動きが鈍すぎる

 さて、新らしい年です。この一月一日から、昨年来、何かと物議を醸してきた改正競馬法がいよいよ施行されました。最大の眼目は、すでに何度も言ってきたように「民営化」。瀕死の状況の地方競馬と馬産地の窮状を何とかするための、そしてひいてはこれまた深刻な売り上げ減に苦しむJRAも含めたニッポン競馬全体をここで何とか構造改革するための、敢えて手をつけた法改正、のはずです、本来は。

 なのに、果たして何のための競馬法改正なのか、その点がよく見えない――そういう声をあちこちで耳にします。結局、行政にとって不良債権化した地方競馬を体よくつぶすための改正じゃないのか、生産者だって事実上の中小切り捨て路線で、資本を持ち、中央への販路を持った大手が生き残るだけじゃないか。各競馬場の主催者はもとより、競馬で生活している厩舎関係者の間で、この競馬法改正の動きに対するこのような不信感は、考えられている以上に根深いものになっています。

 赤字だから予算を削る、と主催者は言う、賞金も手当もさがる、それはひとまず仕方ない、辛抱しろと言われるのなら辛抱もする、けれども、いつまで辛抱したらどういう未来が見えるのか、自分たちも含めたニッポン競馬全体がどういう形になってゆくのか、それをはっきり示してくれないのではとても協力する気にならん――どこの競馬場に行っても、こういううめくような訴えが聞こえてきます。調教師であれ騎手であれ厩務員であれ、はたまた獣医であれ装蹄師であれ、競馬で生活している人たちにとってそれは最も切実で深刻な問題です。こんな先の見えない辛抱を続けるくらいだったら、いっそカネもらえるうちに競馬なんかつぶしてしまえばいい――彼らうまやもんたちの多くがそう考え始めるようになったら、それこそが本当の意味で、ニッポン競馬の終わりの始まりです。そして、そういう捨て鉢な気分は、すでに多くの地方競馬とその周辺に、静かに、しかし想像以上に広い範囲にわたってゆっくりと、冷たい雪融け水が土にしみ通るように浸透しつつあります。

 改めて尋ねてみたい。農水省始め、今回のこの競馬法改正に携わっている人たちはそのことの意味を、ニッポン競馬全体のこの本質的な危機を、どれだけ身にしみてわかっているのでしょうか? わかった上での法改正ではなかったのでしょうか?

とにかくあらゆる動きが鈍過ぎます。暮れに示された政令に続いて、昨年内に決定されるはずだったこの改正競馬法にまつわる農水省令も、結局明らかになったのは年が明けてから。それも、全国の地方競馬主催者から現場の実務担当者を東京に呼びつけての内々のレクチュアという形で、その中味も通りいっぺん。宇都宮、高崎とふたつの競馬場が年度内廃止を確定し、四月からの新年度予算のメドのつかない競馬場が複数出始めているというのに、この悠長さはいったい何なんでしょうか。

 ライブドアの競馬参入参入表明の口火を切った形になった高崎競馬は、とにかく「廃止」ありきで初手からライブドアと前向きに話し合う気のない県知事と事務方役人のゴリ押しで「予定通り」年内で開催終了。大晦日の最終日は折りからの降雪で、予定されていたメインの高崎大賞典さえ待たずに途中で開催中止、という泣くに泣けない幕切れだった上に、厩舎関係者への「補償」問題も事実上頓挫していて、騎手や調教師の移籍先などもほとんどが未定のまま、年を越しています。

一方、同じくライブドアの参入に呼応した笠松競馬を抱える岐阜県も、ライブドアの示した提案に対する検討委員会を暮れも押し詰まってからようやく編成、今月下旬をメドに最終的な「存廃」の判断をくだす、ということですが、ここも群馬県同様、事務方は明らかに「廃止」モードで、この新たな検討委員会も「廃止」へのアリバイづくりにしかならないことが懸念されています。万一、岐阜県が競馬組合から離脱しても、残る笠松町岐南町とで開催権を維持して何とか笠松競馬を存続させる動きも一部で出始めていますが、それでも四月からの来年度予算をどう編成するかという問題は変わらないわけで、それは岩手県も同じこと。こちらは年度内に償還金含めて五十億円準備できないとアウトなのに、県議会自体が予算案を通さない構えです。

 各自治体の自主的なご判断で、というのが地方競馬に対する農水省の基本姿勢でした。けれども、もはや地方競馬の問題はそれぞれの自治体首長の判断を超えたところで推移しているところがある。笠松と岩手、どちらかが四月からの競馬が開催できないようなことになれば、それはもう、馬産地の実質的な崩壊まで含んだ静かなパニックがニッポン競馬を襲うことになるでしょう。

 そのような事態をほんとうに想定しているのか、想定した上でのこの動きの鈍さなのか、そうでないなら……競馬を司るお役人たちのアタマの中味というやつを、確かめられるものならこの手で確かめたい、そんな気持ちになっている年明けです。