文化としての「教員」

 センセイがヘンである。

 そんなもの、昔からヘンなものと相場は決まっているけれども、昨今とりたてて言わねばならなくなっているのは特に、学校のセンセイのヘンさ、である。このところ新聞や雑誌、ワイドショーを賑わすセンセイ方というと、ロリコン、変態系の性癖丸出し。要は性犯罪系の不祥事が跋扈している印象なわけで、そう思って見ればうちの子どもの担任もなんだか頼りないし、ゆとり教育だかでちゃんと仕事をしてくれてるのかどうかもあやしげだし、、と、世の親御さん方がおっかなくて子どもをおちおち学校に通わせられない気分になるのも、まあ、わからないではない。

 ただ、敢えて乱暴な言い方をすれば、センセイ族なんざそんなもの。前々からそういう性癖を持った物件はある程度いたんだろうと思う。ただ、問題はそれを教室でうっかり全開にしてしまうことは今ほどなかったということだ。以前はそんな内面の制御がまだ効いていたのに、昨今はどうやらそれがまるで効かなくなってきているという、問われるべきはその点である。

 もちろん、こんな状況に対して、教員の「品格」だの「倫理」だのといったもの言いで何とか対処しようとする、それはあっていい。たとえば中教審以下、ナントカ審議会だのといった「教育」関係のエラい人たちの発想にこのところ顕著なのは、この方向。だから教員にも定期的に資格審査を、ということになってくる。つまり「車検」だ。逆に言えばこれまで「車検」なしでやってこれていたのが不思議なくらいだけれども、でもそれでそこそこうまくいっていた時代というのもあるわけで、そのあたりあれこれ全部ひっくるめて、さて、センセイ=教員をめぐる環境がどのように、なぜ変ってきているのか、というのが、本当に省みなければならない問いではある。

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 で、これももう大方が感づいていることだとは思うが、このセンセイについての問題は、公務員がヘン、というのとかなりの程度、根は同じである。

 教員の多くが事実上公務員である、ということだけではない。意識のありようとしての「公務員」「教員」、もっと言えば「文化」としての教員というやつを、そろそろはっきりと考察分析の対象に据えないことには、このいまどきのセンセイ族の煮崩れ具合というやつは、きちんと腑に落ちるように説明できるものではなくなっている。

 よく言われるような、日教組に代表されるある種の「戦後」イデオロギーにセンセイ族が呪縛されたことによる弊害というのも、もちろんある。あるが、しかしそれもまた広義の彼らの「文化」の一面という視点を持たないと、何もかも日教組が悪い、サヨクが元凶、というお約束の近視眼に陥るのは必定。要は、公務員ないしは公務員に準じるような自意識、世界観を持ちやすかった立場にある者たち(官僚、教員、マスコミ関係……などなど)が、「戦後」の構造の内側で「左翼」や「労組」と癒着してゆくことでやってゆける時代というのが良くも悪くもあった。しかし今や、その中に宿っていった心性、世界観、ざっくり言って「文化」というやつが、今や最終的に同時代の現実との不適合をあらわにしてきている、そういうことだと思っている。

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 たとえば、生徒を性的対象として見てしまうようになる、そのことに歯止めがかからなくなってきた経緯というのは、本当に重要だと思う。それは同時に、生徒の側からセンセイを性的対象として見てしまうようになってくる過程とパラレルであるし、もっと言えば、「教室」「学校」がその程度に世間の変化から無関係でいられなくなってゆく、その過程でもある。

 別の角度から言えばそれは、たとえば「教室」にマンガを持ち込んでも咎められなくなっていった過程でもある。

 生徒とセンセイの「恋愛」(とまで行かずとも淡い何ものかの交流、程度でも)というやつが、「戦後」の言語空間においてどのように描かれ、語られてきたのか。学校に限らず、広義の師弟関係でも上司部下の関係も含めていいのだが、そのような関係性の中で、性的存在としての部分を互いにどのように意識し、そして制御してきたのか。要は、そのような意識されにくかった領域も思いっきり含み込んだ上での「文化」、ということになる。

