「公衆便所」の栄光――岡本夏生と飯島 愛

  監督は岡本喜八。脚本は森崎東。タイトルはズバリ、『夏生の従軍慰安婦』。こんな映画、撮れないもんかね。いい反戦映画になると思うんだけど。

 こういう馬鹿話に破顔一笑、いいねぇ、と笑ってくれる人間というのは信頼できる。ただし、何に対するどういう信頼か、というのが、実はかなり言葉に乗せにくい、お互いニンゲンやって生きるしかない以上、逃げようのない難儀でめんどくさい部分なのだけれども。



  以前、メディアの舞台に登場し始めた頃の岡本夏生が、すごく気になっていた。
 どういう経緯、どういう紆余曲折の後にテレビの中、雑誌の上に彼女がその姿を見せるようになっていたのか、ひとまずまったく知らなくても、いずれひと山いくらで扱われていることがあからさまな“そういうおねえちゃんたち”の中で、彼女はどこか違っていた。

 で、それがどういう「違い」だったのか。気にはなっていたものの、日々のあれこれにとりまぎれていたある日、仕事で行き会った男性週刊誌の記者にこんな話を聞いた。

 F1だの何だのといわゆるモータースポーツがブームになっていった頃、彼女はレースクイーンをやっていた。まぁ、ひと通りハイレグ、ケツ放り出しの水着を着てにこやかにそこにいるのが仕事という仕出し稼業のこと、内実はともかく仕事のありようとしては本当に十把一からげの視線しか浴びせかけられない最悪の場に違いない。

 にしても、そのうちある時期から、ひとり岡本夏生のまわりにだけ会場の若い衆たちがひときわ群がるようになった。それは本当に、あれよあれよというくらいに見事な高まりよう、盛り上がりのさまだったのだという。

 ああ、と思った。

 発行部数数十万部の男性週刊誌、当時その読者の最大公約数を占めていたはずの、おそらくは十代後半から二十代そこそこの若く青臭い野郎どもの、あまたその場にひしめいているはずのハイレグ・ケツ放り出しの“そういうおねえちゃんたち”の中から敢えて岡本夏生を選ぶその感覚にはらまれているはずのある信頼感、言い難い“確かさ”の予感に、メディアの舞台にさらされ始めていた彼女に対して微かに感知したあの「違い」の感覚へとつながる糸が見えた、ような気がした。


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 「公衆便所」と呼ばれるような、そんな視線を浴びせかけられてしまう女の子というのがいた。共学の高校あたりならばひと学年にひとりやふたりはそれなりにいたような、事実かどうかは別にして「あいつは誰にでもやらせる」と語られてしまう、そんな存在。
今ならそれこそ、セクハラだ、差別語だ、と金切り声の十字砲火を浴びそうなもの言いだが、少なくとも僕がまだ青臭い匂いを発散させて中学・高校に通っていた七〇年代半ば頃までは、まだそういう野蛮な呼び方が流通していた。
 けれども、そんな「公衆便所」をめぐる同世代の若い衆の微細な関係や視線の交錯の塩梅というのは、静かに思い返してみると結構いろんな問いを含んでいたりする。
 たとえば、彼女たちが往々にして宿すある信頼感というのがある。それはまわりの男たちに対してだけでなくある種の同性に対しても平等に波及する。「ったく、しょうがねぇなぁ、こいつは」と苦笑しながら、それでも彼女が何か難儀に遭遇するとみんなでなんとかしてやろうとする、そういう未だ役に立つようには結晶しない身内意識の根っこのようなものが、あの「公衆便所」というもの言いには常にまつわっていた。

 岡本夏生自身、確かどこかのインタヴューで、他の女の子たちがじきふてくされてしまうところを最後までステージに残って元気良く愛想をふりまいたら男の子たちがワッと湧いてくれた、それを見て、あ、こうやればあたしはみんなに喜んでもらえるんだと思った、というような意味のことを語っていた。

 生身の上演の場である一線を越える瞬間。世間に対して“見られる立場”に自らをシフトしてゆくことの自覚が舞い降りる一瞬。
 とりたてて美人というわけでない、言われるほどグラマラスな身体を持っているわけでもない岡本夏生レースクイーンとして、生身の上演の場で、自分ですら持てあます青臭い匂いを発散する若い衆たちの前に圧勝していった向こう側には、そんな一瞬に襲われたことが引き出した「公衆便所」をめぐる身内意識のある“確かさ”の感覚について、無名のままひそかに折り重ねられていた記憶の層がちらり、露頭していたはずだ。


