Serveで呼びかけたら、ちゃんと熊本の女性が送ってくれたもんな。「ダビングしてあげるからビデオテープ1本分と送料併せて840円を切手で送ってください」

って、切手を送ったらちゃんとビデオが届いたよ!今なら考えられないな…

あとでNiftyに「著作権に触れる行為です」って怒られたけど(笑)

 これまでも何度か言ってきた。そして今もなお言おう。電網空間のはじまりから、今このようになっていったその来歴について、確かに信頼できる形で語ってくれる言葉を、われわれは未だ持っていない。

 だからこそ、ネット住民たちの間では、自分たちの歴史について語る場が間歇泉のように沸いては、消える。とりとめない昔話のように見えながら、しかしその種のスレッドや掲示板、ブログなどは、案外その寿命が続くのが常。その程度に、住民たちは歴史に、自分たちのささやかな体験が正当に反映され得る通時的言説に、今も常に飢えたままだ。

不便だからこそみんなで知恵を絞って楽しむ方法を考えた。だからこそ楽しさを覚えた。

2ちゃんもテキストの限られた表現方法だからこそ、コピペ、AAが発展した。

豊かになる、自由になることはさびしいもんなんだおw

何もない平原に放り出されるのと同じだお><;

 ISDNは革命に等しかった。こんなにスムースで速いものか、と驚嘆した。だが、それにもじきに慣れ、次にADSLがやってきた。接続環境の快適さへの期待と欲望は幾何級数的に増大した。

 ソフトバンク孫正義はNTTが仕切る通信利権の既得権益に殴り込みをかけ、モデムを街頭でばらまくという、まるで縁日の香具師の如き荒技に出た。路上に放り出されたIT技術は、路上の商売の手荒い洗礼をくぐり抜けながら、それでもそれなりにブロードバンド普及の先兵となっていった。今や世界に冠たるわがニッポンのブロードバンド環境は、先端技術の研究室からでなく、むしろそんな路上の商売、IT香具師の身体から拡散されていったものだ。

 この新興IT香具師のゲリラ戦に煮え湯を呑まされた不沈艦NTTは、本気になって「その次」をおさえにかかった。彼らが音頭を取った光ファイバー網が異例の速度で普及していったのは、この時の戦訓に学んだからに他ならない。

 孫正義は追い詰められた。一時期はほぼ濡れ手で粟、やらずぶったくりの荒っぽい商売で物議を醸しながらも時代の寵児の立場を楽しみ、株価の上昇を謳歌していたADSL事業も頭打ち、と言って、次代の光ファイバーで勝負しようにも親方日の丸の大艦巨砲、NTTと真正面からの艦隊決戦は自殺行為。かくて、ならばと今度は携帯電話戦線へと転進。えげれす資本が参入していたボーダフォンを一兆以上の巨額を投じて果敢に買収、ブロードバンドに続いて昨今の通信事業の花形、携帯市場に名乗りを上げる。折から、懸案のMNP=ナンバーポータビリティがいよいよ実施。既得の電話番号そのままに業者の変更ができるようになり、NTT以下の巨大既得権益に風穴をあける条件が少しは整った。

 九州は久留米出身、かのホリエモンの先輩格で、出自については大陸系だか半島系だか噂も含めて情報が錯綜するが、いずれ毀誉褒貶含めてIT系アントレプレナーの大将格孫正義、「予想外割引」と称する「通話料金0円」の一大風呂敷を広げ、テレビその他で大々的にキャンペーン、ここで命運を賭けた勝負に出た。が……

SBショップ店員の愚痴BBSとかによると、「どの携帯も0円なんでしょ?」って客が来るそうな

SBMとしてはそういう客のクレーム対策は全部販売代理店が被る様にしてて、本社にクレームが殺到する様なら販売代理店に肩代わりしたスパボの代金まで請求するシステムなんだとw

どこまで893なんだよww

【ここまでのまとめ】

ソフトバンクの携帯業界加入で通話料金ボッタくりが解消されると期待

 ↓

MNPによって電話番号そのままで他社携帯に移行できるようになる

 ↓

格安「0円」宣伝に釣られて他社からソフトバンクに移行する人が急増?

 ↓

しかし、ソフトバンクの宣伝は悪質な詐欺まがいではないかと各所で指摘され始める

 ↓

今度はドコモ、auへ顧客が移行するかと思いきやソフトバンクでシステム障害が発生。

ドコモ、auへの移行が不可能に。なぜかソフトバンクへの新規契約は可能

 ↓

ドコモ、auがブチ切れ。禿げバンク打倒に向け公式に同内容の抗議文を発表

両社はドコモ、auからソフトバンクへの移行も停止させる。

 ↓

それでも多くのマスコミはソフトバンクマンセー「0円」「他社から契約切り替え殺到」を強調

 ↓

未だシステム障害発動中!で、移行ユーザーは困惑       ←今ココ

 身内をもあざむいての電撃宣伝戦、「安い」「0円」という絶対的価値を前面に押し立てて大艦巨砲のNTTの足もとをすくおうという戦略は、しかしその当人の足もとからいきなり揺らいだ。新規契約に大手を広げると同時に、他社からの流入をも受け入れるはずの両面作戦が、サーバのパンクで速攻で頓挫。さらに、その「0円」にも姑息なからくりが隠されていることが、ネット住民たちからあっという間に暴露され、孫自ら釈明をして方針転換を表明せざるを得なくなる始末。餅は餅屋、かもめはかもめ、で、香具師香具師。虎の縞は洗っても落ちぬ。タダより高いものはない。というわけで、しょせん路上の商売の手癖はそう簡単に抜けるものではないらしい。

メールの遅延も酷すぎる。正直、なんで今まで使い続けている人がいるのかわからない。結局のところバカがヌーの大移動みたいにSBに移動して、繋がらず届かずムシリとられるシステムに、ぎゃぁぎゃぁ言いながらも金を落としていく。これによって回線強化、遅延解消。てな訳で普通の人はバカが食い潰されてから移行すればよい。

だがね。こんなやり方でTOPを取れる競争ってのはどうなのかと思うね。

禿・を基本料金のみで使うには

1.夜9時から1時までは電話かけない

2.SBの番号直電mail以外は送受信しない

3.他キャリア携帯や一般電話には絶対電話かけない

4.2年間は機種変しない

5.2年後はきっちり機種変して2年ローン払いする

6.携帯でインターネットしない

7.他キャリアへ乗り換えないでずっとSBキャリア

で桶?

