笹井センセの謎、その他

笹井はノーベル賞候補とさえ言われた人物です。彼のES細胞は、生体から卵子を取り出さなければならず、倫理問題から人体への転用ができな くなりました。そこにiPSが登場し、ノーベル賞をかっさらったという流れです。それでも笹井はエリートですし、収入もあるし、地位も名誉も あります。嫉妬に狂って「小保方事件」のようなことを起こすものなのでしょうか?

 現に起こしてるじゃないですか( ^ω^)

 人間、それがたとえどんなにチンケなものでも「プライド」で生きてるようで、特にオトコはそれ失ったたらアウトなイキモノ、と昔からよくオンナからもバカにされてきましたよね。収入あって不自由なく喰えてそれなりの地位も名誉もあって何が不足?というのは世間的ものさしからすりゃ当然ですが、いわゆる「学者」「研究者」特に理系最先端でそれこそ世界的規模での「競争」があたりまえの世界にずっと生きてきてる人がたの「プライド」のねじ曲がり方&こじれ方ってのは、そういう世間的ものさしとはとっくにかけ離れたバケモノor妖怪みたいなものになってるんでしょう。

 官僚や政治家、医者に弁護士、学者や研究者などいわゆる「エリート」な世界にずっと生きてきた人がたは、同じ人間のカタチをしていても中身はとっくにバケモノか妖怪、特に小さい頃から塾や私立中高一貫進学校などあらかじめ閉じられたチューブの中で哺育育成されてきたような物件群はすでにある種の実験動物、あたりまえの世間をあたりまえに世渡りするしかない世間一般、そういうこの世のイキモノじゃなくなっちまってる、と考えといた方がココロの健康としてはいいと思います。

 笹井センセの場合、「オンナ」をどう考えて生きてきたのか、どういうつきあい方をしてきたのか、などそのへんはほんとに「嫉妬に狂った」あたりと共に、今回のオボ少佐をめぐる「謎」の解明のためには重要だと思いますねえ。

笹井は自らの地位をプロデューサーや「芸能プロの社長」という形であげようとしました。それが成立する理由の一つが研究費を集めるということですが、もう1つが「株」です。新聞とかテレビで大々的に発表をすると関連株がすごい勢いであがるらしいのです。だから、企業からの研究費が大量に入ってくると。本来は研究業績ありき、なはずなのですが、笹井の場合「プロデュース」ありきということには問題があると考えますがいかがでしょうか。

 そのへんがまさにひとつのポイントなんじゃないですかね、今回のオボ少佐関連事件の。

 「プロデュース」という感覚が、こういう理科系最先端の「エリート」研究者の世界にまで平然かつ無防備に、当たり前のような顔をして浸透しちまってる。秋元康と変わらんわけですよ、その意味じゃ。かつての裏方や黒幕といった人がたにはそれなりの器量や身の制御の仕方が備わってなきゃいけなかったわけで、世間一般と、それらを相手にある意味あこぎでもあるような商売を仕掛ける側との間で、うまくバッファの役割を果たして双方うまく安定した関係を保てるよう画策奔走する、芸能事務所であれ興行師であれそういう稼業なわけで、不特定多数の視線にうっかり不断に見る/見られる関係に生身をさらして稼ぐなんざ何にせよまともじゃない、そういう物件をそのまま世間の視線にさらして放射能汚染させるんでなく、うまく囲いをこさえて視線を減衰させながらメルトダウンその他の事故を起こさぬよう気配りメンテし続ける、と。そういう「玄人」の要でもあったはずですよね。

 ところが昨今のその「プロデューサー」なんてのは、ホンネは自分自身「も」目立ちたい、というのがどこかにあったりする。それでいて立ち位置は「プロデュース」という黒幕裏方を以て任じてるんじゃ、そもそも存在として矛盾してますよね。世間から見られたい評価されたい、という意識と、でも自分は「プロデューサー」という裏方でありたい、その方が安全だし「賢い」世渡りだし、的な意識とが、あらかじめ引き裂かれてものすごい緊張関係が常態となってるような自意識にならざるを得ない。そりゃ日常からナチュラルにキチガイになるってもんでしょう。

