原稿

「国際情勢」を語る話法、その静かな変貌

一時期、やたら取り沙汰され、とにかく理屈抜きにいいもの、正しい方向として喧伝されてきていた、あの「国際化」とか「グローバル化」といったもの言い、スローガンも、さすがにもう胡散臭いものというイメージがつきまとうようになってきたかも知れません。…

読み書きと「わかる」の転変

● 最近、おそらくは老化がらみでもあるだろう事案ですが、あれ、これはひょっとしたらヤバいかも、と思っていることのひとつに、「横書き」の日本語文章が読みにくくなっているかもしれないこと、があります。 いや、読むのは読めるんだけれども、腰を据えて…

八代亜紀「うたに感情を込めない」、のこと

*1 *2● 1月10日のスポーツ紙朝刊、八代亜紀の訃報が、まるで阪神優勝の勢いで特大の色刷り活字の見出しの乱れ打ちと共に右へならえ、横並びの潔さで躍っていました。 ああ、それほどまでに、本邦スポーツ紙の想定読者層にとっての八代亜紀、いや、より丁寧に…

和解成立に際して (記者会見リリース)

*1 2020年6月29日付けで、札幌国際大学より「懲戒解雇」を申し渡されました件について、本年2023年2月16日に札幌地方裁判所で出された一審判決を不服として大学側が提訴していた控訴審ですが、本日、大学側との和解が成立しました。 和解内容、および和解に…

「詩」とは、あたりまえに「うた」であった

● 前回、「美術」「芸術」に対して、ずっと抱いていた敷居の高さのようなものについて、少し触れました。せっかくなので、そのへんからもう少し、身近な問いをほどきながら続けてみます。 あらためて思い返してみれば、同じような敷居の高さ、距離感といったも…

池田大作 (本当に)死す

池田大作氏が、本当に亡くなったようです。 自分などはやはり、かつて「折伏」を介してさまざまに物議を醸しながら精力的に布教活動をしていた頃の創価学会の印象が、当時のさまざまな事件や挿話などと共に、未だに強くあります。その後、公明党を介して政界に…

「美術」「芸術」から「コンテンツ」へ至る道行き

● 期せずして無職隠居渡世に突然なってしまったことで、それまで気になっていてもなかなかあらたまって読むこともできなかったような分野の本――もちろん古書雑書ですが、これもまあ、ある種の怪我の功名というのか、日々の仕事にまぎれて敷居の高かったそれ…

「音楽」の転生・転変、その現在―「NOT OK」からの不思議

● 同時代のうた、眼前の〈いま・ここ〉に流れている最新の、いや、そうでなくても、ある程度いま、商業音楽として市場に流通しているいまどき流行りの楽曲に、おのれの耳もココロも反応しにくくなってしまうことは、加齢の必然と半ばあきらめてしまっていま…

Blue Collar Aristocrats : Life Styles at a Working Class Tavern ……① まえがき

Blue Collar Aristocrats Life Styles at a Working C作者:Lemasters, E. E.University of Wisconsin PressAmazon まずは、例によっての言い訳から。 翻訳を引き受けたものの、なんだかんだで延々お手玉せざるを得なくなり……あ、いや、正直に言えば、ただた…

鼻歌、ということ

● 鼻歌をうたう、という身ぶり、あるいは日常生活上のちょっとした癖みたいなものでしょうか、いずれにせよ、そういうしぐさもまた、昨今見かけなくなったもののひとつかも知れません。 たとえば、『あたしンち』という、けらえいこのマンガに出てくるおかあ…

「生きもの」を扱う仕事、のこと

● 「生きもの」を扱う仕事というのが、世の中にはあります。というか、あたりまえにありました、少し前まで、ある時期までは。 「生きもの」というと、身近なところだと犬や猫、昨今は兎やハムスターなども含めた、いわゆるペットとくくられる小さな動物を、人…

「孤立」とうた、自意識の解き放たれ方

● 歌は世につれ、世は歌につれ、というもの言い、玉置宏の発案と言われてますが、その真偽はともかく、そこで言われているような、世の中と「うた」とが自明にがっちりからみあい、共に存在するという認識自体、もしかしたらすでに静かに歴史の向こう側に退…

「上げ馬神事はかわいそう」一辺倒に疑問 

*1 元競走馬に約2メートルの土壁を駆け上がらせる三重県桑名市の「上げ馬神事」について、動物愛護法違反の疑いがあるとして6月、県警に刑事告発された。 5月の神事で1頭の馬が脚を骨折し、その後殺処分とされたことなどからSNS上で批判が噴出。奉納先の多度…

「上げ馬神事」の事故について・雑感

*1● 馬を2mほどの高さの、ほとんど「壁」に等しいところ駆け上がらせる。というよりも、人間たちがまわりで寄ってたかって囃し立て、無理にでも押し上げるのが見せ場になっているという神事が、警察に告発されたという件について、言っておかねばならないこと…

文字/活字の〈リアル〉視聴覚系の〈リアル〉

● そう言えば、 「盛り場」という言い方も、最近はあまりされなくなったようです。 飲み食いから夜は酒やオンナなども、そしてそれに伴いさまざまな興行もの、その時その場所での「上演」を属性とするような「消費」が、場合によっては24時間体制ですら準備され…

