聞書

「私小説的読み方」の習い性、について

● 晴耕雨読、と言えば何やら優雅にも響く日々、すでに死語になっている「悠々自適」「楽隠居」といった語彙と共に、馬齢を重ね、紆余曲折を経てきた果てにおのれを知った身の、ある意味理想としての日常を想起するでしょうが、当然、昨今はそんな呑気なものでも…

北海道における鳥獣店の歴史について・ノート

1. いま「鳥獣店」に着目する理由 ここで言う「鳥獣店」とは、かつては「小鳥屋」などと呼ばれていた、市井の「生きもの商売」のひとつである。文字通り「小鳥」を中心として、それを「趣味」として私的に飼うことを目的とした一般顧客に売買することを主に…

年齢62歳。職業、騎手、なお現役――山中利夫

● 7月31日、金沢競馬場第5競走。C3四組1,400?、11頭立て。 11頭の出走馬たちののべ出走回数、1010回。一頭あたり平均出走回数、91.8回。若い4歳馬二頭を除くと、106.8回。つまり、あれだ、かのハルウララ級がずらり並んでいる、そんな競馬だとまずおぼしめ…

スターター吉田 高知競馬広報担当

広報は一年目ですが、以前にも八年やってましたんで一度管理とか業務とかまわってたんです。発走委員もやってて、研修で馬に足踏まれて手術もしました。 いちばん忙しかったのは、百戦目の前ですかね。一週間前くらいから二分に一回携帯が鳴ってました。事務…

宗石 大 高知競馬調教師

三日ほど寝込んでたんですわ。その間、あんまにも三日行って、まあ、十日ほどして何とかなおったんですけど、またそしたら取材が来るでしょ。ちょうどウララのレースがいつもずっと98戦くらいまでは8頭も9頭も使うめぐりあわせになってて、時間に遅れた…

前田英博 高知競馬管理者

まず、高知競馬はこのままなんもしなかったら確実に悪くなっていく、と。売り上げはすぐに伸びないから、話題づくりで非常に苦労してましてね。騎手か馬かで話題をつくらんといかん、と常にわたしは言うておったんですよ。それで、イブキライズアップという…

日高生産牧場 聞き書き

● G1なんて、普通に牧場やってて取れるなんてこと、まずないっしょ。中央だって美浦と栗東でいくつも厩舎あるけど、牧場なんて千軒も千何百軒もあるんだよ。G1どころじゃない、中央の重賞取ること自体がまず宝くじにあたるようなもんだし。〇 G1なんて…

「マル地」でGⅠを戦えた頃――聞き書き・橋本善吉氏

*1 思えば、GⅠという響きが特別なものになったのはいつ頃からだったろう。 グレード制の導入以前、今でいうGⅠにあたる重賞はもちろんあったけれども、だからといって、それらの全部が今みたいに大層なものだったわけでもない。 たとえば、いい例が安田記念…

「江田島」の青春――2003年、春

*1 ● 「江田島」と聞くと海軍兵学校を思い浮かべる僕など、今どきの三十代としてはちと変わっている類なのだろう。それでもやっぱり「江田島」だもの、緊張する。 五月末のある朝、僕は江田島の海上自衛隊幹部候補生学校にいた。掃き清められた営内で朝の朝…

Oさん 家畜商

*1 なんだかんだ言っても馬の世界じゃ殺しってまずないんだよね。扱う額は不動産と変わらないような単位なんだけど、夜逃げしたとか監禁されたとかって聞いても、殺されたって話は聞いたことない。また殺したらカネ戻ってこないしね。 昔の道営競馬はノミが…

中津競馬場・聞き書き ⑤

● Iさん(I調教師未亡人) お父さんの代から騎手、調教師です。でも、うちの主人(厩務員) は、三年五カ月前に四十七歳で亡くなったんです。子どもたちは男の子四人ですが、大井で厩務員やってます。次男が佐賀で厩務員、三男が佐賀で騎手と、みんな競馬の仕…

中津競馬場・聞き書き ①

●S調教師 中津はねえ、よその競馬場に比べたら、ほんとに仲いいですよ。ちっちゃいせいもあるんでしょうけど、いがみあいとかないですね。もし、馬の仕事ができたらそれが一番好きやし、馬でまだ仕事ができるんなら、そりゃあ雇ってもらいたいです。そういう…

中津競馬場・聞き書き ③

*1●Tさん。61歳。 もう、25,6年この仕事やってます。前の仕事はバスの運転手やってました。なりゆきで競馬場に入ってきたんです。競馬は好きでしたね。もともと、東京にいたんですよ。大井あたりで、よう競馬しよったです。田舎がこっちやから帰ってきた…

