山本茜騎手「セクハラ」訴訟のこと

 これはひとこと、言っておかねばならないでしょう。名古屋競馬所属の山本茜騎手が、元の所属調教師をセクハラで提訴した件です。その後数日で提訴を取り下げたので余計に「何のこっちゃ」だった人も少なくないようで、何より世事に疎い競馬サークル、まして地方の事件なのでもしかしたらまだご存じない方もいらっしゃるかも、なので一応、当初の報道リリースを。

 名古屋競馬山本茜騎手(24)が、所属していた厩舎(きゅうしゃ)の男性調教師(48)から悪質なセクハラを受け、所属厩舎の変更を余儀なくされたなどとして、調教師を相手取り、550万円の損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こしたことが分かった。女性騎手は全国にわずか10人余。現役の女性騎手が、競走馬の騎手を選べる調教師を訴えるのは極めて異例だ。


 訴状などによると、山本騎手は03年6月、調教師に弟子入りし、調教師の厩舎で競走馬の世話などを始めたが、調教師から度々抱き付かれるなどした。さらに、調教師は今年1月、厩舎の調教師の住居に山本騎手を呼び、強い馬に乗せる条件を語りながら「おれはお前に全部見せることができる」などと言って全裸になり、「お前も包み隠さず見せてみろ」と服を脱ぐよう求めたという。


 山本騎手は、厩舎に所属しないと競走馬に乗れなくなることなどから我慢し続けたが、これらの要求を拒否して師弟関係が壊れ、「指示に従わない」などの理由で5月に同厩舎を辞めさせられたと主張。甚大な精神的被害を訴えている。


 山本騎手は、05年10月にプロ騎手デビューし、今年3月、歴代女性騎手として最速(当時)で通算100勝を果たした。朝日新聞の取材に「調教師はセクハラを認めず、謝罪もしない。提訴するかどうか本当に悩んだが、自分の信念と他の女性騎手のためにも、泣き寝入りしてはいけないと思った」と話した。 (朝日新聞10月19日)

 で、この後、24日に山本騎手の側から提訴を取り下げて、ひとまず事件としては収まったということですが……どっちにせよ、後味の悪い一件ではあります。

 山本騎手と言えば、記事にもある通り、地方の現役女性騎手の中では、同期の別府騎手(高知)や、荒尾の岩永騎手らと並ぶ、期待の若手有望株。那須の騎手学校に入るのが年齢制限ギリギリで年かさだったこともあるのか、在校時から「あの子はガッツあるし、結構乗れるようになるかもよ」と教官たちからも言われていたのを覚えています。デビュー後は乗り馬にも恵まれ結果も出し、それに連れてみるみるうちに風格すら出てきて、地元のみならず現役女性騎手のリーダー格の宮下騎手にも臆せずせりかけるようになったり、去年の浦和記念キングスゾーンに乗せてもらったら内田(博)やアンカツ相手にも一歩も引かずにやりあい、なんと二着に持ってきたり、とその暴れっぷりは評判で、いやあ、若いのが自信つけるってのはおそろしいなあ、と微笑ましく眺めていたのですが……。

 とにかく、これが事実だったとしたら、ふた昔前の競馬場ならいざ知らず、いまどきまず論外なわけで、騎手も厩務員もどこも女性が当たり前に働くようになった昨今、いくら世間知らずのまま過ごしてきた地方競馬とは言えど、まともな抗弁は到底無理。表沙汰にして提訴までされてしまった時点で、まず事実関係の確認とその上での誠実な謝罪が初期対応としては当たり前でしょう。

 なのに、このへんが「うわあ、競馬場だなあ」と思って頭を抱えてしまったのですが、訴えられた調教師が報道の、それもテレビの取材に平然と「裁判で争う」と公言。しかも「全裸になったのは事実」と認めた上でのことですから、何をか言わんや。現場が混乱して制御不能だったんでしょうが、あまりにも不用意過ぎます。

 さらに、それ以上にあきれ果てたのは名古屋競馬の主催者側の対応。「体を触って筋肉の付き方を調べたり、裸にして筋肉の流れを見ることもありますが一切体に触れずに教えることも可能で、結局はやり方はそれぞれなんです。今回の件については報道が先行していて、実際に何があったのかまだつかめていない状況なんです」と無責任極まるコメントをしたことが、ネット報道で流れるお粗末。厩舎関係者の世間知らずは今に始まったことじゃないわけで、こういう場合は必要以上に世間に誤解されないよううまく御してやるのも主催者の大事な仕事なのに、これじゃ火に油でコンプライアンスもヘチマもない。これだから地方競馬は、という昔ながらの嘲笑を自ら好んで招くような大失態です。

 提訴取り下げに至った経緯は今の時点では聞こえてきませんが、主催者含めて内輪で丸く収めた、と思っているのなら全くの大間違い。今の地方競馬の運営の、そして競馬を仕事とする場そのものに対する不信感をいたずらに助長させたという意味で、当事者以上にそのまわりで制御する側の主催者周辺の責任は、おおげさでなく万死に値します。この程度の厩舎にこの程度の主催者、と軽んじられるのが何より辛いじゃないですか。

 ちなみに、地全協のサイトはこの件について原稿締め切り時点で全く黙殺、何の記載もありません。下が下なら上も上、なのも相変わらず、です。