赤岡修次、見参!

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 アカオカ? 誰だ、それ。

 誰もがそう思ったはずだ。JRAは暮れの阪神開催名物、ワールドスーパージョッキーシリーズ。去年2007年のシリーズで、たったひとつの地方騎手枠で選出された彼、赤岡修次。JRAの普通のファンはもちろん、多少は地方競馬に詳しい人でもそれは同じだったろう。

 全国の地方競馬場のその年のリーディングジョッキーたちが、一発勝負で出場権を争う。正直、海外の騎手が日本のJRAで乗るよりも、はるかにハードルは高く、厳しい。「国際化」の現在、しかし障壁は国境の彼我ではなく、国内にこそあるのがニッポン競馬。そして、その難関をかいくぐってWSJに出場してきた地方の騎手が大暴れするのも、すでにお約束。これまでも佐賀の鮫島、笠松の濱口、とその腕前を中央のファンの前でいかんなく披露してきた。そして、今回その役回りを担ったのが、高知の赤岡修次、だった。

 地元ではもともと達者で知られていた。それが一昨年あたりからさらに化け始め、去年07年は12月初めの時点ですでに200勝以上をあげて圧倒的なリーディング首位。まさに旬、だったわけで、活躍して当然だったのだが、しかし、全国的な知名度となるとこれまた圧倒的に低かった。そう、高知競馬の賞金のように。

 ムリもない。高知には認定競走がない。かつてはあったのだが、もう何年もない。ということは、高知のジョッキーが中央で乗れるとしたら、他場で認定競走を勝った認定馬を高知に移籍させてもらって(賞金水準からいって、まず絶対にあり得ない)それに乗って行くか、でなければ、このような交流競走で代表に選出されるしかない。普通の競馬ファンにとって地方の騎手になじみがあるとすれば、まず南関東、次にホッカイドウや岩手、せいぜい兵庫くらいまでのはずだ。なので、アカオカ? 誰だそれ、という反応は、まあ、当然だった。

 それがシリーズ初日でいきなり首位。ふた鞍めのゴールデンホイップトロフィー(1600万下)、4番人気のカネトシツヨシオーを持ってきたのが奏功、一躍トップに。いきなり大注目、脚光を浴びた。二日目、あわよくば優勝も、と地元のろくでなしたちなどは大いに盛り上がっていたのだが、さすがに外国人勢の猛追を食らって、結局は三位に。それでも、表彰台でF1よろしくシャンパンシャワーではしゃぐ彼の姿は、多くのメディアで報じられた。

「実は、自分が初日トップやなんて僕、知らんかったんですよ」

 またまた、そんなあ。

 「いや、ほんとにほんとに(笑)。もうとにかく忙しくてあわただしくて、ただそれだけでしたね。だから、ああ、今日はものすごく疲れたなあ、はやくホテル帰って横になりたいなあ、とそればっかり考えてました。


 だってほら、JRAの競馬場のつくりとか何も知らんし、どこにどういう部屋があって、なんてわからないし、鞍の構え方から何から、手順やら全部こっち(高知)と違うわけやないですか。まわりは知らん人ばっかりやし、と言って失礼があってもいかんし。勝負そのものとは別のまわりのそんなことばっかりが気になって、正直レースに乗ってる時の方がずっとラクでしたもん。


 だから翌朝も、ああ、今日もまたもう一日あそこ行かんといかんのか、いややなあ、と思いながら競馬場に行ったんです。そしたら、昨日は誰も見向きもしてくれなかったのが、なんや知らんあちこちから声かけてもらえるようになってた。で、どうやら自分がトップで折り返してたらしい、と初めてわかったんです」

 認められたんだよ、それは。だから声もかけられるようになった。

 「そうなのかなあ……でもあれ、初日トップやったからよかったんでしょうね。初日鳴かず飛ばずで二日目何となく三位になっててもあまり目立たんかったやろし。


 シリーズまでに前乗りでもいくつか乗せてもろたんですけど、それはもうボロボロ(註……4鞍乗ってしんがり負け2つ)。自分でも何やってるかわからんくらいでした。でも、安藤(勝巳)さんにはパーティーの時から声かけてもらえたし、僕が乗る馬についてもいろいろ教えてもらいました。武豊さんにもアドバイスしてもろたし。ああ、結果を出すというのはこういうことなんだなあ、と改めて感じましたね」