 その件については、『ハレンチ学園』の衝撃、というのが今でも言われる。70年代始めの永井豪出世作。しかし、よく言及されるのはハダカの描写がという部分であり、それは当時から問題になっていたが、しかしそこで見過ごされているのは教師が決して生徒の側に立つものではない、敵対するものにもなり得る、という世界観をはっきり出したこと、これだ。マンガに限らず映画でも、小説以下の読みもの系でも、そのようにセンセイを、「教師」を、生徒=「子どもたち」に対して敵対するものとして描いたものは、それまでまずなかったはずだ。その程度に「学校」は美化されていたし、そうされるべきものでもあった。その約束ごとが崩れてきたのが高度成長の終わり、70年代の始めだった。思えば、「学校」という場での教師と生徒の関係が、それまでと違うものになり始めるとば口だった。

 同じ頃流行っていたあの森昌子のデヴュー曲、「せんせい」なども、今聞くとほとんどアブない世界である。作詞は先日亡くなった阿久悠。あのようにうっかりと性的存在として意識され始めた教師に対する内面の発露は、しかし当時はまだ、「微笑ましいもの」として解釈され、ガードがかけられていた。

 テレビドラマでは『奥様は十八歳』などもあった。虚構の〈リアル〉をまだ日常と線引きするタテマエが世間の側にあったからこそ可能だったドラマだけれども、今だったら援助交際を助長するとか何とか、思いっきり杓子定規なクレームをつけられていただろう。多少は眉ひそめつつ、それでもやはり“おはなし”としてつきあう前提がまだ世間にはあった。

 女子校の先生になりたい、ということも、冗談めかしてよく語られていた。今でも、ある程度以上の年代の男性は悪びれることなくそういうことを言う。それは、センセイ=教師という存在が無条件で尊敬される、そういうタテマエが守られている、という前提で「なりたい」、ということである。もちろん、家庭内での父親がそのように無条件で尊重されるタテマエが生きていた、こととも相似形だろうし、仕事の場での上司、先輩に対する意識とも通じていたはずだ。

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 人間とは平然と性的存在である。そのことに実に不用意に、ジタバタしながら気づいてゆかざるを得なかったのが、「豊かさ」の中で育ったわれら日本人の「戦後」体験だった。その気づき方がどれだけ奇矯で貧しいものであっても、とりあえずそれが事実である。歴史である。だから、その結果の現在は、正しくわれら同胞で引き受けねばならない。

 親がセンセイの、学校の悪口を子どもの前で平気で言うようになる。それは公教育としての小学校、中学校への信頼性が地に落ちた都市部においてすでにデフォルトであり、塾への信頼と反比例して語られている。少し前までならば、予備校への語られ方がそれとよく似ていた。悪役はもちろん大学。元はそれら高等教育の場で始まったもの言いが、中等初等教育にまで波及してきた。それは「豊かさ」の中で生まれ育った世代が学齢に達し、その弟妹や子弟たちまでが世代を超えて「学校」という場に流入するようになってゆく、80年代以降の過程に対応して起ってきた事態である。「学校」はその外側に、世間という名の日常に呑み込まれてゆき、特別なタテマエの下に制御できる場ではなくなっていった。それはたとえば、大学であれ高校でアレ、文化祭のやり方ひとつ、うまく「伝承」できなくなっていったことなどと無関係ではない。

 かくて、「学校」や「教師」はそのタテマエを演じられなくなった。眼前の「子ども」に、その背後にいる「父兄」という名の世間に常にびくびくして、媚びねばならないようになった。嫌われたくないから毅然とできない。かの「ゆとり教育」というやつも、政策的な意図だの何だのとは別の次元で、そのようなタテマエを演じられなくなっていった状況で必然的ににじみ出してきた、構造的な病理でもあった可能性を、民俗学者としては強く疑っている。