トーシンブリザード、JDD完全制覇


www.youtube.com

*1
 妙に風の強い日でした。

 暑いのはこのところの猛暑で珍しくもない。ただ、この風には正直、まいりました。レースの後、あがってくる馬たちを迎える厩務員や調教師たちも、まともに眼を開けてられないくらい。いや、それどころか、飛んでくる砂粒が痛いくらい顔や手や足や、ところかまわず襲いかかる。地べたに立ってウロチョロしているわれわれだってそうなのですから、こりゃ馬に乗ってるノリヤクたちや、当の馬たちだって大変な想いをしていたはず。眼洗いの獣医さんたちもこの日は大忙しだったようです。

 二十日、交流GⅠジャパンダートダービーの日の大井競馬場です。

 スタンドも思ったよりもろくでなしが少ない。いや、先月末の帝王賞の時はひさしぶりに内馬場にまで人が入ってるのがわかって、穴場で馬券を買うのにも、もしかしたら買えなくなるかも、という焦りを感じるあの感覚がちらっとよみがえったくらいの行列ぶり。そりゃあ、ナイターが始まった当初のとんでもない盛り上がりに比べればとても及びませんが、それでも何か「熱い」感じがみなぎっていたもんです。

 なのにこの日のJDD、南関東に出現した無敗の三冠馬トーシンブリザードが、いよいよ中央も含めた全国区の交流競走でそのベールを脱ぐというのに、なんだかちょっとさびしいですねえ、こりゃ。

 「まあ、メンツがこれだもんねえ。中央からもっと骨っぽいのが来たり、そうでなくても地方の他地区から得体の知れないのが参戦してきたらまだ盛り上がるんだけど。とにかく、ひょっとしたらトーシンを負かせるかも知れない、と思わせてくれる馬がいないんだもんな」 

 まあ、確かにそうです。トーシンと同じ世代に生まれたのが運の尽き、クラシック路線ではことごとく二着に甘んじてきたフレアリングマズルも、「競走馬はやっぱり勝ってなんぼ。何か勲章をひとつとらせてやりたい」という厩舎サイドの意向でここは回避、旭川のグランシャリオカップに回って今度はフジノテンビーあたりと勝負することになるようですし、戦列復帰が噂されていた川崎のライバル、ロイヤルエンデバーも間に合わず。マズルと並んでクラシック戦線で堅実無比な成績のゴッドラヴァーが敢えてデザーモを依頼して、辛うじてトーシンの四冠阻止の構えを見せていたくらいで、オンユアマークやシングルトラックではやはりまだ荷が重い、というのが大方の下馬評でした。名古屋のヒルノホンコン、佐賀のマキノヒットも、地元でもナンバーワンとは言い難い馬。一方、中央勢はというと、名古屋優駿アンカツのフジノコンドルに競り勝ったナリタオンザターフが一応の目玉でしたが、ひと月半ちょっとで中京から府中、名古屋と転戦してきた強行軍が懸念の種。六月デヴューの二連勝でいきなりここにぶつけてきたバンブーシンバが、鞍上福永(裕)とあいまって未知の魅力でしたが、常識的にはやはり無理スジ。むしろ、クリスタルCでの後方一気が印象的だったカチドキリュウが、アンバーシャダイ産駒らしい馬力型で一発化けてくれるかも、というくらいでした。

 というわけで、上から下まで◎ばかりのトーシンブリザード。逃げが武器の好敵手フレアリングマズルがいないこの日はどういう競馬をするか、注目されていましたが、なんと石崎騎手、スタートしてそのまま果敢にハナに立ちました。マキノヒットにゴッドラヴァ-あたりがその後につけて、ものすごい砂塵を巻き上げながら馬群はどんどん向こう正面から三角過ぎの勝負どころにさしかかります。一枠という好枠を引いていたナリタオンザターフは逆にそれが仇になったか、なんと殿り追走。エンジンが違うから逃げられるんだなあ、と、予期せぬトーシンの逃走劇に誰もが口をあんぐりあける展開でしたが、中団やや後方の指定席からまくっていったのがなんとカチドキリュウ。さすがにこの大井のダートでも排気量は十分、この往き脚はちょっと見どころありました。先頭のトーシンに並びかける勢いで四角をまわる。でも、そこからがさすがにトーシンでした。追い上げてくる後方勢を測るように余裕を持って追い出すと、ぐい、と伸びる。突き放しながら一馬身半差をつけて飛び込んだところがゴールでした。トーシンブリザード、これで春シーズン南関東の三歳GⅠ戦線完全制覇です。

f:id:king-biscuit:20210915091731j:plain

 入線後、左前の歩様がちょっとおかしい、という声が出て、佐藤(賢)師も「ゴール前あたりで尻尾振ってたから、何か苦しそうだな、とは思ったんだけど、あの前で何かやったのかも」と、無敗の四冠馬誕生にも表情はこわばったまま。うわあ、こりゃほんとにえらいことになったか、と、報道陣もざわめいて、実際、馬自身、表彰式にも出てこずじまいでかなり心配されました。ただ、翌日の検査では、左前第二指骨のひびで全治二、三カ月との診断で、まあ、最悪の事態ではなかったのでひと安心。秋には菊花賞挑戦、というプランも出ていたのですが、ここは無理をしないでゆっくり休養してもらうことにしましょう。来年のフェブラリーSあたりには、日本中のろくでなしたちにもその雄姿を見せてくれるものと信じてます。ほんとマジ、強いっすよお、この馬。
 

*1:ギャロップ』か『ゼッケン』の連載原稿、だったかと。