野口武徳『沖縄池間島民俗誌』のこと

 恩師とその本について述べます。

 名前は野口武徳。今から一〇年前、僕が大学院最後の年に亡くなりました。享年五二歳。舌癌で下顎切除までした壮絶な死でした。
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 その野口先生がまだ院生の頃に行なった民俗調査をもとにまとめた本が、『沖縄池間島民俗誌』(未来社)です。刊行は七二年。最近では古本屋でもあまり見かけませんが、相場は四、五千円。少し前に復刻もされましたが、さして話題にもなりませんでした。すでに忘れられた本なのでしょう。

「基礎的な資料は昭和三六年四月から九月にわたる六か月間のものであり、現在の池間島ではない」

 「まえがき」にこう書いた時点が今からほぼ四半世紀前。実際に調査した時点は、まだドル紙幣とパスポートが必要な占領下の沖縄です。横浜からの船便で、大阪、神戸に寄港して那覇へ、そしてさらに宮古群島池間島へ。半年滞在する東京の大学院生ということで『琉球新報』から取材された由。それほど沖縄は遠い場所でした。

 民俗誌とは、その土地の暮らしぶりや人々の生活習慣を体系的に記述した民俗学の基礎資料ですが、この『沖縄池間島民俗誌』はその資料性以上に、末尾の「わが回想の池間島」が熱っぽく読み継がれ、語られてきました。「学術的にはこの部分は余計である」と書評した人とは、その後長く犬猿の仲だったと聞きましたから、ご本人もやはり思い入れがあったのでしょう。直球一本、まるで青春小説のような調査日誌です。

 この国の民俗学文化人類学も、まだみんな若く、貧しかった。海外調査などは夢のまた夢、バイトをし、かき集めた資金で現地の人々の厚意に甘えながら、身体ごと見知らぬ現実を知り尽くそうと七転八倒していました。そんな日々の昂揚が、泣きたくなるようななつかしさと共に伝わってきます。そして、もうこんな青春小説な調査などできないところにまできてしまったわれわれの現在も、また。

 生きていれば野口先生も六二歳。もう大学も定年になる年頃です。