「アンミツ」安藤光彰、JRAへ

笠松競馬の安藤光彰騎手が、JRAの騎手試験にめでたく合格しました。先日、編集後記でちみっと触れましたが。

すでに押しも押されもしないJRAの花形騎手になった「アンカツ」安藤勝巳騎手の兄貴。ついでに言えば、あたしと同学年、昭和34年は一月生まれですからの当年とって48歳。まだ現役で乗っていること自体すごいんですが、それより何より、今やとんでもなく難しくなっちまったJRAの騎手試験の一次試験(ペーパーです)から受験して合格した、というのが、いやもう、どうなってんだ、ってくらいすごいこってす。

というのも、もともと中卒がせいぜいで未だに読み書きすらあやしいのも混じっている地方の騎手風情がペーパー試験からクリアできるわきゃない、とタカくくってたのに、園田の赤木に続いて、笠松の柴山と、若手が立て続けに一次試験から突破、しかも赤木なんかは現役の騎手学校の生徒より高得点だったりしたもんだから、そりゃあJRAにしちゃたまったもんじゃないわけで。一説には当時、千葉は白井のJRAの騎手学校の教官たちは「おまえらいったい生徒に何教えてるんだ! なんで草競馬のバカ騎手に負けるんだ!!(゚Д゚#)ゴルァ!!」と大目玉食らったそうですが、まあ、当たり前ですわな。

で、今回、なんと48歳のジイさま(騎手にしたらもう長老です)までがパスしちまった、と。しかも初挑戦で一次突破、でしたから、まずそのニュースが流れた時点で、地方競馬サークルは「えええええ??」と目がテンになったものでした。

 「どだい信じられませんよ。だって、赤木に続いて柴山まで一次からパスしてJRAに移籍したもんだから、こりゃいかん、っていうんでそれを境に試験内容が一気に難しくなったんですよ。それはもうシャレにならないくらい。毎年挑戦していた地方の騎手たちの中にも、こりゃもう手も足も出ないわ、とあきらめて受けなくなったのが、このところだいぶいたくらいだったんですから」(ある競馬記者)

アンカツの兄貴、ということでゲタをはかせてもらったのでは? という声もある。

 「まあ、憶測ですが、JRAも売り上げが右肩下がりに下がり続けていて、ディープインパクトも引退して話題もなくなってる。何か話題になるようなことを、という意識がなかったとは言えないかも、ですね。ただ、そうは言っても現実に点数がとれていないとどうしようもないわけですから、やっぱり本人が頑張ったのは確かでしょう」

地方競馬の騎手がJRAに「移籍」するためには、簡単に言って今のところ、ふたつの道しかない。ひとつは、今回の安藤(光)騎手のように、他のJRAの騎手学校の生徒たちと同じく一次試験から突破する。もうひとつは、地方在籍のままJRAのレースに出走する馬に騎乗して、年間20勝以上を五年間のうちに二回あげる。これによって一次試験は免除されて、二次試験(面接と口頭試問など)だけになるので、机の前に五分と座ってられないのが珍しくないうまやもんのこと、これまではこっちを狙うのが大方でした。

ちなみに、この一次試験免除のルール、俗に「アンカツルール」と呼ばれています。「アンカツ」安藤勝巳騎手が身体を張ってこじあけた、JRAと地方の間に横たわっていた高い壁の「規制緩和」。これとて、JRAにしてみれば、アンカツ以外にまさかクリアするような地方騎手がいるわけない、とタカをくくってのことだったようですが、なんの、その後園田の小牧太、岩田が立て続けにこの条件をクリアしてJRAに移籍。それ以外でも、すでに名古屋の吉田稔や大井の内田博もこの一次免除の資格を持っていますから、逆に言えばJRAの、地方騎手に対する認識がいかになめたものだったか、ということでもあります。

とは言え、地方在籍のままJRAのレースに乗るためには現状、地方競馬所属の馬がJRAのレースに出走するのにくっついて乗りに行くしかない。地方所属でJRAの出走資格を持つ馬(馬名の頭につく記号から「カク地」と呼ばれます)になるためには、JRAが指定する「認定競走」という二歳、三歳の限られたレースを勝たねばならないわけで、その数少ない馬がJRAのレースに出走する日に限って、その他のレースでもJRAの馬に乗ることができる、という、もうなんというか、二重三重にとんでもない制限、制約がつきまくっています。

