「懲戒解雇」以後――嶋貫和男という「盾」

*1 *2 前号、何やら奥歯にもののはさまったようなもの言いでしか語れなかった「内部的には醜聞、いや、外から見てもまずは格好のスキャンダル、ないしはゴシップ系のネタとしてまずは取り扱われるような案件」ですが、もう勿体つけなくてもいい状況になった…

札幌国際大学、燃ゆ

*1 *2 ● 6月29日付けで、札幌国際大学より「懲戒解雇」されたことについて、7月13日付けで札幌地方裁判所に、地位保全及び賃金仮払い仮処分命令申立書を提出し、受理されました。 大学側からの「懲戒解雇告知書」に記載されていた「懲戒の事由となる事実」は以下…

「懲戒解雇」の顛末――でぶ太郎、野に放たれる

*1 *2 勤めていた大学から、「懲戒解雇」を申し渡されました。北海道は札幌にある札幌国際大学という、今年で創立51年目になる小さな私大です。地元の人たちには、静修短期大学という名前の方が今でも通りがいいかも知れません。 こういう地方の私大のご多分…

「放馬」について

*1 *2 *3 ・地方競馬だけで事故が続いてしまっていることと、その理由についてお考えをいただければと思います。地方競馬全国協会の方は、「『河川敷のような場所』と『改善できない経営状況』が理由では」ということをおっしゃっていましたが… まず、確認し…

「そういうもの」という領分

実は昨年来、職場でちょっと大きなトラブルが生じていて、その対応にあれこれ奔走していたのですが、今年に入ってから3月の年度末にかけてその案件がいよいよ煮詰まってきて、内部ではどうにも始末がつけられなくなり、外部の関係諸方面に訴えて事態の打開…

「現代文化論」のために

*1 確かに大学へ入ったはずなのに、高校あるいはそれまでの日々と何も区切りのつかない毎日をすごしていると思います。 人間、生きていればいろんなことに遭遇するものですが、あなたたちがいま、10代やそこらで遭遇しているのは、敢えて大げさに言えば「文…

「おりる」ということ――渡辺京二の方法意識について

――ひとりひとりの個の生は、こういう私化された小さな小宇宙の複合体であり、その複合体を鞏固な統一物と見せかけているものがもろもろの文化的観念的構築なのである。そして思想とは文学とはつねに、個的な日常の規定から、そのうえにそびえ立つ文化的観念…

新型コロナウイルス騒動の「効果」

*1 中国は武漢発の例の肺炎、当初の予想を越えて世界規模で猖獗を極め始めているような気配があります。この原稿が活字になる頃には、またどうなっているかわかりませんが、少なくとも今、1月末の時点では、政府のチャーター便で帰国した邦人たちの間にも感…

大学はどうなる?

恥ずかしながら、これでも大学、それも私立大学で禄を食んでいる身の上、それも首都圏や京阪神などの立地条件も良ければ経営規模も大きい名のある大学ならいざ知らず、いずれ地方の小規模私大、しかも昨今の少子化の荒波の中、毎年の学生集めにも青息吐息で…

生きものの「死」の現在

先日、猫が一匹、亡くなりました。新千歳空港の駐車場で推定生後2ヶ月くらいで拾って以来18年、概ね老化と老衰の結果で、まずは大往生と言っていい逝き方でした。先に昨年9月、これは名寄の保健所でわけありの飼育放棄で保護されていたのを縁あって引き…

ランドセルと北海道

*1 *2 関連のご当地『北海道新聞』新聞記事 NA)ところで、ランドセルって何年生まで使いましたか? 道民への街録ON ★6年生まで使っていない ★何年生で何に変えた?なぜ?変える事への抵抗なかった? 「周りが変えていたから」「ランドセル格好悪いから…

からあげクン、と、天皇

元号が変わりました。Webを介した世間では、「退位」か「譲位」かで物議を醸したり、はたまた「上皇」をどう呼べばいいのか、「陛下」になるのかそれとも「上皇さま」でいいのか、などなどあれこれ些末な悶着が例によってメディアの舞台を反響板としながら流れてゆき…

「ムラ」と民俗誌的記述の関係について・ノート

*1 *2 ――この国の民俗学とは社会が未だ「豊かさ」が実現できない段階での学問なのであり、その意味では貧困の文化、手弁当の窮屈の中での学問だった。と同時に、「豊かさ」から疎外された恵まれない条件の下で何か知的な営みに眼を開いてしまった人間にとっ…

「馬鹿」と「純情」――山田洋次『馬鹿まるだし』と戦後の民衆的想像力における「無法松」像の変貌

*1 ――小説を映画化するということは、その小説からエッセンスだけを抽出して、そのエッセンスをもう一度、映画として豊かに再展開して行くことですから、言ってしまえば、エッセンスが濃厚でありさえすれば、原作の小説がくだらなくたってつまらなくたって失…

大風呂敷の幸せ――梅原猛逝去に寄せて

*1 「教養」系大風呂敷(おそらく)最後の大物 大風呂敷を拡げる人、というのがいます。拡げるだけ拡げて畳むことをしない、いや、そもそもそんな畳むなんてことを考えないから拡げられるというのもあるらしい。 凡庸通俗普通の人たちは小心翼々、そうそう自分の…

ホワイトイルミネーションを見ると別れる?

