演劇

作家の音読と朗読、「読む」と「書く」の関係

● いわゆる作家が自分の書いた作品を同人誌の仲間に披露する時、自ら原稿を朗読する習慣が、かつてあたりまえにあり、そしてそれはずいぶん後まであったらしいことは、以前も何度か触れました。それは小説であっても、それこそ流行歌の歌詞においても、それ…

「団塊の世代」と「全共闘」㉕ ――「教養」願望、と、おたく的知性の関係

*1 *2●教養願望とオタク的情報量の集積 ――でも今、浅田彰や宮台真司がアニメ語るとカッコ悪いでしょ(笑)。もちろん、当人はそう思っていないんだろうけど。 それは、教養になり得ていないんだよ。 ――マンガでも一緒ですよ。浅田が岡崎京子を語ったら、ほん…

ラジオドラマのモダニズム&アメリカニズム

● 改めて言うまでもない、「うた」が生身に宿る、それは人間にとって自然な感情表現のひとつのかたちでした。おそらくそれは、時代の違いや文化、民族の差などを超えた人間本来、天然の本質といったところがあったはずです。 ただ、それが人の耳と口を介して…

「わたしにもできる」ということ

www.youtube.com● 「わたしにも写せます」というフレーズを、おぼろげながらも自分ごとの見聞として覚えている向きは、ゆるく見積ったとしてもいまやもう50代も後半以上、まずは還暦超えた年寄り世代ということになるのでしょう。いまどきの若い衆世代の語彙…

「馬鹿」と「純情」――山田洋次『馬鹿まるだし』と戦後の民衆的想像力における「無法松」像の変貌

*1 ――小説を映画化するということは、その小説からエッセンスだけを抽出して、そのエッセンスをもう一度、映画として豊かに再展開して行くことですから、言ってしまえば、エッセンスが濃厚でありさえすれば、原作の小説がくだらなくたってつまらなくたって失…

さらば、朝青龍

「木でつくった家、紙で貼った座敷にくらす間は人間の気持が穏やかでもありのんびりもしてゐた、相撲だって晴天九日のために其都度組み立てる丸太細工の小屋の間は、めいめいの稽古場から土俵へ、土俵から相撲茶屋へやがて花柳界のお座敷へとゆく先々にこわ…

語られるべき「炭鉱」とは?

炭鉱は、いつも最前線でした。何の? わがニッポンの、あのとんでもない「近代」の。 鉄と石炭とが「近代」の土台を、あらゆる産業の根幹を支えていた。そんな時代、最も熱く、煮えたぎるようにならざるを得ない、身体を張った生の場所のひとつが、炭鉱でした。 …

「七光り」の精神史を

青島幸男が、くたばりました。 全盛時クレイジーキャッツの傑作の作詞をものした才能として最大限敬意を払いつつ、いや、だからこそ、晩節汚しまくりだったよなあ、というのが率直な感想であります。 例によってテレビ以下、表のメディアは「元東京都知事」…

「お芝居」のもたらした自由――新作能「紅天女」国立能楽堂

*1 「紅天女」を国立能楽堂で、新作能として上演する、という話を耳にした時、正直びっくりしました。そんなムチャクチャ……あ、いや、勇猛果敢で男前な企てを正々堂々やってのけるなんて、という素朴な驚きと共に、ああそうか、そういうこともいまや平然と現…

人生最高の映画、とは――『竜二』

*1 「人生最高の映画」なんて大風呂敷には、『独立愚連隊』だの『仁義なき戦い』だの『ガキ帝国』だの、まあ、それ系の男前な作品をあげることが多いんですが、今回は『竜二』を。www.youtube.com 作品自体もすでに評価が高い映画ですけど、実はこの脚本&主…