「福島へ行け」の背景

 前略、福永祐一さま。先日の天皇賞は残念な結果でした。僕はいつも地方競馬の現場しか知らないので、せいぜい交流重賞くらいしかあなたの騎乗ぶりを間近に拝見することはありませんから、そのへんは普通のファンと変りませんが、それでも、今のJRAの騎手の中でもトップジョッキーであることくらいは認識しています。
 そんなあなたがあの天皇賞の後で、粗っぽい乗り方をしたという仲間のジョッキーに対して「GⅠに乗るような騎手じゃない」「福島にでも行って欲しい」などと罵倒したという話を耳にして、とても残念に思いました。
 もちろん、報道を介してのこと、その場の雰囲気というのはわかりませんし、実際にどういうもの言い、どんな調子でしゃべったことなのか、そんなディテールについてはこちらは紙面などから推測するしかない。もしかしたら、あなたはそんなつもりでしゃべったことではなかったのに、案外大きく記事になって広まってしまったのかも知れない。しかし、それでもなお、JRAの一流ジョッキーが同じレースに乗った仲間の騎手に対してそのような言い方をしたこと、そしてそれが報道として出てしまったことについては、正直、情けない気持ちを持ちました。
 一説には、コスモバルクに騎乗した五十嵐騎手に対しての言葉だった、とも言われています。先日の天皇賞自体、直線でエイシンデピュティが斜行、あなたの騎乗馬カンパニーも含めて有力馬が何頭も被害を受け、エイシンの松岡騎手が降着、同じくバルクの五十嵐騎手も戒告という処分を受けた。岩田騎手や安藤勝巳騎手までが声を荒げたといった報道もあり、後味のよくないレースだったのは確かです。ひとつ間違えれば事故につながりかねない、危ない状況だったかも知れない。
 レース中のできごとについてはジョッキーだけがわかる世界。ほんとうに何がどう起こったのかは、こちら側から確かなことはわからない。互いに身体を張って勝負する中、かけひきやしのぎあいがあるのは当然でしょうし、そんな中で醸成されるプロとしての信頼もかけがえのないものでしょう。そういうこちらから見えない領域、本当にはわかり尽くせない部分があることも含めて競馬なのだし、また、そういう競馬だから面白いのだ、ということは僕なりにわかっているつもりです。

 五十嵐冬樹というのは、いいジョッキーだと思っています。確かに粗っぽいところはあるし、強引な乗り方もしますが、今の地方競馬でもまず全国区。それは地元ホッカイドウ競馬のみならず、地方競馬を見ている人ならば納得してもらえる評価でしょう。中央では、ダービーの時のバルクの騎乗の印象が強いのか、またあの気性の難しいバルクに乗って苦労している場面ばかりがクローズアップされてしまうせいか、ファンの間でも「五十嵐=ラフプレー」という印象が必要以上に広まっているような。個人的には若干気の毒なところがないでもない。
 その五十嵐騎手に対するあなたの、あの「福島へでも行って欲しい」という言葉。僕が思ったのは、もともと高知競馬に縁があり、苦労して中央競馬の一流ジョッキーになったあなたのお父上、福永洋一さんがあれを聞いたらどう思うかな、ということでした。 同じJRAでもローカル開催が格下である、という意味か。それとも、ローカル開催には危ない乗り方をするジョッキーがもしかしたら多い、といったこともあるのか。でも、意味は何であれ、ああいう形で口にするべき言葉ではないと思います。少なくとも、メディアで増幅される可能性のある場で、不用意に言葉にしてしまっていいものではない。たとえば、調整ルームや仲間うちでのやりとりにとどめておくのがプロの、それも一流の礼儀ではないでしょうか。
 危ない乗り方をした仲間のジョッキーを諫める、危険なレースを避けるよう苦言を呈する、それはもちろん正しいし、プロとしても当然です。お父上の事故も念頭にあったのかも知れない。だったらなおこと、そのもの言いにももう少し配慮があってしかるべき。少なくとも、腹でどう思っていようとも、メディアの前でものを言う時にはそれくらいの気配りや斟酌はした方がいい。僕はJRAの騎手だ、トップクラスのジョッキーなんだ、というプライドも自信もあるのならば、その立場に応じた諭し方、意志の表し方というのもあるはずです。まして、地方競馬の騎手に対しては、です。
 武豊という騎手に対して僕が、ああ、この人はほんとに一流なんだな、と心から感心したのは、たとえあのハルウララに乗る羽目になっても、悪いことは何ひとつメディアの前で言わなかった時でした。本当の一流の証明は、単に結果や数字だけではない、そういう身振りや言動も含めた「品格」にあるのだ、と改めて思います。