*1 カップルが別れるジンクス、のある名所なり観光スポットなりはすでに全国いくつもありますね。ディズニーランドや観覧車、水族館などに並んで、ホワイトイルミネーションのようなライトアップイベントもそういうスポットの割と定番みたいです。 カップル…

ハロウィーン、当世風

クリスマスだのバレンタインデーだのに続いて、今度はハロウィーン。海外由来の、それも商売がらみで普及していったそういうお祭りの類、昨今のもの言いだと「イベント」になるのでしょうが、まあ、これまでもあったことだし、新手のそういう類の流行りもの…

〈おんな・こども〉ということ

〈おんな・こども〉というもの言いがあります。というか、ありました。 今やうっかり使おうものなら、文脈その他すっ飛ばして、とにかく「使った」ということ自体でえらいことになりかねない、そういう意味ではすでに死語というか、それこそ「ポリコレ」(ポ…

われらが的場文男・頌

*1 ● 「尊い」――そうとしか言いようがない。 今に始まったこっちゃない、ずいぶん前からそうだった。赤地に星散らしのあの勝負服は、われら地方競馬巡礼衆にとっては、ただひたすら「尊い」のだ。 的場文男、言わずと知れた大井のカミサマ。南関東の、そして地方…

「セクハラ」雑考

「セクハラ」が、日々あちこちで喧伝されております。 テレビや新聞、週刊誌といった既成のマス・メディアは言うに及ばず、いまどきのweb環境での各種情報発信、既成メディアにぶら下がる、あるいはそうでないものも含めて公的私的入り乱れての複合環境で、…

「貧しさ」の語られ方について――「サムライの子」をめぐる〈リアル〉の諸相

*1 ――つねにわたしたちの論拠は〈児童文学〉という限定された、しかも複雑怪奇とまでいわれるほどに特殊な分野であって、そこに生起するさまざまの事象は文学一般の概念規定とはくい違うほどに独自の、偏狭な意味内容をもつ曖昧なことばによって表現されるこ…

「残酷物語」の時代・ノート――「鼎談・残酷ということ」から

● 今から59年前、1960年8月発行の雑誌『民話』第18号に、「残酷ということ」という「鼎談」が掲載されています。*1 出席者は岡本太郎、深沢七郎、宮本常一の3人。それぞれ芸術家、作家、そして民俗学者として、その頃それぞれ話題になっていた文化人たちで…

西部邁、逝く

*1 西部邁さんが、亡くなりました。 遺書めいた書きものも残して厳冬の多摩川に自ら飛び込むという、自殺に等しい最期だったということですが、そのへんの詳細はとりあえず措いておきます。 「思想家」というもの言いも「文学者」「哲学者」などと同じように…

「団塊」的知性論

*1 団塊の世代の、特にプチインテリ層 (関川夏央ならば「知的大衆」と呼ぶかも知れません) 特有の世界観や価値観、というのは、そろそろまともに、言葉本来の意味での「歴史」的な文脈での考察対象にしておいた方がいいと思われます。 単なる「サヨク」だの「…

「はなしを聴く」ことのいまどき

人さまの話を聴き、それを素材に何かものを書く。「取材」であれ「インタヴュー」であれ「聞き書き」であれ、呼び名はさまざまなれど基本的な営み自体は変わらない。もちろんそれが売文稼業のひとコマでも、はたまた何かおのれの興味関心の赴くままの道楽沙汰…

青天井で送る朝

● 相変わらずの蒸し暑い朝だった。 背丈ほども伸び上がった雑草たちが、むせかえるような夏の匂いを撒き散らしていた。足許の土は昨日の激しい夕立の名残か、まだたっぷりと湿気を含んでいて、踏み込むたびに意外に重く、長靴に泥がまつわりついた。それでも…

変わる外国人留学生、変わらぬ大学事情

少し前、本誌で半ばスクープ的に報じられていたご当地、北海道は苫小牧駒澤大学「売却」をめぐる騒動の件、その後週刊誌や全国紙にも後追い的に報道されるようになり、本誌のジャーナリズム的嗅覚の鋭さが証明される形になっているようで何よりです。 地元紙…

〈北〉のおはなし――〈それ以外〉の日本ということ

● 「東北」でも「北海道」でもなく、ただ〈北〉である、ということ。そんな足場を最近、特に考えるようになっています。 いま、わたしたちが普通にイメージする「日本」というのは、概ね西南日本、少なくとも中部地方より西の地域に根ざしたさまざまなものの見…

マンガの「危機」について

*1 ● マンガが危機? そんなもん20年も前から言われとりますがな。 『少年ジャンプ』がとうとう200万部を切った、確かに四半世紀ほど前の全盛時600万部と言われとった頃からすりゃ三分の一以下、雑誌のみならず単行本も長期低落が止まらず確かにえらいことで…

「国際化」と「グローバル化」の裏腹

「国際化」というもの言いが無条件に通りの良い、誰もが逆らえないような響きを持つようになったのはさて、いつ頃からだったでしょうか。 昨今だと「グローバル化」などとカタカナ表記に置き換えられたりしてますが、でも、ざっくり同じような脈絡で使われて…