●●
 生い立ちを聞いてみよう。

 「うちが桟橋の競馬場のすぐそばやったんです。ほんまに家の窓からずっと競馬が見れた。距離にしてあれ、五十メートルくらいやったかなあ。だから僕、家の自分の部屋から競馬を眺めて育ったんですよ」

 桟橋の競馬場、というのは、高知競馬が今の場所(春野)に移る前、市内の海っぺりにあった昔の高知競馬場。古き良き……かどうかは微妙だが、春木や紀三井寺と並び、とにかくすでに地方競馬でも伝説の「鉄火場」だった競馬場である。

 家の商売は馬糧屋だった。要は、競馬場の厩舎に馬のエサを入れる仕事。兄と姉の三人兄弟だが、どちらも競馬とは関係のない仕事についている。何より、馬糧屋のオヤジさんも稼業はもうやめている由。 

 「桟橋の頃は、パドックのとこでドッグレースや豚のレースなんかもやってたんですよ。客寄せというか、今で言うところのイベントでコドモ向けに、ですけど。当たったら賞品でお菓子もらえたりしてた。競馬場の中にはそんなに入ったことはなかったんです。でも、競馬を見るのはなぜか好きやった。それで、騎手ってカッコええなあ、と思ってた。今思えば初男さん(打越初男、現調教師)がリーディングとってた頃ですかね。もう大昔ですよね」

 だから、小学校の頃から、「騎手」になりたい、と正直に書いていた。

 「でも、思春期ってあるやないですか、そうするとまわりはそんな騎手になりたいなんてやつはいなくて、なんか騎手になりたいのはいかんのかなあ、と思ってあまりまわりに言わなくなってた。将来なりたい仕事、には別の仕事書いてたり。でも、心の中ではずっと騎手になりたいと思ってました」

 「おまえ、ランドセルに馬糞入っとるやろ」とからかわれた、馬臭い、と嫌われた、そんな記憶は競馬場育ち、“うまやもん”の子どもたちには必ずついてまわる。うまやのにおい、というのはそれくらい肌身に、とりわけ髪の毛や服などにまつわりつくものだった。たとえ厩舎で育ったわけではなくても、そんな空気は彼のまわりにもあったはずだ。そうは言わないけれども。

 「身体は小さかったですよ、小学校の頃は130センチちょっとしかなかったし。だから、減食でもそんなに苦労したことはないです。今は競馬の前に少し落としたりはしてますけど。
 実は一度、中央を受験して落ちてるんですよ。だから僕、秋入所(那須地方競馬教養センターの入所時期。春と秋の二回ある)でしょ。親は中央なら行ってええ、と言うてたんですが、今の工藤先生にお願いして願書取り寄せて親に内緒で出してもろて」

 デビューは94年。新人賞をとってもいる。だが、当時の高知はまだ北野(現、園田)や徳留(後に金沢、引退)が上にいて、さらに中越(現、園田)や西川、中西といった腕達者も居並び、なかなか赤岡たち若手が入り込んで上にゆく余地はなかった。あげく、大ケガもしてしまった。

 「左の膝靱帯の断裂。それと半月板もやってました。油断してたんですね。あっという間に乗り馬がのうなって、また僕も営業するようなタイプやなかったんで。朝六時くらいにはもうあがって、それからパチンコですよ。だから競馬場ではその頃、あまりよう言われてなかったはずです」

 でも、こんなに温厚で人当たりもいいのに。

 「いや、僕、もともとつっかかってゆくところあったんですよ。調教師さんでも馬主さんでも、意見があわんかったら文句言うたりしてた。そやから余計に、ね。」

 今の賞金よりましとは言え、高知でそれじゃとても食えない。グレる、とかなかったのか。

 「ひとり身やし、カネもそれまでいくらかためてましたから、まわりが心配してくれるほど困ってたわけでもなかったんです。グレる、ってのはなかったですねえ。そういう悪い方向にだけは僕、絶対行かんのですよ。それよりもう騎手辞めて、他の仕事につこうか、と思ってた。実際、相談した人もいましたし」

 だが、運はまわってくる。徳留、北野という両雄が相次いで他場へ移籍した。ノリヤクがいなくなるということは、乗り馬がまわってくることでもある。少しずつ彼にも馬が増えていった。それでも、本当に彼が「化ける」までにはまだ間があったのだが。

 そうだ、これを聞いておかないと。ぶっちゃけ、WSJでいくら稼いだ?

