言論界のデンパ障害

 陰謀論、昨今なら俗にトンデモ、ないしはデンパと呼ばれたりもする、知性のある種のビョーキの症状。呼び名は変われど、その症状自体は近代の情報環境固有のもので、「合理的」「論理的」「科学的」思考というやつが世の当たり前として認知されてゆくのに比例して増幅されてゆく。世界をことばと意味によって「解釈」してゆこうという熱意、意欲、野心の類がうっかりと高ければ高いほど、この陰謀論のビョーキがとりつく可能性も高くなるという諸刃の剣。というわけで、程度の違いはあれど、いわゆるインテリ/知識人の類なら発症する可能性は常に持っている、結構難儀なシロモノではある。

 世界的には冷戦構造崩壊後、ニッポン国内的には「戦後」の枠組みが崩れてゆく過程で、それまで半世紀近く安定していたそれら陰謀論のビョーキを支える情報環境も激変を余儀なくされてゆき、症状の現われもまたそれまでと違う形になってきている。と同時に、インテリ/知識人も水増しされてどんどん裾野が広がって潜在的に感染可能性のある層も爆発的に拡大していることもある。

 論壇、言論界といった方面にはこれまでと少し違う種類が出現して発症中。特に「失われた十年」以降、政治や経済、外交や軍事といった従来の定番に加えて、どうやら「金融」というオプションが一枚加わった。経済からの派生ネタではあるけれども、従来の大文字の経済学とは違う日々流動する金融や証券の市場的現実を繰り込むから「現在」というカードが強く作用し、いきおい「ジャーナリズム」がらみのデンパ受信度も高まるという具合。もちろん、「ユダヤ」「共産主義」から「古代」「宇宙人」までの長年ご愛顧の定番アイテムに加えて、新たに「アラブ」「中国」「華僑」などがイチオシとして加わっている。特に「中国」がらみはニッポン国内では赤丸急上昇中。朝鮮半島はもとより、台湾やチベット情勢なども含めて新たなデンパ発信環境としての「アジア」は前途洋々、有望である。

 固有名詞としては、ベンジャミン・フルフォードあたりがわかりやすいか。かの9.11「陰謀」説を堂々、ニッポン国内で主張して勇名を馳せた。同じことを副島隆彦小林よしのりあたりが言うよりもっともらしく見えてしまったのは、やはり「ガイジン」特典か。特に国際関係方面での効果は絶大で、ついでに金融ネタも「ジャーナリスト」フィルターで補正されるし、商売に使えば浅井隆などの陰謀論コンサル系にも応用可能だから、需要も高い。ブログの威力=“何でもあり”もめいっぱい利用中。

「ロックフェラーが日本人の政治家を調教する手段は山口組だった。山口組の幹部からこの事実を確認しました」

「近い将来、エネルギーも自然からタダで大量にとれるようになります」

「欧米の秘密結社の権力争いが活発になっている」

アメリカ空軍の反乱分子がK13という極秘衛星を追突させた。K13はイランの空爆を誘導するための衛星であり(…)先週ペルーで“隕石落下”とニュースで報道されていますが、これは紛れもなくK13の追突だったそうです。」

アメリカの核ミサイルの部品がコロラド州デンバー市から100キロ離れた基地で盗まれたという(…)この爆弾をアメリカ大都市で爆発させ、それをアルカイダのせいにするという」

……いやもう、最強(笑)。ただ、多くは「新聞プラウダからの内部情報」とか「公安関係者や国会議員、ヤクザ幹部や他複数からの情報源」という但し書きつきソースなわけで、結構、予防線は張ってるのかも。そのうち選挙にでも出てきそうな気配だ。

 もちろん、国産も頑張っている。内国産標準の西尾幹二以下、「戦後」由来の「保守」論壇にデフォルトで組み込まれていたそれら陰謀論系デンパニストの後継としては、中西輝政などが筆頭格か。西尾のような旧世代デンパの憂鬱ブンガク系、悲憤慷慨浪漫高血圧型に比べてライトでアッパー系になっているのはご本人のキャラと共に、団塊の世代という世代性もあるかも。もっともその分、重厚さに欠けるのがアレだが、それもまたいまどきで、度を超さない隠し味程度の陰謀論系発言は、「阪神大震災の際、倒壊した在日家屋の下に武器庫が…」等、すでにweb上でも有名で、その意味でも『WILL』あたりの気分には実にドンピシャ。安倍内閣のブレーン説もあったが、内閣総辞職と共に自ら否定し始めるあたりも、主義主張に頑固粘着な西尾などとは違う、案外、空気を読めるニュータイプらしいし、「京大」ブランドを存分に使い回しての市場回遊ぶりには眼が離せない。 

 期待の新勢力としては「元官僚」系も台頭してきている。「ラスプーチン佐藤優は早くもダシが出尽くした感があるが、同じく元外務省の原田武夫なども商売含みで目立ち始めている。「海外」情報に明るいというカードで「金融」がらみの「国際関係」のヒミツでハッタリかまし、講演と会員制メルマガと粗製濫造のテキスト本でかっぱぐ商法。「単に私利私欲のみで、いたずらに金融資本主義に足を突っ込むだけでは、逆に奪い取られていくだけです。また、根拠のない陰謀論に取りつかれては、身動きが取れなくなります」と棚に上がって諭すあたりもいいタマ。このへんは副島隆彦浅井隆などにも通じる芸風なわけだが、この系統は一方で、船井幸雄から中谷章宏あたりの既存のマーケティング、広告系出自の経営コンサル屋のデンパ商法系列とも融合しつつあり、シロウト眼にはすでにドクター中松などと見分けがつかなくなっている素晴らしさ。どうやら、デンパ業界も情報環境の変貌に伴って再編、「構造改革」(笑)の時期らしい。

 実際、左右対立、保守と革新、といった「戦後」の図式が効かなくなって、その内側にあった陰謀論の環境も変貌しつつある。当座、ニッポンに関して言えば「アジア」情勢の不安定さはひとつ震源地。情勢によっては、冷戦崩壊で人気を失っていた「ロシア」出自の陰謀説も再燃するだろうし、アメリカの大統領選や北京五輪といったブースターもスタンバイ。冷戦ベースの「戦後」の枠組みがはずれた分、とりとめない現実を「読み解く」フレームの選択肢もタガがはずれたわけで、陰謀論系デンパテイストが通常の言論空間にも平然と浸透してくる道理だ。整備されてきたネット環境も、これらデンパの新たな培養基になっている。特にブログを介してwebと接触、もとは活字の生態系にいた者があらぬ反応を始めるのは西尾や副島などの事例からもわかりやすいが、仮にご本尊が動かずとも周囲の取り巻きが善意も悪意も一緒くたでネット環境に引きずり込み、症状を拡散させるのもすでにデフォ。アルファブロガー(笑)以下、いまどきのwebにとりつくデンパは個体それぞれのステージは低くても群れとして広がりを持つ分、水虫のように言論や思想の情報環境を汚染してゆく。水虫だから別に生き死にに関わるわけではないが、しかし、かゆかったりじくじくしたり、かえってうっとうしいことこの上ない。

 かくて、多少でもものを考え、世を見通そうと思うならば、おのれの正気を保つだけの良識とリテラシーがこれまでより一層、ひとりひとりに求められる状況。大文字のもの言い、既存の固有名詞に頼るのでなく、はたまた日常に滲み出し始めたデンパ水虫に汚染されるでもなく、個々の持ち場で脳みそ周辺の風通しをよくしつつ、各員一層奮励努力されたし。健闘を祈る。