● もう40年近く前、還暦直前の年回りで出張帰りの羽田空港、到着ロビーの公衆電話で「これから帰るから風呂沸かしとけ」と家に連絡した後、その場で斃れてそのまま昇天したオヤジは、いま言うところの突然死、もしかしたら過労死だったのかもしれませんが、…
● 創作物とは――小説であれ詩であれ、ひとまず文字表現としての「作品」とは、それを書いたはずの作者やその具体的な生身の存在の態様、さらに同じような位相にこちらは無慮広大な多様性と匿名性を伴って出現するはずの読者の読み方との関係その他、周囲にま…
姜尚中氏が「ハラスメント」疑惑、だそうです。 え、それ誰だっけ?という向きももはや少なくないのかも。自分も正直、しばらく忘れていたお名前でした。 かつては東京大学教授の肩書きとあいまって、『朝まで生テレビ』などテレビの討論系番組にもよく顔を…
● 前回、「手工業を越えた資本の要求に応じるために半ば無自覚に繰り出されるようになった立川文庫の生産点での書き飛ばし」といった言い方で走り書きしておくしかなかった部分がありました。そこから立ち止まってもう一度、拡げてゆかねばならなかった方向…
● 「文学」とか「芸術」とか、言葉にし、口にすること自体、どうも気恥ずかしく気おくれがする。と言って、「アート」とか「クリエイティヴ」(これ、形容詞のはずが、なぜか名詞みたいに使われているようですが)とか、横文字をそのままカタカナにしてわかったよ…
● 「アニソン」というのがあります。要は、アニメ作品に付随する主題歌や挿入歌のこと。テレビであれ映画であれ、いわゆるアニメーションの映像作品に人心を集め注目を集めるためのフックとしてつけられる楽曲の総称、と言っていいでしょう。 商品音楽として…
信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~ (星海社 e-SHINSHO)作者:ナンシー関講談社Amazon信仰の現場: すっとこどっこいにヨロシク (角川文庫 な 30-3)作者:ナンシー関KADOKAWAAmazon● もともと1994年に角川書店から出されたもので、すでに30年以上前の一…
オウム真理教、と聞くと、自分などの世代にとってはそれだけでもう、ああ、という嘆声と共に、あの一連の事件をめぐる報道を介しての、当時のさまざま場面や映像、挿話などが一連の画像・映像リールのように思い起こされてきます。あれからもう30年。1995年3…
● AIだのChatGPTだの、見慣れぬアルファベットの語彙がこの自分のまわりにさえも遠慮会釈なく飛び交うようになった昨今、乗り遅れるな、これからはそういうAIの時代なんですよ、と開いた瞳孔丸出しに煽ってくれるいまどきキラキラ目線な若い衆あんちゃんお…
● あらゆる批評、評論は「二次創作」だったりもする――前回連載の末尾で自分、どうやらうっかりととんでもないことを言っていたようです。 文字を「書く」ことというのが、あれこれ〈いま・ここ〉で自ら読み直しながらの手作業であるがゆえに備わってくるらし…
● 「『大衆文藝』とは人間の娯楽を取扱ふ文学ではない、人間の娯楽として取扱はれる文学である。文学を娯楽の一形式と仕様と企画するなら、今日の如く直接な生理的娯楽の充満する世に、人間感情を一たん文学に回収して後、文字によつて人間感情の錯覚を起さ…
このところ、「選挙」が立て続けに行なわれているなぁ、という印象があります。 夏の東京都知事選や自民党の総裁選、衆議員総選挙から、県議会全員一致の不信任案可決からの兵庫県知事選。なにせ国や地域、社会の行末を左右する大事な催しですから、新聞やテレ…
● 「さうだ。私達は、酒を呑むといふと、肩を怒らせものをぶッ叩きつゝ放歌高吟した高等學校時分の習慣を、再び完全に取りもどした。左翼思想に熱中すると共に、私どもの間には飲酒高吟の風が廢れ、そのかはり、眼にものを言はせたり耳語したりすることが流…
① 紀田先生の本で好きなものは何ですか(タイトル、ジャンルなど複数回答可)。できれば理由や感想もお答えください。 ② 紀田先生に注目したのは何からでしたか。思い出などあれば、お聞かせください。 ③ 卒寿を迎える紀田先生へ寄せて何かありましたら、お…
● 本というやつ、残念ながらやはり、時代のうしろへと繰り込まれてゆきつつあるようです。 書物といい、書籍と呼び、いずれそれら漢語の画数の多い語彙にするとなおのこと、何やら重々しさも感じる字ヅラにもなるわけですが、日常的にはまず「本」、これ一発。…