 「う〜ん……600万くらい、ですかね。高知での二年分?……いや、もっとですね」

 よく聞け、JRAのノリヤクたちよ。わずか二日で二年分。2007年に年間200勝あげて高知の年間最多勝利記録を更新し、地方競馬の全国リーディングでも堂々四位の男にして、これだ。何度でも言うぞ。今のこのニッポンで、世界に冠たるグループⅠとやらの競馬をやっている同じ国の端っこにある一着賞金9万円(泣)の競馬場とは、実にそういう生活の場所だ。リーディングジョッキーがこれだから、後はもう、推して知るべし。そしてこういう水準の競馬を高知は、今世紀に入ってからもうずっとやり続け、そして今もなお、しぶとく存続している。そんな競馬場で、赤岡修次は日々、馬に乗っている。

 それでも、おカネはどうでもいい、と彼は言う。WSJのおかげで、それまで知り合えなかったような人たちと知り合いになれた。人のつながりが信じられないくらい広がった。成績もうれしかったけど、自分にとってはそれが一番よかったと思います、と。

 「ウイリアムス(WSJの優勝騎手)とは仲良くなったんですよ。歳もちょうど同じやったし、お互い抱き合って『一番の親友だ』みたいなこと言い合ってたんです。言葉ですか? 僕、これでも英会話勉強してたんで、片言の英語でやりとりしてました。けど、聞くには何とか向こうの言うてることはわかるんですが、それに対してこっちが何か言おうとしても間に合わんし、言うこと考えてる間にまた次のこと言うてくる。もうええわ、単語並べるだけでも、と思ってやけくそで話してたらそっちの方がまだ通じてたみたい(笑)」

 英会話は今でも暇を見てやっている。

 「一時期、外国行こうと思ってたんですよ。オーストラリアに。主催者にも相談したんですが、今はやめておけ、と説得されたんであきらめたんですが、今でもその気持ちはあります。でも、地方は、稽古つけなきゃいけない馬がたくさんいるし、人手がいなくなったらその分まわりにも迷惑かかるし、なかなか難しいですね」

 正月にはウイリアムスから年賀状(のような)カードももらった。今回、WSJに乗せてもらえて、そういう風にいろんな人に会えて世界が広がったのがほんまに大きかった、そう思う。

 「だって、あれからしばらくの間、携帯にひっきりなしにいろんな人から電話やメイルがきてパンク状態でしたもん。ネット見てても、それまでは、誰やこれ、どこの草競馬だ、みたいなことしか言われてなかったのが、初日終わって成績がよかったら、手のひら返したように応援してくれるような意見が出てきて、そうかあ、こういうものなんだなあ、と」

 にこにこしながらそう語る。語ってくれるのだが、しかし、この彼の笑顔ってのが実はくせ者では、としばらく話につきあううちに感じてきた。なんというか、その笑顔で内心をうまくカムフラージュするような、ハラの内をにわかに探られぬようにしておくための、そんな勝負師ならではのにこやかさなんじゃないか、これは。

 その漠然とした印象の“正しさ”は、あとで思い知らされることになる。


●●●
 地方競馬は、どこも年末年始がかき入れ時である。

 大晦日、その大切な年末年始開催の初日。赤岡修次は7鞍で3勝二着3回の固め打ち。メインは重賞の高知県知事賞で、県知事がプレゼンターとして来場。賞金135万円というのは、高知のふだんからすれば十倍以上のデカい一発勝負。これを一番人気馬スペシャリストで見事奪取。これが通算204勝め。2007年ダントツの高知リーディングジョッキー、かつ高知での最多勝記録更新、という冠に花を添えた。

