思想

ウクライナの「うた」、五木寛之の記憶

● いまどきの情報環境のこと、無職で隠居に等しい身の上で、外へ出て人と会う用事なども基本的になく、それこそ日々ひきこもりに等しい生活をしていても、世の動きや動静は文字に限らず画像、映像、動画に音声、いずれそれら各種「情報」として平等に、なんだ…

「みんな」と「大衆」・小考

● ラジオやレコードなど、「飛び道具」の登場してきた情報環境における「うた」の転変の周辺を、例によっての千鳥足で経巡ってきていますが、今回はちょっと迂遠な話を。それらの千鳥足の道行きの背景、書き割りの部分の整理という感じで。 「広告・宣伝」が、…

三木鶏郎にとっての「うた」の戦後

● 「広告・宣伝」に使われる音楽と、「流行歌」として半ば自然発生的な過程も含めて作られてくる音楽との間には、当時の同時代気分として大きな違いが、それなりに感知されてはいたようです。そしてまた、それらと「歌謡曲」として作られる音楽との間にも、また…

ラジオドラマのモダニズム&アメリカニズム

● 改めて言うまでもない、「うた」が生身に宿る、それは人間にとって自然な感情表現のひとつのかたちでした。おそらくそれは、時代の違いや文化、民族の差などを超えた人間本来、天然の本質といったところがあったはずです。 ただ、それが人の耳と口を介して…

対談・朝倉喬司・頌

*1 現代書館から『朝倉喬司芸能論集成』が刊行された。ルポライター・朝倉喬司氏(1943~2010)の芸能関係の文章を集めた968頁の大著である。刊行を機に、編集委員会のメンバーである、株式会社出版人代表の今井照容氏、民俗学者の大月隆寛氏に対談してもら…

『夢とおもかげ』の時代

敗戦後、流行歌は世相と結びつけられ、語られるようになりました、それまで以上にあたりまえに。「歌は世につれ、世は歌につれ」というあの有名なもの言いも、玉置宏が自分の番組で使い始めたのが、一説には昭和33年とか。この「世相」と「流行歌」の関係があた…

本邦いまどきの「ポリコレ」・考

● 明らかに何かがおかしい。いや、前からおかしくなってきているのは確かでしたが、ここにきてまたそれが一段と加速、もはや何か取り返しのつかないところにまで事態の底が抜けて、見渡す限り何やら煮崩れ始めたような印象です。 他でもない、昨今「ポリコレ…

「作詞家」と「作詞」の今昔

● 「作詞家」という肩書きも、もうあまり見かけなくなった。 いや、商売としては現存しているのだろうが、それが仕事の肩書きとして眼に触れる機会が少なくなったというだけのことなのか。web検索を叩いてみると、それら「作詞家」志望をあてこんだとおぼしきサ…

「歌謡」と「曲」の来歴

● 戦前、ざっと大正末期から昭和初期にかけて、「童謡」と「民謡」はうっかり隣り合わせになり始めていた。そこでは「童」と「民」、つまり「子ども」と「民衆」≒普通の人々が、共に「謡」≒「うた」を媒介としながら、文字・活字ベースの情報環境で編制された〈知…

雨情は必ず「うた」にした

詩が「うた」であり、「うた」である以上、それは実際に声に出し「うたわれるもの」であったということは、今のように活字・文字を介して詩を「よむ」のがあたりまえだという認識になっていると、すでに気にかけることすらないままに忘れられている。同じく…

「うた」と言葉について

「木綿のハンカチーフ」にしても「ウエディング・ベル」にしても、未だそこまで自分の内面、やくたいもないこのココロの銀幕に鮮烈な印象を残しているらしいのは、単にその「歌詞」、言葉としてそこで歌われている言葉の意味内容においてだけでなく、それが具…

「カバー」ということ

「カバー」という言い方がある。特に音楽の、個々のうたや楽曲について言われるようになった印象ではある。元のうたや楽曲があって、それを元の歌い手やバンドとは別の人が歌ったり演奏したりする、そのことをさして言う言い方ではある、一応のところは。辞書…

「うた」と「うたう」の現在

「うた」というもの言いがある。 「歌」でも「唄」でもいいし、場合によっては「詠」や「謡」、「唱」なども、表記にせよニュアンス的にせよ、そのカバーする意味あいのうちに含まれてきたりする。不思議なことにそれらの一部はまた、「よむ」の方にもひっかか…

『質的心理学辞典』項目 4点

*1 *2質的心理学辞典 (新曜社)作者:能智 正博 (編集),香川 秀太 (編集),川島 大輔 (編集),サトウ タツヤ (編集),柴山 真琴 (編集),鈴木 聡志 (編集),藤江 康彦 (編集)新曜社Amazon写実的物語 ヴァン=マーネンがTales of the Field(1988)で分類、提示した、エ…

書評・川北稔『イギリス近代史概説』

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)作者:川北稔講談社Amazon 日本は最近、新衰退国 (new declining country) などと呼ばれているが、イギリスは半世紀近く前から「衰退国」といわれてきた先輩だ。衰退とはどういうものかを学ぶには、本書はいい教材だろう…

「保守」の再生って?

