書評・『ドキュメント 綾さん――小沢昭一が敬愛する接客のプロフェッショナル』(新しい芸能研究室)

  ここで小沢昭一さんが話を聞いている「綾さん」は、早い話がトルコのお姉さんです。今はソープランドって言いますが、彼女が現役で売れっ子だった六〇年代は、サービスの内容がマッサージからスペシャル、そして本番へと移行してゆく時期。売防法で行先のなくなった女の人たちが流れてきていた、などの証言もあって、高度経済成長のまっ只中、「貧しさ」がまだ具体的な“顔”と共に現実に存在していた時期でもあります。

 綾さんの出身は、おそらくこれ銚子じゃないかと思うんですけど、オヤジは博徒で、腹違い含めてのべ十何人の兄弟で、子守っ子から芸者屋の仕込みっ子になって、そこからいろんな仕事を点々としながらナイトクラブのホステスになって、そこでナンバーワンになる。それからトルコへ移ってそこでも売れっ子になって、最盛期の雄琴にまで働きに行く。何ひとつ頼るもののない女性が水商売に身体を張って生きてゆく中で、ひとりの稼業人としての輪郭を獲得してゆく、その過程が実にあざやかで、その意味で「“クロウト”とは何か」についての最大公約数のような優れた聞き書きです。

 初出は、当時小沢さんたちのやっていた雑誌『芸能東西』で、これは実に面白い雑誌でした。福冨太郎さんの「戦後キャバレー史」とか、大西信行さんの正岡容の評伝とか、亡くなった広澤瓢右衛門さんの「瓢右衛門夜話」とか、連載にいい仕事がいっぱいあって、この「綾さん」もそのひとつだった。今なら古本屋で十号揃いで一万円ちょっとですか。 また、その他週刊誌などにもこのような「聞き書き」が結構連載されていた時期で、駒田信二が浅草駒太夫を題材にまとめた『ストリップ一代』(新潮社)なんかもそうだし、また、小沢さんにもこの『綾さん』以外に『にっぽん色里誌』(講談社)とか、今となっては民俗資料的にも貴重な労作がたくさんあります。「聞き書き」という手法は、未だおおっぴらに書かれたものになっていない方面に最も威力を発揮するわけで、その意味じゃこういう下半身がらみの領域などは本領とも言えますね。