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 一夜明けた2008年も、その勢いは止まらない。元旦から8鞍騎乗で3−2−0−3。二日も2−1−1−1、三日はなんと11R中10鞍騎乗というハードワークもものともせず、4−2−0−4と大暴れで、これで年明けからすでに9勝。

 そのまま、6日には福山に遠征。これは一昨年から「連携」の一環とし定期的に行われている高知と福山の騎手交流戦で、「福山・こうちスタージョッキーシリーズ」と銘打たれていた。併せて、この日たまたま元宇都宮の山口竜一(現、ホッカイドウ)に内田利雄(現在フリーで全国転戦中)、園田の田中学という、三人しめて6000勝級という、いずれ今の地方競馬では超一流、全国区の腕達者が福山に集っていたのを機に設定されたリーディングドリームマッチもあった。交流シリーズの方では振るわなかったものの、こちらのマッチでは並み居る名手を尻目に見事一着。「お〜い、空気読めや、わしゃ7時間もかけて(東京からクルマで)来とるんだぞお」と、これは叩き合いで敗れた山口(竜)騎手の苦笑い。


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 ちなみに、交流戦は優勝が別府、二位が同点で宮川(実)に上田、と高知のジョッキー連が上位独占、そのせいか、「いやあ、(別府)真衣ちゃんにすっかりやられてもうたなあ」という“敗戦”の弁もさわやかに響く。

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 地元福山の騎手連とも話がはずむ。おい、WSJはえかったのう。わしらもひと月でええから向こうで乗せてもらえたらなあ、死んだ気になって稼いでやるんやけどなあ。


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 「僕ら、地方の騎手はやっぱり着順ひとつでも上にあげようとする癖がついてるんですけど、中央の馬ってそういうことされてないのか、もったいないなあ、という馬がいるんですよ。最後あきらめて追ってないようなレースもよくあるし」

 なんでこんなところあけてくれるんだろ、とか?

 「正直、ありますね。地方やったら絶対あけてくれんようなところがスッとあいてたりする。行儀がええんかなあ……」

 中央のトップジョッキーを間近に見て感じたことは?

 「みんなこぶしがやわいんですね。芝の馬場やとそういう風にやわらかくして乗ってやらんと、ガツンといきすぎてまう。ダートやとがいに(ひどくorきつく)してもそんなに馬に響かんのですけど、芝やとかなり影響がある。こぶしだけやないですね、身体全体がバネみたいというか、そりゃあ豊さんでも岩田でも、みな全身をやわらかくして乗ってます。またそれでもスッと反応して動くような馬が普通にいるし、こっちみたいに押したり叩いたりしないと動かないのとはやっぱり違いますね」

 ある調教師、WSJでの彼の騎乗ぶりをテレビで見ていて、こいつ乗るたびに少しずつ修正してきとる、なかなか賢いなあ、と感心していた。馬場状態や天候など、その日その時間によってレースの条件は変わってくる。どこの競馬場でも一流と呼ばれるジョッキーは必ずそういう微調整を、同じ一日の騎乗の間でさえもしているものだ。大丈夫、見る人はちゃんと見ている。

 追い出すと馬の首に貼りつくようにして追う、アメリカ人騎手みたいなスタイル。以前から高知の中では目立っていたのだが、しかしリーディング上位で結果を出すようになるとみんな自然と影響を受けるのはどこも同じ。このところ赤岡流というか、そんなスマートな追い方が気のせいか、高知でもこのところ多くなってきているような。

 WSJの後、中央(の騎手試験を)受けないか、という声もかかった。でも、それはどうなんかなあ、と思った。そりゃ稼ぎはようなるやろうし、成績も変わるやろうけど、自分にとって今、そうやって中央行こうとするのはほんとにええことなんかなあ、と。

 「それより今は、もういっぺんWSJ乗りたいですねえ。今度はもっとうまく乗れると思うし、それは競馬だけやなくて競馬のまわりのことも含めて一度経験したから、わかるやないですか。次チャンスがあれば、その分、競馬に集中できると思うんですよ。


