ダービーの季節も、ひと通り終わりました。
これは僕の年来の持論なんですが、ダービーはひとつじゃない。府中の東京優駿だけがダービーと思わないで欲しい、全国の競馬場の数だけダービーがあるんだから、と、機会あるごとに言ってきています。「東京ダービー」「東海ダービー」……アタマに地名や競馬場名がくっついた、それこそ駅前商店街の「○○銀座」のような、いまとなってはいささか昭和の香り漂うレトロなもの言いに響くかも知れませんが、それでも、です。ダービーはダービー、初夏の気持ちのいい風の中、それぞれの競馬場の三歳馬たちが一生一度の晴れ舞台に挑みます。
先日もひとつ、そんなダービーが開かれました。いまひとつ釈然としない「アラブ補助金詐欺」事件に揺れる福山競馬場の福山ダービー。今や資源が枯渇寸前のアラブ三歳馬たちだけの、その意味では日本一注目されようのない、ささやかなダービーです。これが、ちょっといいレースだったのでご紹介させてください。
二歳時から14戦9勝、取りこぼしたのはほとんど古馬が相手の時だけで同世代では敵なしという、それこそディープインパクトやシーチャリオット並みの圧倒的な強さを見せつけてきたユノフォーティーンが当然、不動の大本命、もう勝負づけはすんだ、というのが地元の大方の見方だったのですが、フタを開ければ、もと同厩で調教パートナーでもあった惑星馬デラホーヤが“負かしにゆく”競馬で道中びっしり競り合う展開に。牝馬No.1のピアドロイともども雁行状態でゴール直前まで追い比べになり、ようやくフォーティーンが抜け出したところに大外から一頭、小回り千メートルの福山の馬場ではふだんあり得ない豪脚で飛んできたのが、なんと十頭立て最低人気の無印チュウオーバロン。鞍上、弱冠21歳の周藤騎手はゴール板の前から「ウヲーッ」と何ともいえない雄叫びをあげる、文字通りの大金星でした。勝利騎手インタヴューでも、何を聞かれても「もう、めっちゃうれしいっす!サイコーっす!」としか言えないはしゃぎっぷりぶりで、スタンドはもちろん、厩舎関係者からも苦笑まじりの祝福を受ける、なかなか素敵なシーンになりました。
「さあ、今日はどこ連れてってくれるんね」と、口取り写真の鞍置きを手伝いながら、先輩の嬉騎手がひやかしてましたが、一着賞金200万ですから進上金はわずか10万、それでも「ええのお、給料ひと月分やのお」と、仲間にうらやましがられるのがいまの地方競馬の、騎手という仕事の現実です。奥さんたちも軒並みパートに出たりで生活を助けながら、日本で唯一、中央競馬の華やかな舞台で乗れる可能性のまずない、最後のアラブ専門競馬場の騎手として、毎日暗いうちから仕事をしています。土日開催が基本ですから、騎手控室のテレビではJRAのレースを横目で見ながらというのも珍しくない。事件がらみの開催自粛がなければ今年の福山ダービーも、府中のダービーと同じ日に行われるはずだったわけですし。脚光を浴びる“あっち”の競馬と、自分たちの仕事としての競馬の落差を一番身にしみながら日々をすごしているのは、彼らかも知れません。
それでも、競馬を「勝つ」喜びは同じこと。まして、ダービーです。地元紙など以外、全国規模のメディアはどこも不在、そんなダービーあったのかよ、と言われるような片隅のダービーですが、でも、おそらく今年全国のダービーで一番はじけた喜び方をしたダービージョッキーが彼、周藤騎手だったんじゃないか、と僕は思っています。
アラブに限らずサラブレッドも、どこの競馬場でも競走馬資源が乏しくなって、他県はもちろん、JRAからの転入条件も緩和して出走馬を確保する動きも見られます。おかげで、競馬場によっては、地元で一回も出走していない馬が中央から移籍していきなりダービー制覇、といった事態も起こっているようです。もちろん、背に腹は変えられない現実があるのは百も承知ですし、このご時世にそういう対応をできるだけまだその競馬場は見込みがあるとも思いますが、それでも、です。やっぱりせめてダービーくらいは、地元で育てた地元の馬たちの祭典であって欲しい、少なくともそれがスジだという気持ちを忘れてもらいたくない、と思うのも正直なところだったりします。
地域密着、地元に還元する小さな競馬――それこそサッカーのJ2みたいな活路の見出し方は、開催規模も組織も小さくまとまりやすい地方競馬だからこそできるはず、僕はずっとそう信じています。そして、そういう小さな競馬が確かにボトムを支えるニッポン競馬の未来もまた、信じたいと思っています。