1992-01-01から1年間の記事一覧
*1 *2● 夕暮れ時、メインゲートの前には三々五々、何人かずつのグループになった女の子たちがどこからともなく集まり始めていた。 いずれも歳恰好からして十七、八から二十歳そこそこといったところ。学生と言われれば学生に見えるし、家事手伝いと言われれ…
*1 平岡正明オン・エア 耳の快楽作者:平岡 正明メディア: 単行本 初対面は品川駅の構内、京急デパートの一角にある喫茶店だった。慶応の学園祭でのDJ形式の講演会の評を、仲間うちに向けた小さなニューズレターに書いた。それをどこからか手に入れた『サン…
*1 宮本常一の書き残したものを読んでゆく。どんな目算があったのかもよくわからないような、ただ誠実で微細なことばの織りなす流れにひとまず身を任せる。しばらくすれば、よく練られた昔話を淡々と聴かされるような心地良さが訪れる。ごくあたりまえの意識…
● 『厩舎物語』を出した頃、よく尋ねられたのは、厩舎の人の馬券って当たるんじゃないですか、という質問だった。 毎日馬に触っているのだから調子もわかるだろうし、それに何より玄人だ。きっと馬券の方だって、と考えるのは別に不自然ではない。 だが、厩…
*1 火野葦平の小説『花と龍』に、明治末年、主人公の玉井金五郎が、当時上海コレラが猖獗を極める門司の巷に住みながら最後まで発病しなかったことで英雄扱いされ、新聞にまで載ってしまうくだりがある。発病後半日で死に至るというとんでもない劇症コレラ。…
*1 ● 行くべき先が見つからない。 自分が今の仕事を続けて5年なり10年なりたった時、こういう風になっていたい、というお手本というか目標というか、そんな目指すべき到達点が見えにくくなっている。 たとえば、「ちゃんとしたい」という欲望がある。ここ1年…
Star Gazer という言葉が英語にはある。文字通りには「星をのぞく人」。だが、転じて、「現実離れした夢ばかり追いかける人間」というような、あまり名誉とは言い難い意味もあったりする。 白状すれば、僕もその Star Gazer ――言わば天文少年のはしくれだっ…
● ものを書きそれをカネに替えるという営みに手を染め始めた頃のことだ。今すぐにとは言わないしその準備もない、だが、いつかきっと鶴見俊輔の仕事についてその功罪を含めて正面から論じてみたい、と言ったら、ある年上の編集者から「悪いこと言わないから…
*1 民権論者の涙の雨で みがきあげたる大和胆 国利民福増進して 民力休養せ もしも成らなきゃ ダイナマイトどん ● 明治二五年五月、筑豊に生まれ、鶴嘴鍛冶の小僧に始まり、以後十五歳の年から六〇年あまり炭鉱で働いてきた経験を絵とことばとでかたちにした…
*1 大学生になってからの3年間、自分の中で、眼前の「民俗学」に対する何らかの不信の思いは、どうにも払拭される気配がないままでした。 その間、例の「市町村史編纂」の長さにもだいぶ身を染めまして、一応は「聞き書き」に励みながら、地元側から「こっち…
● 街がさびれる、という。だが、それは実はそう単純なプロセスでもない。さびれてゆくその途中で街もまたさまざまなかたちをとり、さまざまな経験をはらんでゆく。それは、有機物がゆっくりと分解し、かたちを変えながら最後また土に還ってゆくのにも似てい…
*1 字数が限られている。ギリギリ必要な世界観だけ叩き込む。ムツカしくてなんだかよくわからねェ、といきなり横着に開き直る程度の脳味噌しかない方面はひとまず読まなくても結構。60年代から80年代というこの国の近代指折りの大変動期を、トリビアルな昆虫…
*1 ここしばらく、右へならえして左翼叩きが始まっている――。 なんて、すでにどこかの新聞の囲み記事なんかで誰かが必要以上に深刻ぶって言ってるかも知れないけど、そりゃ違う。勘違いだ。正直に言おう。それは“叩き”というほど元気の良いものでもなくて、…
