思想

雨情は必ず「うた」にした

詩が「うた」であり、「うた」である以上、それは実際に声に出し「うたわれるもの」であったということは、今のように活字・文字を介して詩を「よむ」のがあたりまえだという認識になっていると、すでに気にかけることすらないままに忘れられている。同じく…

「うた」と言葉について

「木綿のハンカチーフ」にしても「ウエディング・ベル」にしても、未だそこまで自分の内面、やくたいもないこのココロの銀幕に鮮烈な印象を残しているらしいのは、単にその「歌詞」、言葉としてそこで歌われている言葉の意味内容においてだけでなく、それが具…

「カバー」ということ

「カバー」という言い方がある。特に音楽の、個々のうたや楽曲について言われるようになった印象ではある。元のうたや楽曲があって、それを元の歌い手やバンドとは別の人が歌ったり演奏したりする、そのことをさして言う言い方ではある、一応のところは。辞書…

「うた」と「うたう」の現在

「うた」というもの言いがある。 「歌」でも「唄」でもいいし、場合によっては「詠」や「謡」、「唱」なども、表記にせよニュアンス的にせよ、そのカバーする意味あいのうちに含まれてきたりする。不思議なことにそれらの一部はまた、「よむ」の方にもひっかか…

「奇跡の詩人」騒動は終わらない

「製造物責任」という言葉がある。企業が自ら生産したものが引き起こしたできごとに対して負う責任のことだ。「モノ」を生産するメーカーに適用される言葉だが、近年、いわゆるマスコミなどの情報産業についてもこの「製造物責任」が問われるべきでは、とい…

稼業としての書評、本読むことのいまどき

古本屋に入ると、その値崩れ具合に愕然とすることが最近、よくあります。 給料をとっていた頃は、それこそ稼ぎの大半を古本に突っ込んでいたこともあって、やくたいもない雑本ならば佃煮にできるほど抱え込んでいますが、そうやって培ったはずのなけなしの相…

「論争」がなくなったワケ

*1 最近、論争というのが表立ってなくなっちまって久しいですねえ。 どうしてこの論争がなくなっちまったのか、以前、あたしゃ総括して説明したことがあります。はしょって言えば、そんなことやらかしたってトクにならない、ってことをみんな気づいちまった…

猪瀬直樹というキャラ

*1 ルポだのノンフィクションだのといったジャンルのもの書きが、「全集」や「著作集」だのを出したがるようになったら、ひとつもう寿命は終わり、というのが、かねがねあたしの持論であります。 というのも、ここ十年足らずの間にそういう方面の「全集」「…

「新・教養主義」の昂揚ぶり

街をぶらぶらしていて、見つけた古本屋にふらっと入るのが楽しみ、でした。 でした、と、過去形にしたのには、少しばかりワケがあります。 大学を辞めてこのかた、不見転で古本をうっかり買い込んでしまうような財布の余裕がなくなったことがひとつ。もうひ…

匿名批評の伝統

書評、というのとはちと違いますが、でもやはりこれは「批評」とか「評論」界隈でのそれなりに大きなできごとだと思うので、触れさせて下さい。産経新聞の名物コラム欄「斜断機」が、この三月いっぱいで終了したんですね、これが。 もともとは匿名の批評コラ…

「若さ」で世の中は変わらない

政治もまた芸能である、というのは、あたしの持論であること、それは前回も申し上げました。 例の鈴木ムネヲの「馬一頭」の美談にしても、そういう芸能の脈絡で見たらそれなりの背景とか文脈がある。あるんだけれども、ただ、それをきちんと評価する観客も、…

「立花 隆」のつくられ方

*1 メディアが英雄を作り出す手癖、というのがあります。 英雄、というのが大げさならば、うっかりとあらぬところに人を祭り上げてしまうからくり、とでも言い換えてもいいでしょう。 何も今に限ったこっちゃない。人が言葉と意味の動物であることを始めた昔…

書評・中沢新一『フィロソフィア・ヤポニカ』

フィロソフィア・ヤポニカ 作者: 中沢新一 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2001/03 メディア: 単行本 購入: 1人 クリック: 6回 この商品を含むブログ (18件) を見る *1 一連のオウム事件A級思想戦犯中沢新一、堂々の非転向宣言、であります。ほれ、この通…

民主的「制限選挙」を考える

*1● 今から六年前、アントニオ猪木が初めて出馬した八九年の参院選の時に、戦後選挙史上例を見ない大量の無効票が出た、という話がまことしやかに語られたことがあります。 この、事実かどうか普通の人には容易に確認できないという意味ではまごうかたなく噂…

本多勝一事件顛末詳細

仕事としてのスジは通した。あとはケンカだ。 毎日新聞の水曜日の夕刊に連載している「大月隆寛の無茶修行」でのインタヴュー原稿をめぐって本多勝一氏との間で起こったいざこざについて、“こちら側”から見た経緯をまず述べる。他人のケンカのいきさつをくど…

「歴史」をほどく耳――解説・平岡正明『耳の快楽』

*1 平岡正明オン・エア 耳の快楽作者:平岡 正明メディア: 単行本 初対面は品川駅の構内、京急デパートの一角にある喫茶店だった。慶応の学園祭でのDJ形式の講演会の評を、仲間うちに向けた小さなニューズレターに書いた。それをどこからか手に入れた『サン…

「まるごと」の可能性――赤松啓介と民俗学の現在

*1 *2 ―― 形而上学者にとっては、事物とその思想上の模写である概念とは、個々ばらばらな、ひとつずつ他のものと無関係に考察されるべき、固定した、硬直した、一度あたえられたらそれっきり変わらない研究対象である。形而上学者はものごとをもっぱら媒介の…

「場」の可能性について・ノート――「調査」と記述の間に横たわる病いを超えるために

*1 *2 *3 「場」とは何か。 それは、ここからここまで、というように常に均質な距離や範囲として計測器具で測定可能な具体的な領域のことではない。 また、それぞれ独立した単体の物質として分節された「もの」たちが凝集して形づくられている可視的なまとま…