 けど、それにはまず地元でリーディングとらなあかんでしょ。そこからさらに椅子のとりあいをやる。考えたらものすごい熾烈な争いですよね。だから、ひとつの競馬場でリーディングとっている騎手だけやなしに、たとえば内田利雄さんみたいに全国渡り歩いて結果出してるような人も評価するべきだと思うんですよ。外国だって、あちこちで乗って、それで勝ち鞍も多い人なんかたくさんいるでしょ。それと同じなんじゃないかなあ」

*2
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 いっそ、地方騎手枠を増やしてもらう、とか。

 「それ、いいですねえ。ものすごくやる気になりますねえ」

 この時はほんとうにはずむように、そう言った。


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 今は自分の乗りたいように乗れるようになってきたし、仕事してるのが楽しい。

 「そりゃ、乗り鞍多いと身体はきついけど、でも楽しい。結果出したらいい馬もまわってくるようになるし、そこから先、また自分のやりたいこと試せるようにもなってくる。あぶみのちょっとした加減とか、同じ馬でも毎回いろいろ工夫するんですよ。それがまたおもしろい」

 赤岡と並ぶ地元成長株の倉兼騎手はソウルに遠征中。益田出身のベテラン花本騎手は笠松に籍を移して頑張っているし、何より鷹野騎手がJRAの一次試験をパスしたり。大井から川本、船橋から西山、本橋、笠松から目迫、北海道から小林(靖)に伊藤(千)と、中堅から若手クラスが全国から入れ替わりに武者修行にやってくる場が今の高知。ある意味、日本一騎手のバラエティに富む“ジョッキーズ・コロニー”になっているのだ。

 ちょうど、ある競馬場のまだ若いジョッキーが自ら命を絶つ、という事件が聞こえてきていた。それを耳にしたある調教師のつぶやいて曰く、

 「あほやなあ……死ぬくらいやったら、いっぺん高知見てからでも遅うないのに」 

 そうだ、これが地方だ、地方の競馬場だ。乗り数がなかったり、自分の仕事や未来に絶望して死ぬほど思い詰めるくらいなら、いっぺんうち来てしばらく仕事してみんか――そんな声があっけらかんと出てくる、ギリギリまで追い詰められた果てが、そのまま新たな始まりにもなり得る場所。馬育てるのと同じくらい、人育てるのも愉しみやからなあ、とからから笑ってみせる、そんな気風がまだ生きている。損得勘定だけではない、生きものと共に生きる場の、そんなつきあい方。

 「だから、いま高知に短期免許で乗りに来てる子たちだって、何かをつかんで帰ってもらいたいんですよ。見てると、冬寒いし、競馬のない間小遣い稼ぎ、みたいな感覚で来てる子もたまにいますけど、でも、そういうのを見ると、もったいないなあ、と思う。だって、違う競馬場で乗る、ってのは絶対勉強になるはずなんですよ。それも調教じゃなくて実際のショウブに、ゲートから出てお客さんの前で乗る、そうやって覚えることってものすごく多いんですから」

 だとしたら、中央の若い騎手でも地方で乗って修行したい、って子はいないのかなあ。

 「いるみたいですよ。僕が直接聞いたわけじゃないですけど。でも、どうもJRAがそれを許してくれないみたいで。それを許しちゃうと逆に今度は地方の僕らの短期免許も断れなくなるから、なのかなあ。でも考えたら、外国人には短期免許バンバン出してるんですから、僕ら地方の騎手にも出してくれていいんじゃないかと思うんですけどね」

 全国を行脚している内田利雄騎手が、今年はそれ申請してみる、と言ってたよ。出願の書類すらくれないで門前払いかも知れませんけど、って苦笑いしながら、だったけど。理不尽な障壁を自ら身をよじるように乗り越えようとする、そんな動きはもう少しずつだけど、始まっている。

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 地方競馬にはふたつある、と思う。ひとつは「マチ」の競馬場、もうひとつは「イナカ」の競馬場。大井や岩手、名古屋や園田、佐賀は「マチ」、笠松や金沢、荒尾や福山などは「イナカ」。もちろん高知も。賞金の多寡や厩舎の数、在籍頭数だけの違いでもない。何というか、うまや全体に漂う雰囲気、空気みたいなものの肌合いの違い、なのだ。

