文化

「おりる」ということ――渡辺京二の方法意識について

――ひとりひとりの個の生は、こういう私化された小さな小宇宙の複合体であり、その複合体を鞏固な統一物と見せかけているものがもろもろの文化的観念的構築なのである。そして思想とは文学とはつねに、個的な日常の規定から、そのうえにそびえ立つ文化的観念…

生きものの「死」の現在

先日、猫が一匹、亡くなりました。新千歳空港の駐車場で推定生後2ヶ月くらいで拾って以来18年、概ね老化と老衰の結果で、まずは大往生と言っていい逝き方でした。先に昨年9月、これは名寄の保健所でわけありの飼育放棄で保護されていたのを縁あって引き…

ランドセルと北海道

*1 *2 関連のご当地『北海道新聞』新聞記事 NA)ところで、ランドセルって何年生まで使いましたか? 道民への街録ON ★6年生まで使っていない ★何年生で何に変えた?なぜ?変える事への抵抗なかった? 「周りが変えていたから」「ランドセル格好悪いから…

「ムラ」と民俗誌的記述の関係について・ノート

*1 *2 ――この国の民俗学とは社会が未だ「豊かさ」が実現できない段階での学問なのであり、その意味では貧困の文化、手弁当の窮屈の中での学問だった。と同時に、「豊かさ」から疎外された恵まれない条件の下で何か知的な営みに眼を開いてしまった人間にとっ…

「馬鹿」と「純情」――山田洋次『馬鹿まるだし』と戦後の民衆的想像力における「無法松」像の変貌

*1 ――小説を映画化するということは、その小説からエッセンスだけを抽出して、そのエッセンスをもう一度、映画として豊かに再展開して行くことですから、言ってしまえば、エッセンスが濃厚でありさえすれば、原作の小説がくだらなくたってつまらなくたって失…

大風呂敷の幸せ――梅原猛逝去に寄せて

*1 「教養」系大風呂敷(おそらく)最後の大物 大風呂敷を拡げる人、というのがいます。拡げるだけ拡げて畳むことをしない、いや、そもそもそんな畳むなんてことを考えないから拡げられるというのもあるらしい。 凡庸通俗普通の人たちは小心翼々、そうそう自分の…

ハロウィーン、当世風

クリスマスだのバレンタインデーだのに続いて、今度はハロウィーン。海外由来の、それも商売がらみで普及していったそういうお祭りの類、昨今のもの言いだと「イベント」になるのでしょうが、まあ、これまでもあったことだし、新手のそういう類の流行りもの…

「貧しさ」の語られ方について――「サムライの子」をめぐる〈リアル〉の諸相

*1 ――つねにわたしたちの論拠は〈児童文学〉という限定された、しかも複雑怪奇とまでいわれるほどに特殊な分野であって、そこに生起するさまざまの事象は文学一般の概念規定とはくい違うほどに独自の、偏狭な意味内容をもつ曖昧なことばによって表現されるこ…

「残酷物語」の時代・ノート――「鼎談・残酷ということ」から

● 今から59年前、1960年8月発行の雑誌『民話』第18号に、「残酷ということ」という「鼎談」が掲載されています。*1 出席者は岡本太郎、深沢七郎、宮本常一の3人。それぞれ芸術家、作家、そして民俗学者として、その頃それぞれ話題になっていた文化人たちで…

西部邁、逝く

*1 西部邁さんが、亡くなりました。 遺書めいた書きものも残して厳冬の多摩川に自ら飛び込むという、自殺に等しい最期だったということですが、そのへんの詳細はとりあえず措いておきます。 「思想家」というもの言いも「文学者」「哲学者」などと同じように…

「団塊」的知性論

*1 団塊の世代の、特にプチインテリ層 (関川夏央ならば「知的大衆」と呼ぶかも知れません) 特有の世界観や価値観、というのは、そろそろまともに、言葉本来の意味での「歴史」的な文脈での考察対象にしておいた方がいいと思われます。 単なる「サヨク」だの「…

〈北〉のおはなし――〈それ以外〉の日本ということ

● 「東北」でも「北海道」でもなく、ただ〈北〉である、ということ。そんな足場を最近、特に考えるようになっています。 いま、わたしたちが普通にイメージする「日本」というのは、概ね西南日本、少なくとも中部地方より西の地域に根ざしたさまざまなものの見…

マンガの「危機」について

*1 ● マンガが危機? そんなもん20年も前から言われとりますがな。 『少年ジャンプ』がとうとう200万部を切った、確かに四半世紀ほど前の全盛時600万部と言われとった頃からすりゃ三分の一以下、雑誌のみならず単行本も長期低落が止まらず確かにえらいことで…

「国際化」と「グローバル化」の裏腹

「国際化」というもの言いが無条件に通りの良い、誰もが逆らえないような響きを持つようになったのはさて、いつ頃からだったでしょうか。 昨今だと「グローバル化」などとカタカナ表記に置き換えられたりしてますが、でも、ざっくり同じような脈絡で使われて…

「不良」の共同性について――「隼おきん」を糸口に

*1 「僕はその頃十六であつた。丸く黒く、焼けすぎた食パンの頭みたいな顔をして、臙脂色のジヤケツを着て、ポケットに手を突つこんで、毎日街を歩いてゐた。」*2 「こういう、一体なにが本業だかわからないで、なんとなく喰えている男が、ひところ、浅草の…