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 そして、飯島愛である。
 かつての岡本夏生が発散していたような「違い」の気配を、彼女もまたいつ頃からかメディアの舞台からこちら側に向かって放ち始めていた。
 正直言って、AVに出ていた頃の飯島愛にはあまりピンとこなかった。今回、もう一度レンタルビデオ屋へ行き、何本か借りてきて改めて見直してみたのだけれども、やはりその印象はそれほど図抜けたものではなかった。AVにうるさい目利き連中に尋ねてみても、おおむねその印象にブレはない。AVという舞台においては、よくいる“そういうおねえちゃんたち”以上の存在として見られるようにはなれなかった、ということかも知れない。
 しかし、テレビの舞台に現われるようになった彼女は、明らかに「違い」を獲得していった。
 それは単に青臭い若い衆たちを標的にした商品として研ぎすまされていった、という文字通りの意味においてだけでない。同じTバック、同じ“そういうおねえちゃんたち”の中で、彼女が同性の女子中学生、高校生たちからどうやら何かゆったりとした信頼を寄せられているらしいことに、先に述べたような「違い」の未だ時空を越え得るある喚起力が、裏返しに証明されているように思う。
 先頃上梓したエッセイ集『どうせバカだと思ってんでしょ!』(徳間書店)の中で、彼女は、若い女の子たちが「遊ぶ」ことの内実についてこう言っている。

「とにかく夜になると、一人でいるのが寂しくて仕方ない子たちがたくさんいるのよ。よく考えれば、寂しさから逃げるためにエッチしまくってるなんて、ほとんど人生投げてるみたいに思えるけど、その子たちにしてみれば、とっかえひっかえ男と遊んでれば、その瞬間は楽しいから気が晴れるわけよね。女の子たちにしてみたら、こんな状況が幸せなわけありません。こういう時なのよ、ホントの彼氏、ホントの愛情が欲しい時って! 彼女たちはそうい出会いを求めて、夜な夜な違う男たちとエッチしてるんだと思うんですよ。でも世間では彼女のことをこう呼びます。「ヤリマン女」と。」

 明快だよなぁ。かつてなら、正しく「公衆便所」と呼ばれてたわけだよな。で、それが自分の意思とは別にメディアの舞台に増幅されていった瞬間の当惑を、彼女はこう語る。

「『ギルガメッシュナイト』(テレビ東京)の中で、初めてテレビでお尻を見せてる自分の姿を自宅で見た時、正直言ってアタシは思ったんです。「終わったな……」「これでお嫁さんにもいけない……」と、幸せもなかば諦めました。だって、テレビでお尻出してるような子を「お嫁さんにしたい」なんて思う男いる? 「ヤリたい」とは思っても、「奥さんにしたい」とは思わないでしょ?」

 「それまでは、どんなバイトしても長くは続かなかった」彼女は、しかしそこでやはり一線を越える。かつての岡本夏生がきっとそうだったように。

「例えば、イベントでお客さんが盛りあがるかどうかっていうのは、一種の賭けよね。「今日のお客さんの反応はどうかしら? 盛りあがるかなあ?」なんて感じで、控室にいる間に結構気にしているわけ。そこで、アタシがステージに立って、お客さんの前で、パッとスカートをめくってTバックのお尻を見せた時に、「ワーッ!!」って、喚声や拍手がドッとくると、やっぱりすごくうれしいもの。「これはアタシの仕事なんだ! アタシのお尻を見て喜んでくださるファンの人もいる。だったら、一生懸命がんばらなきゃけいない!」って、そのたびに思うよ。」

 クロウトとシロウトの間に暗黙のうちに引かれていたはずの一線が、見る見るうちににじみ、ぼやけ、世間の網膜の上にうまく像を結ばなくなっていった八〇年代以降、それでも、自らクロウトの輪郭を獲得してゆける契機というのはこのように存在し得る。そのことに気づき、立ち止まるだけの生きる感覚の健康さ、風通しの良さを持つことは、きっと正しく未だ語られない“歴史”の層に迫ることにつながるはずだ。