*1 ――最後の最後まで、恋は私を苦しめた。 指をつき抜け涙がこぼれそうよ。 ● 今の今まで、『朝日ジャーナル』を半ば習慣のようにあたりまえに読んでいた人たち、というのがいる。 『別冊宝島』であれ『サンデー毎日』であれ『クレア』であれ『ミュージック…
*1 *2 同世代、というとせいぜい三十代半ばから下、二十代のケツあたりまでということになるのだが、そういう彼ら彼女らの中で、雑誌や出版、放送に広告、いわゆるメディアの周辺の仕事に携わってきた連中が、「結局、だまされてたんだよなぁ」と弱々しく苦…
*1 今も『朝日ジャーナル』を読んでいる人たち、というのがいる。 いや、天下の朝日新聞の、それも売りものとして世間に流通している雑誌なのだから落ちぶれたりとは言え何万人かの読者はいるのはあたりまえ(かな?)なわけだし、第一そういう人たちがいら…
● 関東平野の広さというのは、実は東京に住んでいる者にとってもあまりよく実感できないものだったりする。 山が見えない。川も伏流している。目標となるような建物も少ない。だから方向感覚が狂う。どっちへ行ってもただ広いだけ。同じような道が同じように…
*1 *2● 八〇年代半ば、『非常民の民俗文化』(明石書店)をひっさげ、半世紀にわたる長い沈黙を破ってこの国の民俗学の表舞台に再登場した赤松啓介翁の記述を支える素材は、その出自におおむねふたつの焦点を持っている。 ひとつは、大正中頃から昭和初期に…
*1 今年の正月のことだ。家の者も出かけてしまい、これ幸いとひとり寝正月を決め込んでいた昼下がり、突然、玄関のチャイムが鳴った。寝巻姿で出てみると、きちんとダブルのスーツを着込んだいい若い衆が、ちょっと照れ臭そうな笑顔で、頭をかきかき立ってい…
*1 今からちょうど百年ばかり前、この国の、とある小さな町の中学校の教員の書き残した日記に、次のようなエピソードが記されている。 彼の受け持ちのクラスに横木という少年がいた。大工のせがれで、両親には彼を中学へあげるだけの余裕がなかったが、小学…
*1 もう数年前のことになる。ある雑誌に、“こわい話”というテーマで何か書いて欲しい、と言われた。 大きな出版社の雑誌ではない。時代が時代だった頃にはそれなりに輝かしい時期もあったらしく、ある世代以上の、本を切実なものとして読む程度の人たちには…
*1 *2 *3拝啓、井上緑様。 あなたは今、どこで、どのように、この一九九二年の春を迎えているのでしょうか。 今からちょうど四年前、一九八八年四月一三日付『朝日新聞』の投書欄に、「栃木県在住」の「公立女子高校生」だったあなたの手紙が載りました。ご…
*1 *2 三年前の参院選、アントニオ猪木が出馬した時、戦後選挙史上最高の無効票が出た、という話がある。 フォークロアかも知れない。だが、だとしても、今のこの国の置かれている状況についての、ある切実さを感じさせる話として、僕は忘れられない。 猪木…
● 別に大学に限ったことではないが、学校を運営してゆくさまざまな仕事の中で、教師と事務との関係というは常に微妙な緊張をはらんでいる。 他でもない僕自身が教師の立場にあるから、ここらへんあまり棚に上がったもの言いもできないのだが、それでもその緊…
とにもかくにも、1992年の春である。 見わたせば、何も視界をさえぎるもののなくなったこの高度消費社会の原っぱに、すでに誰も信じていない大文字の言葉ばかりが、春がすみのように薄くたなびいている。 「学生」はもはやそれだけでは何も意味しないほ…
大月隆寛 書生の本領 『朝日ジャーナル』連載 1992.4~ 400W×6p~6.5p/一回 *……要取材ネタ ●「左翼」が常識だった頃:いまどきの居丈高な左翼批判のいやらしさ ●「みんな」という抑圧:世界すら敵にまわせるようになるために ●「誠実」だからって許さ…
*1● 桜木町の駅は無礼である。「国鉄」という力も歴史もきちんと宿した硬質の名詞にとって代わった“JR”というあのだらしなく媚びたもの言いにふさわしい程度に、なるほど正面から無礼千万である。 “みなとみらい”だか何だか知らないが、だだっ広いだけの敷…