 だって、オボ少佐以前にもいろいろ「プロデュース」する素材を探し回ってて、つまりは能力や業績云々でなく「タマ」として使い回せるかどうか、で物色してたんですよね? ご本尊がそういう意識があったかどうかは別にして。だからこそ「女性研究者」を狙い撃ちしてたんでしょ? 「オンナ」でできればかわいかったり美人だったり若かったりしてくれりゃありがたい、それでそこそこの能力や業績みたいなものがあるならそれ以上はまあ、盛ってでも「プロデュース」しちまえば、それこそその「株」その他含めてゼニにゃなるし、かくいう自分自身もそういう流れの中で傷ついた満たされない「プライド」の補填をしてゆける、と。

 これってほら、あの塩村タンとも全く構造は同じでしょ? てか、永田町なんざもうとっくにそうなってるわけで。俗に言う「男女の関係」どうこうももちろん要素ではあるでしょうが、でもそれはかつての「昭和」オヤジたちの頃と違って、おそらくはっきり自覚してのことでもないでしょうし、そういう関係になること自体が目的でもない。すでに脳みそと下半身のつながり方が無自覚でgdgdなんですよ。そういう意味では、これは前から言うてることですが、笹井センセはオボ少佐と肉体関係ないまんまだった可能性すらあって不思議ないと思います。それくらいいまどきのこういう「プロデュース」的世界観、言い換えればメディアと情報環境を介したそれら「エリート」世界の煮崩れ方、生身と意識の乖離のありさまってのはもはや全面的かつ普遍的なものにすらなってると思います。

この背景には研究者に「成果主義」「競争原理」が持ち込まれたことにあると言われています。竹中平蔵みたいな卑しい人間が日本に流布させたやつですね。で、学術研究にこうした「成果主義」「競争原理」が持ち込まれることへの批判などあればひとつ。

 「国際標準」wだとそうならざるを得ないんでしょうし、ましてや「科学」至上主義の理系最先端だと他の選択肢は現実的にもうないんだろうと思います、日本の科学研究においては。

ただ、同じ「競争原理」でもほんとに今こういう風にgdgdにしか運用できないような在り方が「国際標準」の真の姿なのか、という謎もありますよね。ぶっちゃけ、竹中平蔵たちの言うような「国際標準」がほんとに国際標準のすべてなのか、ってことなんですが。

アメリカで小保方とからんでたセンセも元から詐欺師めいた「ビジネス」「プロデュース」的属性の強い人だったようですし、もしかしたらことさらに今のわれわれ日本人が過剰に窮屈で融通きかない「競争原理」を勝手に「国際標準」だと思い込んで、勝手に( ゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャし始めてるのかも知れない。その「競争原理」ってのにも、でもやっぱどこかに「ブック」はあるよね、といった暗黙の理解&了解ってのももしかしたらこちとらポンニチから見えない「国際標準」の領分にはもうずっと昔から当たり前に含まれてきてるかも、といったあたりの留保の仕方が、どっちにしても必要になるんでしょうね。

 あともうひとつ、その「成果」を判断するのがどこの誰よ、という信頼の問題もありますよね。一般の会社でも成果主義導入は少し前言われてましたが、結果的に大失敗だったじゃないですか。他と差をつけられる、そういう現実を正面から受け止めて次のチャンスにまた素直に頑張る、的なメンタリティ自体、われらポンニチなじんできてなかったんですから、いきなりそんなことやったらそりゃそこら中で「折れる」人がた続出なのも当然でしょう。スポーツなど「数字」が明確に出て「勝負」がはっきりわかる特殊な世界はともかく、一般社会で「成果主義」をどう運用できるのか、というのは日本社会にはほんとにその前提が備わってきていないと思います。

「科学」は「スポーツ」と同じなのかどうか。「数字」が明確に出て「勝負」がはっきりつけられるような世界「だけ」で理解しちまっていいのか。「世界」と「普遍」に果たしてどのようにつきあってゆくべきなのか、いやそもそも、そんなものわれらポンニチ分際でけなげに懸命にマジメにつきあおうとする必要が本当にあるのかどうか、そういう問いの複数化を自ら仕掛けてゆこうとしないことには、「国際標準」「競争原理」といったもの言いをめぐってひとり勝手に( ゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャしちまう事態はさらにこの先、ポンニチ発狂形態として露わになってくような気もします。