講演こわひ

 講演というやつが苦手だ。学生とか若い衆の前ならともかく、年輩の方も混じる世間の人様の前で何か偉そうにくっちゃべっておカネを頂戴する、それだけの資格がそもそもおまえにはあるんかい、てな居心地の悪さがいつもぬぐい難くあってしまう。

 けれども、昨今もの書き稼業の方々がよくテレビに出るのも、ひとつには「テレビで有名なあの〇〇氏!」てな感じで講演依頼が増える、そのためだという話がある。何のことはない、テレビってのはショウウインドウなのだ。のみならず、場合によってはテレビに出ているというだけで謝礼も高くなるとか。へえー、芸能人ならいざ知らず、もの書きにもそんな世界があるんかいな、とこちとら眼を丸くするしかないのだが、この講演業界の相場ってのは90分しゃべっておよそ30万円程度というのがひとつの基準とか。どんなもの書きであれ原稿料だけで食うことがますます至難の技になっている昨今、なるほど月にこういう講演が二本も入れば何とか食ってゆけるだろうとは思う。ただ、その上に往復はグリーン車でなければダメとか、ホテルはこれくらいのクラスでないと行かないとか、人によっては何ともおそろしい条件がいくつもつけられてたりするらしい。いくら食えるからってそういう厚顔無恥までも眼のあたりにしてしまうと、やっぱりこりゃついていけん世界だわ、と思ってしまう。

 不肖大月、そんなおっかない高額の講演なんてこれまでやったこともなければ、この先も臆面もなくやってのけられるとはとても思えませぬ。だって、30万ですよ30万。ちょっとした勤め人の給料ひと月分をたかだかもの書きが90分ばかりくっちゃべったことで頂戴できるなんて、やっぱりどこか間違っちょるよ。

 そんなこと言ってるからおまえ、食えなくなるんだぞ、と忠告してくれる人もいる。何より、30万円であれ300万円であれ、それに見合った中身の仕事がやってのけられて、納得してカネを払う人がいればそれでいいわけで、その額について他人が横からどうこう言うことでもない。そりゃそうだ。まあ、人様はともかく、おいらはどう逆立ちしてもそんな自信はとても持てないだろうという、言ってしまえば単にそれだけのこってすけどね。

 これが同じしゃべくり稼業のはずの大学の教師ならどれくらいになるのか、気になって試しに換算してみた。年収600万円の常勤の大学講師で、週に90分の講義を5コマ持っているとしたら月に20コマで1コマ当たり約25,000円。もちろんこれは単純計算だが、でも、非常勤講師の単価ってのもおよそこれくらいが相場だから、なるほど、感覚としてもこれならば自分も何とかその額に見合ったことをやれるかな、という気はする。手に合う額なのだ。 これが政治家とか官僚とかになるともっとケタ違いにすごいんだろうなあ。でも、そういう講演会のお客さんって何をどう聞いて帰ってるんだろう。そのへんは実に謎だ。