もう日本の市場では

バリバリネットやるならwillcom

キャリアが用意してくれたサービスで楽しむライトユーザならau

宗教のようにヴィトンの財布持ちたがるブランド病の人はDocomoFOMA

仕事が大事な人はDocomo(ムーバ)

とハッキリ分かれてます。

ソフトバンク=ゆるい傾斜面。

会社がゆっくりと傾いていくんじゃね?

 携帯電話とインターネットの関係は、実はパソコンとの関係よりも、存外深遠である。人呼んで、プアマンズ・パソコン。キーボードをちゃんと打ちこなすスキルはなくても、単なるテンキーを操って文字を入力するアジア的あやしげな器用さは今の二十代から下にはすでに広汎に宿っている。さよう、ニッポンのITとはパソコンを介してよりも、携帯電話を端末としてその国民的下支えを行ってきていた。

 だが、そのパソコン経由と携帯経由との違いが、同じネット住民たちの間にある亀裂を生じさせているかも知れない――そんな指摘がこのところ、ちらほらと現われ始めた。

最近の統計では、2ちゃんねるに熱心に投稿している人たちは30代~40代が中心で、若い人たちが案外流入していないという報告がなされている。

> 2ちゃんねるにアクセスする人がもっとも多いのが30代で31パーセント。つまり30代以上で65パーセントを占めている。

> (歌田明弘の『地球村の事件簿』: おじさんたちのインターネット) → http://blog.a-utada.com/chikyu/2006/06/post_5d65.html

ケータイサイトでは、情報をぶつ切りにし、ページを分割して表示する方が合っている。mixiの日記のコメントは5つずつ表示され、価格.comのクチコミ掲示板では1項目ずつ表示される。Amazonのレビューも一つずつ表示だ。逆に言えば、過去についた投稿を一通り眺めてから自分の投稿を書くという行動には、ケータイは向いていないのである。となると、ある程度のスレッドの流れを追ってから自分の投稿を書く掲示板には、ケータイ族は寄りつかなくて当たり前だ。2ちゃんねるのユーザー層が高年齢層に偏っているのは、もちろんいろいろな要因が重なっているのだろうが、ネット族向けではあってもケータイ族向けではないという掲示板そのものの性質も一因ではないかと思う。

ネットの掲示板になじんだ人には、「ケータイ族はなぜ過去ログを読めばわかることを平気で質問してくるのだろうか」といった疑問を持っている人も多いかもしれないが、そもそもケータイでは過去ログなど見たくなくなる。ケータイ族掲示板に議論は向いていない。mixiケータイ族の多いコミュニティを覗いてみればわかると思うが、それぞれ勝手に自分の感想を3行くらいで埋めているだけだ。だから、ケータイ族には2ちゃんねる的な掲示板は合わないのではないかと思う。

ケータイ族の特性を生かしたケータイサイトの作り方

http://www.kotono8.com/2006/10/26mobile.html

 各携帯キャリアーもネット対応のブラウザーを装備し、パソコンと同様に電網環境にアクセスできるようになっているし、たとえば、かの2ちゃんねるにしても今では携帯経由で書き込みができる。携帯によって初めて電網空間に参入するようになった層が、ようやくそのプレゼンスを発揮し始めている、のかも知れない。

 先月触れたmixiをめぐる軋轢も、ある部分でこういうネット住民の間に見え始めた亀裂が関わっているはずだ。ネット住民たちの昔語りの中にも、よく見ればそのような亀裂が微妙に反映されていたりする。

2chでも煽り耐性のない奴らは馴れ合い厨になって自分の意見が無いでしょ。ミクシーやってみて思うのは、真っ向から違うコメントって来たことがないし、それが普通の反応なんだね。はっきり意見を書くのは、ちょっと勇気のいることなんだろうな。ああ、俺はやはり異質な2chねらーなんだなって思う。

昔は本当に2chが楽しかった。女や子供が増えてからこんなになってしまった。mixiを熱心にやってる奴の意味も分からないし。

女が増えてきたせいだな。主婦が2chやってるの想像するだけで嘔吐もん

女が居なかったから。女がネットを腐らせた

ネットには、デブ、ブス、美人だけどメンヘル のどれかしかいないぞwww

(昔は)キチガイはいたけど、バカとDQNは少なかったな

 女が、バカが、DQNが、メンヘルが、馴れ合いの自意識が、知らず知らずの間に増殖してしまったらしい、この憂鬱な現実。電網空間に接続するだけで身のうちに宿ったかつてのようなときめきを感じることも、もう絶えて、ない。インターネットにも平等に、「大衆化」は訪れている。携帯経由で電網空間にやってくる者にも、今やパケ放題だのの定額接続が。かくて、限られた時間、限られた場所にかろうじて可能だったネットの興奮も、どんどん安く、簡単に、誰にも開かれたものになってゆきつつある。

 とは言え、われわれが今、ここに至るまでの電網空間に足つけた、その来歴については、未だにおぼろげなまま、その電網空間に漂っている。