 「そういう意味じゃ僕もイナカの競馬場タイプなんだと思いますよ。そりゃ、勝負の世界やから仲良しのなあなあではいかんけど、でも、いつもギスギスして人の足引っ張ってやろうとかそういうことばかり考えてる人が多くなると、仕事しててもおもろないやないですか。高知はみんなあがって(レースが終わって)きたらいいとこ悪いとこ、お互いに言い合いますからね。調教師さんもよその馬に乗ってる騎手にアドバイスしたりするし。まあ、ええのか悪いのかわかりませんけど」

 ケンカするほどの賞金やないき、という声もある。ある程度以上に賞金や手当てが下がってくると、どこの競馬場もにわかに仲良くなってくる。でも、それだけが理由ではない。

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 そうだ、五年ほど前だったか、あれは全日本二歳優駿で高知から勇躍、門別まで遠征した時、馬は離れたしんがり負けであがってきたのに、鞍上で、気持ちよかったあ、と心底楽しそうな声を上げていた騎手がいたのを思い出した。あれって確か、彼だったような。

 「あ、それ僕です(笑)。門別、大井、盛岡、この三つの馬場は別格ですね。乗ってて気持ちいい。福山は難しいです。コツがわかるわからないというより、なんだろ、アウトインアウトみたいなコーナリングにならざるを得ないんで、内を二、三頭分あけてまわる。よそから乗りに来た人はそれがわからないから内に突っ込んでくとコーナーで全部外からかぶされて行き場なくなったり。あそこで乗れたらどこででも乗れるんじゃないかなあ」

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 ハルウララだけが高知じゃない。静かに立ち枯れてゆく今のこの地方競馬の中で、しぶとく貧乏しながらまだ生き残っている高知には、実はジョッキーの太平天国、ひと足先にニッポン競馬の未来を先取りした、自分の腕と意志とで「上をめざす」騎手たちのフリートレードがひそかに出現し始めている、かも知れないのだからして。


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 忘れてた。さっきの印象の話だ。

 撮ってきた写真を焼いて眺めていて、うわあ、と思った。ファインダー越しだと感じなかったのだが、馬上じゃ彼、目つきが全然違う。まさに勝負師、カタギの眼つきじゃない。

 上目遣いに前を、周囲に目配りしながら馬をあやつり、勝負に向かう職人の凄み。地べたにおりた時の、特にまわりの仲間や厩務員、調教師などとそつなく談笑している時の柔和な顔つきとはまるで別人。これ、動画じゃわからなかったかも。スティールの、一瞬を切り取る写真ならではの効果だと改めて脱帽。

 目線が決して前にまっすぐ向かない。斜め下、自分の足もとから一メートルほど先あたりに常に落ちている。

 目線を隠す。でなければ、横に流す。流し目気味に視線をくれる。そして歯を見せて微笑みかける。でも彼が正面から、眉間越しに前方を見る時、それは馬上、ショウブの時だ。レンズを向けるとそれがよくわかる。シャイ、というのではおそらく、ない。悟られないように、ある意味構えているのだ。

 逆に言えば、自分の目線がほんとうに何かをとらえる時の「力」を、知っている。アルカイックスマイル。いや、そんな大層なものでなくても、勝負の世界に生きる者の中にはこういう種類のしたたかな柔和さを身につけた人間というのが往々にして、いる。

 馬の背中での孤独、そして恍惚。誰にもわかるかよ、わかられてたまるかよ――敵をつくりそうにない、まんべんなく気配りする「いい人」赤岡修次は、しかしその内側に、そんなとぎすまされた孤独を抱えている。

 三十歳。まだ独身。競馬場しか世界がなくなるのもよくないと思うんで、なるべく競馬場以外の人ともつきあうようにしてます、とも。

 「一年くらい前からインターネット入れて、その日のレースを全部見てます。自分のだけやなしに、他の競馬場のレースもざっと見てる。晩酌しながら(笑)。参考になりますよ。ああ、この人はこういう乗り方するんだな、とか。それでいいところあったら取り入れますもん」

 夜、ひとりのアパートで、おそらくはひとっ風呂浴びた後、好きな肴で一杯やりながら、ネットでレース動画をチェックしている時の彼の顔も、もしかなうのならば、そっとのぞいて見たい、と思った。