まず、その「認定競走」が配分されていて、なおかつJRAに使いにゆけるような環境(地理的、また馬主や厩舎関係も含めた)が整っている競馬場に所属していないことには、現実的にはまず無理。それが証拠に、この「アンカツルール」でJRA移籍を果たしたのは、アンカツ以降、小牧太、岩田、と共に兵庫は園田の所属。岩手や北海道も「認定競走」はたくさん配分されていても、なにせ冬季の開催がない地域で、どうしてもハンデがある。なので、あとはもう一次から突破するしかなかったわけです。

25日、笠松競馬場で壮行会というか、ファンに向けてのセレモニーが行われました。弟のアンカツに比べてさらに顔つきが「凶悪」(失礼)で、こわもてで愛想がないイメージが強い安藤光彰騎手ですが、この日はとにかくニコニコで、この人こんなに表情が豊かだったんだ、とこっちがびっくりしたくらい。そりゃあ、念願かなってJRAの騎手になれたんですから、とりあえず三十年あまり騎手やってきて最良の一日、だったんでしょうね。

弟と違い、関東の美浦トレセンの菊川厩舎所属に、とか。息子さんが今、大井でやはり地方の騎手めざして修行中なので、息子のなるべくそばにいてやりたい、という事情あったようで。

「トシがトシですし、全盛時の力はもう正直、なくなってますからねえ。このところ年間二ヶ月ずつ大井に短期騎乗で行ってましたけど、直線追い切れない場面もありました。その意味で、乗れてもあと何年かでしょうし、その後は調教師でもめざすつもりなんでしょうが、それもまた地方騎手出身でJRAの調教師になれるものかどうか。そのへんはまだ未知数です。」

とは言え、美浦にはすでに同じ笠松から移籍した柴山騎手もいることだし、ローカル開催のダート戦なんかではどんなに印のない馬に乗っててもおさえておいて損はない騎手になること確実。西の「アンカツ」に並ぶ東の「アンミツ」が、JRAの新たな呼び物になるのならばそれはそれ、競馬法改正目前のニッポン競馬にとっても、まあ、ひとまず悪いことではないよな、というところです。

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●編集後記

アンミツの一方、去年に続けて名古屋の吉田稔騎手が不合格になっています。「アンカツルール」でいち早く一次試験免除の資格を取得、JRA移籍も時間の問題、と言われ続けてまた今年も二次試験で不合格、というので、さすがに「いったいどういうわけ??」という声が高まっています。「オレ、素行がよくないですからねえ」と以前、本人も苦笑しながら語っていましたが、まあ、JRAにとっちゃあまり移籍してきて欲しくない事情ってのがあるようで。このへん、機微に触れるところがあるので機会を見て、また別途。

あの在日チョンコの面汚し、姜尚中が「コリア国際学園構想」なんてものをぶちあげたようで。

大阪を拠点とした中高一貫のコリア系インターナショナルスクール「コリア国際学園」(KIS)の設立を目指すシンポジウムが25日、大阪市内で開かれ、姜尚中・東大大学院教授らでつくる設立準備委員会が学園の構想を公表した。

 同学園は2008年4月開校予定で、多文化共生や平和などの理念を掲げ、東アジアで活躍できる在日コリアンらを育成する。授業は韓国語、英語、日本語の3カ国語が使われるという。

 校舎は大阪府茨木市の約6000平方メートルの敷地に建設し、初年度は中高で一学年35人ずつ募集。理事長には姜教授が就任する予定。

 姜教授は「(国などの境界を越える)越境人を育成するのが長年の夢だった。KISを通じて東アジアに住む人々にメッセージを発したい」と話した。

2007年2月25日(日)京都新聞共同通信

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007022500102&genre=F1&area=O10

えっと、これって、姜尚中はもう東大辞める、ってことですかね(笑)

確か、文部教官ですから兼業は原則禁止、のはずですよねえ(^^;) まあ、教授会と事務方に届け出て認められりゃいいかも知れませんが、でも、その場合は「本務と密接な関係があるから」とかなんとか、いろいろ理屈が必要でしょうねえ。で、やっこさんの「本務」って、今なんでしたっけか……

でもまあ、普通に考えりゃ、なにしろもとが性根の腐った熊本は朝鮮人のバタ屋の息子風情のこと、せっかくの「東大教授」の肩書きをみすみす捨てるような真似をするわきゃないと思われ。万一、このキチガイ学校に専念するために東大を辞める、なあんてことになったら、その時はあたしゃ潔く、姜尚中にあやまります。

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