● 「保守」の再生が、改めて叫ばれています。 言うまでもない、わずか半年足らずでどうやら予想を超えてどうしようもないところにまで墜ちてしまった、昨年総選挙以降の今のこの「日本」の状況、「民主党ファシズム」とまで言挙げする向きまであるのも洒落に…

大正初期浪曲雑誌の一動向――『正義之友』から『駄々子』を素材に

*1 *2 *3 ――この間初めて一席ぶっ通して聞いたがね、妙なもんですな、浪曲って奴は。なんとなく憎めない駄々っ子といった感じですな。古い浪曲の範疇に属する語り手なんだろうが文句なんか相当デタラメが多い。それでも糞ッと思えない所がなんとも妙だ。 *4 …

「リベラル」考

リベラル、というもの言いは、未だによく使われる。 進歩派とか良識派、というのはさすがにもう古色蒼然、まして自由と民主主義を正面から唱えてみせるには、昨今その対極にあったはずの社会主義や共産主義の類があまりにグズグズになり過ぎてしまった。思想…

文科系の終焉について

学問は、すぐ世の中に役にたつものではないということをよく哲学者は口にするのであるが、しかしながらいくつかの需要が個々にあれば、少なくもいちばん目前のもっとも痛切な要求に答えうることを、まずもって学びとらなければならない。 ――柳田国男 ● いま…

書評・斉藤孝『スポーツマンガの身体』

スポーツマンガの身体 (文春新書)作者:齋藤 孝文藝春秋Amazon マンガはすでに日本人の一般教養である。かつての浪曲がそうだったように、戦後の日本人のものの見方、考え方を形成してきたメディアのひとつになっている、それは間違いない。そういう意味で、…

小谷真理vs.山形浩生事件(笑)、はこう読め!

*1 ああ、キモチ悪ィ。二日酔いの胃袋にバリウムをむりやり五リットルくらい流し込まれたみてえなキモチ悪さ。胸やけしまくって吐き気がとまらねえや。こうなるのがわかってたから実はこの原稿だけは、仕込みだけはずっとやりつつ、テキストにするのが剣呑で…

田嶋陽子、かく闘えり!(笑)

しかし、これほど世間に注目された選挙も近年、珍しかったのではないでしょうか。いや、ほんとに。 他でもない、先の統一地方選挙で神奈川県知事候補に名乗りをあげた田嶋陽子センセであります。 この御仁については、もう説明なんぞ不要でしょう。考えなし…

「現場」ということ

*1 ● 肩書きに「学者」とある。ああ、本を読むお仕事で、と言われる。 もちろんそうだ。しかしそれだけがすべてでもない。 情報化社会とひとくくりにされる錯綜した との現実の中では、文字はひとり文字だけで幸せに存在できるわけでもない。それが学聞と呼…

「奇跡の詩人」騒動は終わらない

「製造物責任」という言葉がある。企業が自ら生産したものが引き起こしたできごとに対して負う責任のことだ。「モノ」を生産するメーカーに適用される言葉だが、近年、いわゆるマスコミなどの情報産業についてもこの「製造物責任」が問われるべきでは、とい…

稼業としての書評、本読むことのいまどき

古本屋に入ると、その値崩れ具合に愕然とすることが最近、よくあります。 給料をとっていた頃は、それこそ稼ぎの大半を古本に突っ込んでいたこともあって、やくたいもない雑本ならば佃煮にできるほど抱え込んでいますが、そうやって培ったはずのなけなしの相…

「論争」がなくなったワケ

*1 最近、論争というのが表立ってなくなっちまって久しいですねえ。 どうしてこの論争がなくなっちまったのか、以前、あたしゃ総括して説明したことがあります。はしょって言えば、そんなことやらかしたってトクにならない、ってことをみんな気づいちまった…

「新・教養主義」の昂揚ぶり

街をぶらぶらしていて、見つけた古本屋にふらっと入るのが楽しみ、でした。 でした、と、過去形にしたのには、少しばかりワケがあります。 大学を辞めてこのかた、不見転で古本をうっかり買い込んでしまうような財布の余裕がなくなったことがひとつ。もうひ…

匿名批評の伝統

書評、というのとはちと違いますが、でもやはりこれは「批評」とか「評論」界隈でのそれなりに大きなできごとだと思うので、触れさせて下さい。産経新聞の名物コラム欄「斜断機」が、この三月いっぱいで終了したんですね、これが。 もともとは匿名の批評コラ…

「立花 隆」のつくられ方

*1 メディアが英雄を作り出す手癖、というのがあります。 英雄、というのが大げさならば、うっかりとあらぬところに人を祭り上げてしまうからくり、とでも言い換えてもいいでしょう。 何も今に限ったこっちゃない。人が言葉と意味の動物であることを始めた昔…

フェミニズム、ってのがありまして……

かつて、フェミニズム、ってのがありました。 ました、って過去形にしてるのは、もう実態としては「イズム」なんて代物じゃとうになくなっちまってるってことを前提にしてるんですが。 ニッポンのフェミニズムってのは、基本的に「オヤジ」とセットで考える…