とまらない、プライベート画像「流出」のこと

・「暴露ウイルス」や「リベンジポルノ」など、ネット上に画像が流出する可能性がありながら、なぜプライベートで性行為の画像を撮るのか? 危機意識の希薄さなど、考えられる原因や心理を教えてください。

 この種の「流出」騒動は、別に今回に限ったことでもなく、以前からウイルス感染やwinnieその他の共有ソフトなどを介してあるわけですが、ただ以前は、ある程度まではその当事者(被害者含め)のメディアリテラシーの欠如という意味での不注意or不用意による「事故」としてとらえられていた面はあります。「情弱(情報弱者)乙(お疲れ≒ご苦労さま)」という揶揄&嘲笑がネットのスラング的に広まったのも、そういう「事故」としての認識が前提だったからでしたが、今回のようにスマホの普及による「流出」の通俗化&お手軽化は少しまた別の局面になってきたなあ、という気がします。

 ネット環境に接するのがスマホだけ、という層がこのところ急速に増えていて、それも若い世代と女性含めた高齢者層を中心に、これまでと異なる不注意&不用意さを伴い顕著になってきていますね。スマホがすでにケータイ「電話」ではなく、ネットに接続する端末として使い回されるようになって、しかもそこに画像映像や音声も全部簡単に乗せられるようになっている分、これまでのようにパソコンを介してよりもずっと手軽に気楽に不用意にネット環境に接するようになっているわけです。ネット環境に常時接続しているに等しい端末を誰もが手軽に、そうと意識しないで持ち歩くようになっている。ウェラブルPCとか何とか言う前に、そういう環境はもう実現しちまってますよね。俯いてスマホいじって歩いてる人たちはすでに端末に常時接続されてしまっていて、意識も感覚も「日常」自体ネットの中にクラウド化させられてるようなもんでしょう。

 これまでのようにウイルスやwinnieなどの「悪意」前提の仕掛けが介在して「流出」してしまった、というのでなく、そのような「悪意」がネット環境には存在するということさえ意識しないまま、性行為その他の画像映像を撮り、それをそのままそうと意識しないままにネットに流してしまう、というスマホ系デバイスの「便利」さ=敷居の低さ、お手軽さが結果的に仇となってますね。

 それくらいすでにスマホを介してネット環境が日常と地続きシームレスになってしまっている、そういう感覚がすでにこれまで以上にあたりまえになっている、そうと意識しないままでいられる程度に、ということが最大の原因だと思います。

上記のご質問と似ているのですが、女性はなぜ安易に性行為の写真を撮らせるのでしょうか?

ケータイにカメラを搭載して以降、スマホに到るまで、「撮られる」という経験がほんとに日常化してしまい、そのことに対する身構え方や意識の仕方、緊張のありようなども含めて、これまた日常と地続きの体験になってしまっているんでしょう。

かつては写真に撮られると魂を吸われる、などと言われた時代もあるわけですが、もはやそういう語られ方はほぼなくなったと言っていい。同様に、「心霊写真」というのももうひと頃のようにもてはやされることもなくなり始めています。画像映像に「撮られる」という経験自体が、日常の現実と地続きシームレスになっていて、だからこそ性行為など隠されるべき領分の現実もまた、そういう敷居の高さや自ら制御しておく感覚なども希薄になり続けているんだと思います。

・プライベート画像を流出された側は、「被害者」ではなく、本人たちにも非はあるのでしょうか?

ですから、「加害者」「被害者」という区分け自体も困難になってる面はあるんでしょうね。共に日常を共有している限り共犯みたいなもので。結果的に不利益を被ったから「被害者」ということに法律的にはなるのだとしても、現実の行為としてはその区分け自体もう曖昧になり始めているような、そんな情報環境にわれわれは生き始めているのかも知れません。