「読む」の射程距離

自宅はもとより仕事場その他の古本雑本の類の片づけ、をせにゃならんならんと思いながら、まるで作業が進まぬままいつもそのことを意識しないようにしないようにしてる、そのことがまたストレスの元になってたりするから、ああ、ほんとに何やってんだか、と…

「こち亀」が愛された理由

*1 1.「こち亀」という漫画が、老若男女に愛された理由は何だと思われますか? 当初から愛されたわけでもなかったんですがね。 連載開始が1976年、当時すでに少年マンガ市場は「青年」読者を取り込みながら右肩上がりを続けて我が世の春を迎えていたとは言え…

「こち亀」終了に寄せて

通称「こち亀」。この短く端折った呼ばれ方こそが、今様読み物文芸としてのニッポンマンガの栄光である。 人気マンガ作品がこのように略して呼びならわされるようになったのは、概ね80年代末から90年代にかけて。『少年ジャンプ』の600万部以下、週刊誌での…

「世俗化」ということ

学生時代、と言っても、すでに還暦も視野に入ってきた年格好のこと、ざっと30年以上も前のことになってしまいますが、宗教学や宗教社会学/人類学といった名前の講義で「世俗化」ということを繰り返し聞かされました。「聖」と「俗」といった図式と共に、「…

書評 サトウハチロー『僕の東京地図』 (1936年 有恒社)

● 古書の書評、というのはあまり見たことがない。いや、その筋の趣味人好事家道楽者の界隈には紹介言及ひけらかしな蘊蓄沙汰はそりゃ古来各種取り揃えてあるものの、それらは概ね書評というのでもなくお互い手のこんだマウンティング、こじれた相互認証の手…

政治と宗教、のいまどき

宗教と政治、という、このただでさえ脂っこくもしちめんどくさいふたつの領域が、共に重なってさらにめんどくささ自乗になる案件が、この夏このかた、浮上してきてました。 もちろん、これは何も「宗教」だけではないわけで、「社会」であれ「文化」であれ何であ…

葬式が「なくなる」?

葬式はなくなるのかも知れない、と最近、思い始めています。それも割と本気で。 何をバカな、人間生きている限り死ぬのは必定、古今東西あらゆる文明、文化において「死」を何らかの形式で意味づけたり、またそのことで生きてる者たちの側に「あきらめ」を意…

【翻訳】D.A.メッサーシュミット「手もと足もと」での人類学について――文化人類学における「自文化研究」の今日的意義

*1 Donald A. Messerschmidt On anthropology“at home” In Anthropologist at Home in North America : Methods and Issues in the Study of One's Own Society. Edited by Donald A. Messerschmidt Cambridge University Press, 1981*2 ● これまで、通過儀…

聞き書きは、なぜ「難しい」ものになってしまったのか――「聞き書き」という手法の本来的可能性についての一考察

「聞き書き」は、民俗学の主要な手法のひとつとして認識されてきた。それは近年「インタビュー」や「取材」なども含めて、オーラルヒストリーやエスノグラフィーなど、人文・社会科学系の分野での「質的研究」領域の進展と共に改めて注目されている。その「…

浮上してきた、もうひとつの「宗教」問題

一に体力、二に好奇心、三に自分と他人の区別がつくこと、四に信心。仏になるための条件だそうです。あたしが言ってんじゃない、ある宗派の坊さまがそうおっしゃってたんですが。 これ、最初に信心がきちゃうとまずいんだそうで。なぜか。最初に信心ありきの…

書評・臼田捷治 『工作舎物語――眠りたくなかった時代』(左右社)

*1 工作舎物語 眠りたくなかった時代 作者: 臼田捷治 出版社/メーカー: 左右社 発売日: 2014/11/13 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (10件) を見る 工作舎、という名前で反応できる、してしまう向きは言うに及ばず、すでに歴史の過程と距離感持つ若い…

【草稿】書評・臼田捷治『工作舎物語――眠りたくなかった時代』(左右社)

*1 *2 さてお立ち会い、「工作舎」という名詞一発で反応できる、しちまう向きは言うに及ばず、すでに歴史と距離感持つ若い衆世代にとってはおのれの現在からどう地続きにしてゆくか、その器量試しの一冊だ。 70年代半ば、東京の片隅に宿った小さな集団。編集…

「ブラック企業」と「宗教」

最近、こんなことがありました。 ゼミの学生、いまどきのこととてデキはよろしくないけれども、まあ真面目で、ちと堅すぎるくらいもの堅い性格の男の子、仲間とのつきあいすらぎくしゃくするようなところのままある、まあ、いわゆる「コミュ障」と昨今言われ…

笹井センセの謎、その他

笹井はノーベル賞候補とさえ言われた人物です。彼のES細胞は、生体から卵子を取り出さなければならず、倫理問題から人体への転用ができな くなりました。そこにiPSが登場し、ノーベル賞をかっさらったという流れです。それでも笹井はエリートですし、収入…

生活・暮し・日常――開かれた民俗学へ向けての理論的考察③

知識人や《文化》人は(どういう理由からか)日常生活は低俗なものしか提供できないと頭から固く信じている。このような確信は、あらゆる非形而上学的生活を陳腐なもの、公認されないものとして投げ捨ててしまういわゆる《実存》哲学においては、重要な役割を…