匿名批評の伝統

  書評、というのとはちと違いますが、でもやはりこれは「批評」とか「評論」界隈でのそれなりに大きなできごとだと思うので、触れさせて下さい。産経新聞の名物コラム欄「斜断機」が、この三月いっぱいで終了したんですね、これが。

 もともとは匿名の批評コラム、というのがウリでした。正確には完全に匿名というわけでもなく、文末に(月)とかをくっつける半署名という形なのですが、でもまあ、これってハンドルネームみたいなもんで、ひとりの書き手が複数の半署名を使い分けることだってありという意味じゃ、誰が書いたかわからないような仕組みになってるっちゃなってました。

 ネタは当初は一応、文壇や論壇まわりのあれこれ、という感じで、酒場のゴシップからちょっとした論争沙汰、果ては誰と誰とがこんなに仲が悪いとか、いずれお行儀のよい「批評」や「評論」記事では書けない、書き切れない外道な素材を盛り込んでチクチクやるための解放区みたいなものだったというわけです。

 もともと文壇まわりには、遠くは鴎外なんかの「三人冗語」、近くは『東京新聞』の匿名コラム「大波小波」てな伝説的なシロモノもありました。これ、まとめたものが古本市場でもたまに出ますが、今めくってみるとほとんどネットの匿名掲示板でのカキコみたい。いや、だからおもしろいって意味で言ってるんですが、後でネタバレしてみれば結構名のある作家や評論家も書いていたというのもまた有名なハナシ。こういう伝統を引き継いだのが「斜断機」だったんですな。

 とは言え、数年前にリニューアルした時に「匿名批評はやはり卑怯だ」とか何とか議論があったらしく、その後は署名原稿にしてしまい、案の定、看板さらしてバカやるような器量は新聞にもの書くようなシトたちにはなかなかないらしく、ますますかつての勢いがなくなってきていたのは感じていました。っていうか、匿名が卑怯、っていうのはわかりやすいですけど、でもそれって、ニッポンの活字文化にビミョーにまつわってるサムライ性の名残りってところもあるんじゃないすかねえ。

 ともあれ、匿名コラムの伝統がこれで新聞の表舞台からは切れたと言ってもいいわけで、こりゃあこれから先、芸ある匿名批評、愛嬌ある外道コラムなんてものは、ますます活字以外の場所、それこそネットなんかで修行するしかなくなるってもんで。う~む、かつて「斜断機」メンバーだったあたしとしても、これはなかなか辛いものがありますです、はい。