 勝負服は胴白、青だすき、袖白、青二本輪。現在、生涯成績7713戦1091勝。逃げ、先行馬に乗せたら天下一品、というのは周知だが、追い比べになってしのぎきる腕にもさらに磨きがかかってきている。WSJでの鮮烈さを覚えている向きは、地元高知での騎乗ぶりも、一度ぜひ。

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晦日。3−3−0−1
1Rミスサイレンス 1着/1人気。
3Rナムラビッグタイム 1着/1人気。
6Rグリサード 2着/1人気。
7Rマルタカギャラン 6着/2人気。
9Rパワーゼンカイ 2着/4人気。
10Rスペシャリスト 1着/1人気。
11Rフラワーギフト 2着/3人気。

元日。8戦 3−2−0−3
1Rセンターフランク 6着/2人気。
2Rケイエスドーム 2着/2人気。
5Rヒカルヴィオーラ 1着/1人気。
6Rジェニーサンサン 1着/1人気。
7Rレッドカップ 1着/1人気。
9Rリーディングアロー 7着/10人気。
10Rハマノハッピー 4着/4人気。
11Rコスモジャイブ 2着/1人気。

二日。5戦 2−1−1−1
2R ナムラビッグタイム 1着/1人気。
3R バイカルビッグ 5着/3人気。
5R ブラックディーノ 1着/3人気。
8R プラネットワールド 2着/1人気。
10R サンエムテイオー 3着/1人気。

三日。 10戦 4−2−0−4
1R ナイトメア 2着/1人気。
2R スーパーラビオス 7着/4人気。
3R オーナードリーム 1着/1人気。
4R サクラスターダム 2着/1人気。
5R ヘイセイサンシロウ 6着/6人気。
6R ホクザンビクトリー 5着/5人気。
7R メイショウフォンテ 2着/1人気。
9R クリノライアン 1着/1人気。
10R アスカヘイロー 1着/2人気。
11R キャニオンチェリー 7着/6人気。

6日 福山 5戦 1−0−0−4
4R エイトウイン 4着/8人気。……福山・こうちスタージョッキーシリーズ(1)
6R マリンブリット 8着/2人気。……福山・こうちスタージョッキーシリーズ(2)
7R ゼータサイシン 1着/4人気。……リーディングドリームマッチ
8R ホクセツアロー 7着/7人気。……福山・こうちスタージョッキーシリーズ(3)
9R マルチシークレット 5着/4人気。

13日14日 16戦 4−6−3−3
22331822  8鞍1−4−2−1
13217251  8鞍3−2−1−2


1月16日現在……
39戦24連対 13−11−4−11 連対率61.5%
(福山5戦  1−0−0−4)

*1:『競馬最強の法則』掲載原稿。担当のS氏が侠気のある御仁で、この後何度も、当時どん底ゼロ年代地方競馬の現場の様子を書く機会を与えてもらった。化粧品会社の営業から編集者になったという変りダネだったが、雑誌自体がいったんなくなって、その後どうしているだろうか。

*2:内田利雄。いまは浦和にまた腰を据えたけれども、宇都宮廃止後、敢えてどこの競馬場にも所属せず、全国を期間限定騎乗でまわっていた。この時も福山に来ていた。今はなき福山の厩舎を背景にした内田利雄という、今となってはレアな一枚。

*3:5年前、じゃない、この原稿の時点から2年前、2005年は10月の門別のエーデルワイス賞、相手関係からはどう見ても無理スジながら勇躍高知から遠征したスーパーキセキでの大差しんがり負け。それも並みの負けっぷりじゃない、勝ち馬から6秒近く、ブービー馬からも3秒ほどちぎられての入線時。でも、あがって来る時、ほんとに大きな声で。その2005年時点で、高知の一着賞金は10万円。明けて翌2006年には8万円にまで下がった。本邦競馬の賞金最低水準。そういう時期の「キモチよかったぁ~」だったのだ。db.netkeiba.comf:id:king-biscuit:20051020152234j:plainf:id:king-biscuit:20051020145956j:plainf:id:king-biscuit:20051020152056j:plain