中津競馬場・聞き書き ②

*1 ●H調教師 最初に騎手免許もろたんが、昭和27年の10月。八幡競馬場の時代ですね。今はもう、みんな忘れとるだろうけど、八幡に競馬場があったんですよ、本城ってところに。折尾の方に近いところです。電車でおりるところは陣原ですか。そこで免許をと…

中津競馬場・聞き書き ④

●N調教師、72歳。 この仕事を始めて、もう50年くらいになるかな。 最初は18の時かな、群馬県の高崎で修行しました。高崎の大島厩舎というところでしたね。*1生まれも群馬。家はサラリーマンで馬とは関係なかったんだけど、競馬が好きだから競馬場に遊びに行…

『全共闘白書・資料編』への疑念

いろいろと物議も醸した『全共闘白書』(新潮社)の、そのもとになったアンケートの全てをまとめたものが出た。『全共闘白書・資料編』と銘打ってあるが、版元は今度は新潮社でなく、「プロジェクト猪」名義での自費出版という形になっている。母数五千人弱…

民俗学者(下)――赤松啓介さん

なるほど、同じ学生と言っても、昭和初年の「学生」は昨今のそれとは全く意味が違う。冗談ではなく今の大学院出の博士様ぐらいの感覚は一般にあったはずだ。 そういう“エラい”の代表のような学生が、これまた“エラい”の印である学生服に学生帽でもかぶってム…

民俗学者(上)――赤松啓介さん

「路上の達人たち」というタイトルで、永らくこの誌面をお借りしていろんな人の話を聞かせてもらってきた。 バナナの叩き売りの北園さんから始まって、「人間ポンプ」の安田さん、個人タクシーの坂口さん、鯨とりの川崎さん……などなど、移動する仕事、言わば…

うまや、にて――あるベットウのはなし

● 競馬ブームということもわざわざ言われないくらいに、もはや競馬は暮らしの中で“あたりまえ”のものになってしまった。 電車の中、若い女の子が競馬新聞を読む。あるいは、Jリーグのスタンドにでもたむろしてそうな「若者」たちが、カズやラモスやジーコや…

 太地の鯨とり……(下)

● 小浜さんたちの故郷、和歌山県東牟婁郡太地町は人口約四千人。熊野地方独特の入り組んだ海岸線に沿ってひっそりと入江の奥に片寄せあう町だ。 大阪からでも名古屋からでも、いずれにしても紀伊半島をぐるりと回らなければたどりつかない土地。新型車両の投…

太地の鯨とり……(上)

● 国際捕鯨会議(IWC)が開催されている京都駅駅頭。小雨混じりの天候の中、工事中のフェンスが複雑に張りめぐらされた駅前の広場に、男たちが並んでたたずんでいる。一様に小柄だが、ちょっといかつい身体つきが観光のコードでまとめられた街並みと微妙…

インタヴュー・渡辺文樹

● いきなり眼の前に現われた渡辺文樹は、入口からのっしのっしと大股で近ずいてきた。そして、大きな声でお国なまりの挨拶一発。 「いやぁ、遠いところわざわざ来てもらって、悪かったねぇ」 福島市内、小さいけれども去年建ったばかりとかでまだ真新しい映…

ドブ板通りの生き字引――藤原 晃さん

*1 *2● 夕暮れ時、メインゲートの前には三々五々、何人かずつのグループになった女の子たちがどこからともなく集まり始めていた。 いずれも歳恰好からして十七、八から二十歳そこそこといったところ。学生と言われれば学生に見えるし、家事手伝いと言われれ…

高橋喜一郎 聞書――天体望遠鏡「TS式」製造

Star Gazer という言葉が英語にはある。文字通りには「星をのぞく人」。だが、転じて、「現実離れした夢ばかり追いかける人間」というような、あまり名誉とは言い難い意味もあったりする。 白状すれば、僕もその Star Gazer ――言わば天文少年のはしくれだっ…

浅草イサミ堂 聞書

● 街がさびれる、という。だが、それは実はそう単純なプロセスでもない。さびれてゆくその途中で街もまたさまざまなかたちをとり、さまざまな経験をはらんでゆく。それは、有機物がゆっくりと分解し、かたちを変えながら最後また土に還ってゆくのにも似てい…

安田里美=人間ポンプ 聞書

● 関東平野の広さというのは、実は東京に住んでいる者にとってもあまりよく実感できないものだったりする。 山が見えない。川も伏流している。目標となるような建物も少ない。だから方向感覚が狂う。どっちへ行ってもただ広いだけ。同じような道が同じように…