● 具体的なブツとしての「本」、という話になっていたので、そのあたりからもう少し。 昨今、「本」もまた、これまでとはまたひとつ異なる形のブツになっています。いまどき流行りのもの言いで言えば「転生」でしょうか。そう、あの電子書籍というのが、すでに…
「敗戦」から79年、ざっと80年という時間が経過したことになりました。1945年から2024年――なるほど、われらが生きるこの21世紀というのは、そのように淡々と、ある種冷酷なまでに〈いま・ここ〉、であります。 この時期、毎年、新聞やテレビで「あの戦争」に関…
● 「単独名義としては20年ぶり」という一節を眼にして、一瞬、息を呑んだ。 送られてきた書店向けの宣材のゲラ。いまどきのこととてメイル添付の電子媒体なのはともかく、いや、ちょっとそれはみっともないのでご勘弁を、にしてもらったんですが、でも、考え…
● 読み手であり書き手でもあるような主体、それが行なう実践としての「読む」も「書く」も、同じ生身の個体によって行なわれる営みであるがゆえに、「私」の個的なものであると同時に、「公」の社会的なものとしてもある。そして、そのような実践に際して彼なり彼…
● 「うた」は、ことば抜きに成り立ち得るものか――ああ、こういう問いはいつも、おいそれとすぐに片づけて始末してしまえるものではない分、どんなに脇の見えないところに取り置いて忘れたつもりにしていても、何かの拍子にひょい、と眼の前に転がり出てきて…
歳をとって大人になるにつれて、自分以外の人間がふだんどういう暮らし方をして、どうすごしているのか、日常生活での立ち居振る舞いについて具体的に目の当たりに確かめる機会がなくなってくるものらしい。いまさら何を、でしょうが、実質無職隠居の日々に…
● 「書く」と「読む」、その同時進行の過程においてこの生身の裡に宿るものは、この場で縷々執着してきているような「うた」の本質および本願、言葉本来の意味での人間的な、生身を生きねばならぬ存在ゆえの営みにうっかり根をおろしているものでもある。「読む」…
● 使うべき言葉やもの言い、道具としてのそれらをひとつひとつ丁寧に意味と紐付けて「定義」してゆき、その上であたかも煉瓦やブロック、機械の部品を手順に沿って組み立ててゆく、そんな言葉の作法、少なくとも書き言葉において文章としてつむいでゆくことが…
*1 この3月末日をもって、札幌国際大学を定年退職することになりました。ここ数年、裁判沙汰であれこれお騒がせもしましたが、まあ、これでひとまずの区切りということになります。*2 まず、真っ先に考えてやらねばならなかったのが、この間、大学に「拉致」…
*1 *2 長谷川伸のまわりからは、戦後の中間小説から歴史小説などの新たな読みもの文芸の市場が拡がってゆく中、何人もの書き手が巣立ち、羽ばたいていった。巷間「長谷川部屋」などとも呼ばれていたという彼のまわりの勉強会だが、のちの新鷹会、もともとは…
*1 *2 競馬を題材にした創作は、何も小説の類に限らずそれぞれの創作・表現ジャンルにすでにそれなりにあるけれども、ギャンブルとしての競馬に合焦したものが多く、また多いがゆえに定番でそれだけ陳腐な定型になってしまっているところがある。織田作のこ…
*1 *2● およそ「文学」と正面切って掲げられているものやこと、いや、はっきり言えばそのあたりに好んでへばりついているとしか思えないような人がたそのものもだが、いずれ、そういう界隈に縁のないまま生きてきた自分にとって、それでもなお、いいよなぁ、と…
*1 *2● 小説家が儲かった時代、というのがある。いや、あった、と過去形にした方が、すでによくなっているのかもしれないのだが。 売文渡世として書きものを換金できるようになる。それが持続して「食えるようになる」というだけでなく、まさに一攫千金、常…
*1 *2● 書き手としての富士正晴というのも、これまた、なかなかに好もしい。いや、それどころではない、すさまじく、かつ手に負えない。それでいながら、なお好もしい。そういう書き手は、いや、ほんとうに稀有なのだ。 男の側から性欲というものを言語化し…
*1 *2● 中山正男といっても、覚えている向きはこの令和の御代、まずないのだろう。ましてや「文学」の世間では、さらに輪をかけて見事になかったことにされているはず。事実、今回この企画で採る作品の版権処理をしてもらう過程で、この中山正男だけは著作権…