文学

「おりる」ということ――渡辺京二の方法意識について

――ひとりひとりの個の生は、こういう私化された小さな小宇宙の複合体であり、その複合体を鞏固な統一物と見せかけているものがもろもろの文化的観念的構築なのである。そして思想とは文学とはつねに、個的な日常の規定から、そのうえにそびえ立つ文化的観念…

「馬鹿」と「純情」――山田洋次『馬鹿まるだし』と戦後の民衆的想像力における「無法松」像の変貌

*1 ――小説を映画化するということは、その小説からエッセンスだけを抽出して、そのエッセンスをもう一度、映画として豊かに再展開して行くことですから、言ってしまえば、エッセンスが濃厚でありさえすれば、原作の小説がくだらなくたってつまらなくたって失…

平山蘆江の不思議―― 民俗学的知性とその身体に関する一考察 

―― 一般の人は、花柳界といふ名で特殊部落のやうにかたづけ、時としてさげすみさへするし、文人たちも花柳小説と呼んで外道のやうにあつかひ、花柳界の人たち自身も弱い稼業とか、水商賣とかいふ風に、自らを卑下したがるのだが、もっと眞實に、親切に見なほ…

いまどきまだ『はだしのゲン』で……

――素直に読むことだ。そして、素直に感動することだ。とってつけたような政治の言葉でそれを説明しないことだ。その時、作中人物に稚拙な政治的言葉しか語らせられない 中沢啓治のもどかしさも感じられるだろう。 呉 智英 ● 毎年、八月十五日を目がけて、わ…

解説・田澤拓也『虚人 寺山修司伝』

大学に入って二日め、とある芝居のサークルにまぎれこんだ。アトリエ、と気取った名前で呼ばれていた掘っ建て小屋の暗がりから、ねずみ色した重い鉄の扉をあけて出てきたのは、分厚いポックリにベルボトムのパンツ、センター分けの長髪を肩口から上腕くらい…

お立ち会い、田口ランディ、という「盗作=万引き」猿を、ご存じか?

*1 田口ランディ、という稀代のバカが一匹、ネットの居留地からうっかりとさまよい出て、ところかまわず臭い糞を垂れ流しては、世間サマに多大なご迷惑をかけております。 そりゃ何者かい、と問われれば、ひとまず「作家」「ルポライター」、と言っておきま…

稼業としての書評、本読むことのいまどき

古本屋に入ると、その値崩れ具合に愕然とすることが最近、よくあります。 給料をとっていた頃は、それこそ稼ぎの大半を古本に突っ込んでいたこともあって、やくたいもない雑本ならば佃煮にできるほど抱え込んでいますが、そうやって培ったはずのなけなしの相…

「論争」がなくなったワケ

*1 最近、論争というのが表立ってなくなっちまって久しいですねえ。 どうしてこの論争がなくなっちまったのか、以前、あたしゃ総括して説明したことがあります。はしょって言えば、そんなことやらかしたってトクにならない、ってことをみんな気づいちまった…

猪瀬直樹というキャラ

*1 ルポだのノンフィクションだのといったジャンルのもの書きが、「全集」や「著作集」だのを出したがるようになったら、ひとつもう寿命は終わり、というのが、かねがねあたしの持論であります。 というのも、ここ十年足らずの間にそういう方面の「全集」「…

匿名批評の伝統

書評、というのとはちと違いますが、でもやはりこれは「批評」とか「評論」界隈でのそれなりに大きなできごとだと思うので、触れさせて下さい。産経新聞の名物コラム欄「斜断機」が、この三月いっぱいで終了したんですね、これが。 もともとは匿名の批評コラ…

田口ランディ被害の1年

*1 二〇〇一年もはや、年の暮れであります。書評まわりの誌紙面でも例年、「今年のベスト10」とか「本年の収穫」とか、そういう企画がお約束。ただ、これってお祭りみたいなもんで、年末進行に合わせて行われるのが何よりいい証拠。この時期だと年の前半に…

大塚英志という病い

● 今はもうなくなっちまったけれども、かつてそれなりにカッコいい場所とされてもいた池袋のスタジオ200で、何やら連続講座をやっていた時のやつの身振りを思い出す。 借りてきたようなスーツ着込んでさ、片手に役人みてえなブリーフケース抱えてさ、教室…

猪瀬直樹というキャラ

*1 ルポだのノンフィクションだのといったジャンルのもの書きが、「全集」や「著作集」だのを出したがるようになったら、ひとつもう寿命は終わり、というのが、かねがねあたしの持論であります。 というのも、ここ十年足らずの間にそういう方面の「全集」「…

『失楽園』を嗤う

巷では『失楽園』がえらい評判だそうであります。 言うまでもなく、渡辺淳一サンのベストセラー小説でありますが、映画化されたものも昨今の日本映画には珍しい大ヒットとか。それはそれでまあ、結構なことであります。 ただ、小生こういう流行りものに対し…

坪内祐三のこと

*1 坪内祐三はお笑いタレントの江頭2:50に似ている。もの書きとして名誉だと思う。 実際に顔会わせたのはこれまで二回きりだけれども、そのたびに、あの江頭ばりのどこか困ったむく犬のような眼で正面から口ごもられて、何かとても悪いことをしたような…

Come On!柳美里

先月、連載の口あけで書いた柳美里サンのサイン会中止の一件に触れた原稿に対して、ご本人からきっちり因縁をつけられました。いやはや、店開き早々名誉なこってす。 抗議文の現物は今出ている『SAPIO』(小学館)に載ってますが、つまりは小林よしのり…

時代小説と歴史の関係について

*1● 歴史小説、時代小説と呼ばれるジャンルの表現が国民の大部分にとっての「歴史」意識を作り上げる上でどれだけとんでもない力を発揮したか。奇妙な話ですが、そのことについて「歴史」の専門家であるはずの歴史学者はもちろんよく理解していないし、と言…

カルチュラル・スタディーズ・考

*1 「カルチュラル・スタディーズ」というもの言いが、近頃目に立つ。 文芸批評あたりを発信地に、文学研究や美術史や社会学、文化人類学といった方面がより熱っぽい。いわゆる歴史学にしても近代史あたりにぼちぼちかぶれる手合いも出始めているように思う。…

花田清輝。負けた、ことの剛直。“若さ”は万能ではない。もちろん、今も。

こいつは負けた、と若い男が叫んだ。叫ばれた方の男は年かさだったが、“若さ”のまぶしさにただ目くらまされるほど単細胞でもなかった。その程度には修羅場をくぐった知性だった。だから、血の気の多さを諌めるような、はぐらかすような調子でその“若さ”をい…