『朝まで生テレビ』参戦顛末

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 たたずまいが雄弁に表現するなにものか、というのがある。とりわけ、それが生身の生きものだったりすればなおさらだ。

 忙しげにゆきかう男たちや、ある種の緊張を漂わせながらセットの裏でくつろぐ女性キヤスター、さらに、肉食動物のように電話に飛びついてことばを連射し続ける“敏腕"プロデューサー……岩場にしがみつくフジツポかカメノテのように深夜のテレビ局に棲起、する彼らを眺めながら、おいら確かにある感慨があつた。

 さる九月末、『朝まで生テレビ』の末席を汚した時のことだ。

 わが『俄』が多忙にかこつけてベタ遅れになっていたので、そちら方面の話題はそれぞれ世間の弩級メディアはもちろん、主義者周辺でもすでに友軍『流行神』紙上で浅羽“巣鴨の賢人"通明に篤実な批判とコメントを頂戴しているし、まあ、身近なところからもそれなりの感想やご意見、ご忠告などもぃただいている。いまさら、という感じもするけれども、ひとまずここはホームグラウンドでの総括をしておくのがスジというもの。ざつと要点だけかいつまんで提示しておきたい。


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 『朝まで生テレビ』そのものについては、オバタ“谷中の怪人"カズユキがずつとVTRなどでフォローしており、メディアの舞台におけるその性格と時期ごとの微妙な変貌などについて緻密な分析を続けてくれているおかげで、我々もその資料の恩恵に浴していたところもあつた。また、テレビに顔をさらす、ということについては、すでに去年、関西ネットではあるものの、YTVのK藤×N田という仕事師としてなかなか気持ちの良いコンビ両氏の口説きによって数回、同様の生一発撮り深夜討論もどき番組で経験済みではある。しかし、今回スタジオに足踏み入れて出演者や関係者のひしめく控室に座った瞬間、身にしみて感じたことは、ひとことで言って「あ、この場はロクでもないぞ」という直観であり、「ああ、そうか、やっぱこりゃテレビでもの言うってことは活字の原稿仕事とは全く別の次元の技術や手練手管を必要とするんだ」ということだった。

 実際、ああいう種類の抑圧は、同じテレビとは言え、去年のYTVでの経験ではあまり感じずにすんだような、おいらにすれば初体験の独特のものだった。静かに考えてみればそれは、ひとつには東京のキー局という要素もさることながら、やはりやり手のスタッフによる人気番組であることが大きかったろうし、もっとほどいて言えば、その人気を良くも悪くも支える仕掛けの軸にいるKプロデューサーと田原総一朗の身にまつわるある雰囲気にかなりの程度収飲させて説明してしまえるようなものだったと思う。ありていに言ってそれは、「ロクでもないJとしか言いようのないものであり、その「ロクでもないJに見合ったほどに徹底的に実利についた「プロ」のいやらしいまでの凄味だった.

 たとえば、事前に(麻原―オウム持ち上げ/幸福の科学叩き)という図式が制作サイドにあったのでは、という疑いについては、『流行神』紙上で浅羽が紹介したようにいくつかの状況証拠があげられる。本番中、ゼニカネの次元の話を徹底的に抑圧し続けた田原と栗本~西部ラインの「常連」包囲網の動静も、その意図はわからないが、何らかの事情があったのかも知れない、と勘ぐれるくらいにはその様子は不自然に高圧的ではあっ。その中で、あらかじめ「わけのわからぬ大暴れをしてからむ単細胞キンタマ主義の目立ちたがり若手インテリ」(つまり高偏差値のコミネつてことだよな、これ。あ~情けね~ッ)という一点においてのみ、ヤツにとってのおいらの存在価値があっらしいことも間違いない.

 本番についての分析と戦訓については、前述F流行神』紙上の浅羽通明の批判でほぼ尽きているので敢えて繰り返さなぃ。おいら自身の反省としても、浅羽の指摘したようなテーマ回復への一大反撃へ向かい得たかもしれないポイントをいくつか逃したな、という自党はある.ここは今後のために、そこから派生する反省をレジュメ風に投げ出しておこう.

 ●  あの種の番組の中でものを言うということは、あらかじめ組み立てられた図式の中で役割を(演じるのでなく)平板に示し続けるということ以上はまずできない。


 ●  そのような制約の中でなお「なにかきちんとものを言っている」という印象を与えるためには、対話のダイナミズムや議論の弁証法といった相互作用を前提にしたことばの作法では全くなく、むしろなぐり書きのプラカードをしつこく、時には相手のことばを遮るくらいのいやらしさで掲げ続けるような、ある一点だけで断言してしまう聞く耳持たないわがままな作法が必要である。国会答弁みたいなもんだ。


 ●  それらの作法を身につけるのは、もちろん才能や向き不向きもあるだろうが、しかしおそらくかなりの程度は「馴れ」といった部分に関わるようにも思われる。問題は、そのような作法をある程度身につけたとして、ことば本来の対話や議論の作法とそれはチャンネルをひねるように切り換えられ得るものなのだろうか、ということだ。具体的には、たとえば最近の栗本に典型的であり、時に西部においても見られるような「テレビ文化人」的ことばのずさんさ、上滑り加減から、場によってはきちんと人の話を聞き、応答してゆくような作法の水準に戻れるのだろうか、ということ一点だ。その回路が保証され得るという確信とその結果をある程度引き受けて良いという党悟がない限り、文字の人間がテレビというメデイアの場にやたらと顔を出すことは長い眼で見てやはり自殺行為である、という側面は未だ確固としてある.

 で、それでもなお、テレビの射程距離の作る「量」によって作られる現実というのが厳然としてあり、しかもそのような「量」の現実こそがこの国の「民主主義」を支えているらしい、というミもフタもない真実もあったりする。とすれば、その「量」を相手にする手練手管を持っているはずのヤツらの「ロクでもなさ」とは、おそらくそのような政治の場に関わる連中の身にういた雰囲気なのかも知れない.ああいう「ロクでもなさ」を引き受けてなお、ていねいにことばつむいでゆく作法を手離さずにすむやり口つて、現実にあり得るのだろうか、とさえおいら懐疑的になっちまった.

 そしてなおそこから先、今後どうするのか、どうしてゆきたいのか、ということが残る。う~ん、今のところはなんとも言えないけれども、少なくとも、だからと言ってむやみとテレビとテレビの射程距離を忌み嫌っていては馴れるものも馴れることができないってこともあるぜ、という程度には閉じてしまわないようにしたいという感じではあるのだ。それ以上はケースパイケース、個々の各論に任せるしかない。

 ま、最大公約数のもの言いとしては、いい勉強をさせてもらったってところではある。でも、それにしてはギャラが安かったなぁ。深夜不眠の拘束で手取り¥90,000だぜ! なるほど、テレビに出て食うってのはほとんどの人間にとつて至難の技かも知れない、と改めて思った次第。お粗末さま。

*1:麻原彰晃と大川隆法がその取り巻き含めて同席して「対決」した、という回に、何の因果か同席していた、その際の備忘録的な雑感。

*2:『俄』056 1991年11月1日号 都市のフォークロアの会。f:id:king-biscuit:20220319131843j:plainf:id:king-biscuit:20220319140819j:plain

*3:以前はこの回の録画、フルバージョンでYouTubeなどにあがっていたように思うが、いつの間にか削除されているらしく、今確認できるのはこれくらい……220319