「娯楽」と「ジャーナリズム」の関係、その他

● かつて――と、もう言ってしまっていいのでしょう、「アカデミズムとジャーナリズム」という対比で語られるのがあたりまえに「そういうもの」だった、そんな言語空間と情報環境が本邦の〈いま・ここ〉にありました。 それがもう「かつて」と呼んで構わない程…

対談・いまどきの大学、その難儀な現状

*1大月 この春に、恵泉女学園大学、神戸海星女子学院大学、上智大学短期大学部が学生募集の停止(恵泉と神戸海星は来年度から。上智短大は2025年度から)を発表したというニュース、いやあ、他人事ではないなあという気がしましたね。この3つはいずれも…

「学校」問題、という難儀

世に、「学校」問題というのがあります。 「教育」問題、と翻訳される場合もあり、また「子供」「青少年」問題といった色合いが強調される場合もあり、さらに、対抗的に「家庭」が補助線として加えられることもありますが、いずれにせよ「学校」が、それらの問題設…

「視聴覚文化論」、その未発の可能性

● 視覚と聴覚、という話から、もう少し続けてみます。情報環境の遷移とその裡に宿っていった生身の意識や感覚について、情報化社会と視聴覚文化、といった補助線から、例によっての千鳥足でゆるゆると。 情報化社会を語ることは、映像情報の大量化を語ること…

大学という場所の現在

*1 ● 大学への信頼が、地に堕ちています。 大学だけではない、そこで行われている講義や演習、いずれ高等教育として行われているはずの「教育」の内実から、まず胡散臭げな眼で見られるようになっている。と同時に、大学という場のもう一方の重要な使命とされ…

「視覚の優越」と「耳の快楽」

● とある体育系の某教員談。授業で身体動かすBGMに嵐のオルゴール曲を流してたら、学生が「センセ、嵐の声聞きた~い」と言ってきた由。 歌詞を、ではなく、だから「ことば」ではない。あくまでも「声」、音響としての音声を聴かせて欲しい、という意味らし…

「無法松の一生」のこと

*1 先日、三浦小太郎さんが、かつて自分の書いた「無法松の影」という本をとりあげて、えらくほめてくださっていたんですが、それを受ける形で、今日はその素材になった「無法松の一生」の話をしろ、ということなので、少しお話しさせていただきます。 というの…

記録する情熱と「おはなし」の関係

● わだかまっていた厄介事に、とりあえずの決着がつきました。 とは言えその間、2年9ヶ月という時間が、それもおのれの還暦60代という人生終盤、予期せぬめぐりあわせの裡に過ぎ去っていました。 大学という日々の勤めの場が、たとえ北辺のやくたいもない…

地裁判決に際して (記者会見リリース)

*1 2020年6月29日付けで、札幌国際大学より「懲戒解雇」を申し渡されました件、また、それに対し同年7月13日付けで、札幌地方裁判所に対して地位保全及び賃金仮払いの仮処分命令の申し立てをした件に続き8月28日付けで札幌地方裁判所に民事提訴した件、「懲戒…

「私小説的読み方」の習い性、について

● 晴耕雨読、と言えば何やら優雅にも響く日々、すでに死語になっている「悠々自適」「楽隠居」といった語彙と共に、馬齢を重ね、紆余曲折を経てきた果てにおのれを知った身の、ある意味理想としての日常を想起するでしょうが、当然、昨今はそんな呑気なものでも…

渡辺京二と上野昂志、「思想史的知性」と主体の毅然

● 渡辺京二が、亡くなりました。敬称や敬語の類を使うのはこういう場合、自分としては理路の調律にさわるところがあるので、敢えてそれらは割愛します。 渡辺京二とは、「最後の人」でした。これは、自分が勤めていた大学で、彼が晩年、全国区の固有名詞として…

耳の〈リアル〉と「事実」の関係

● 大正12年の秋、というと、あの関東大震災が起きた年の、まさにちょうどその頃、ということになります。ただし、これは被災地東京ではなく大阪でのこと。当時、朝日新聞社企画部にいた高尾楓蔭が、ひとりのアメリカ人を会社に連れてきました。この高尾楓蔭…

作家の音読と朗読、「読む」と「書く」の関係

● いわゆる作家が自分の書いた作品を同人誌の仲間に披露する時、自ら原稿を朗読する習慣が、かつてあたりまえにあり、そしてそれはずいぶん後まであったらしいことは、以前も何度か触れました。それは小説であっても、それこそ流行歌の歌詞においても、それ…

「団塊の世代」と「全共闘」㉖ ――「大学」の衰退、戦後の終焉の風景

●大学という場の磁力、日本人の退嬰化 ――大学自体、そういう「教養」をわが身に紐付けて形成してゆくような教育を、最近はもうしていませんし。 そう、ただ昔から大学は、そういう教育をしていたとしても、それは一般的な教養教育にすぎないんであって、制度が…

「団塊の世代」と「全共闘」㉔ ――オンナの自意識、教養主義の残映

●女の自意識、戦後フェミニズム ――明治、大正、昭和と、女の欲望、自意識も変わってきます。女に自意識どころか性欲がある、なんて当時としてはとんでもない話だったわけですよね。 俺の子供の頃、母親の「主婦の友」の性の悩みコーナーとか見ても、女に性欲…