地方騎手の悲哀について

 内田利雄騎手が、頑張っています。

 もうご存じの方もいらっしゃるでしょう。三月に廃止になった宇都宮競馬場所属だった3000勝騎手。服色から「ピンクの勝負師」と呼ばれ、競馬場の外でも自らバンドを率いてライブをやり、果てはCDまで出したり、と、いわゆる騎手のイメージとはちょっと違う、旺盛なサービス精神でも知られる全国区の名物ジョッキーですが、もともと、フリーとして全国で騎乗したい、という希望を持っていたこともあって、宇都宮の廃止後も他の競馬場に移籍することなくその可能性を模索。関係各方面との折り合いがついて、「短期所属替」という形で、まず手始めに六月からこの八月までは岩手競馬で乗っていました。次は、笠松に移って騎乗する由。何にせよ、こういう前例ができるのは文句なしにいいこと、です。

 もともと、地方競馬の騎手免許は原則全国区のはずで、たとえ所属の競馬場に何かあっても、免許の効力自体は変わりないわけですから、理屈としてはどこの地方競馬場に行っても乗れるはず、なのですが、現実には地元の調騎会が受け入れに難色を示したりで、他の競馬場への移籍というのは、なかなか思うようにいかないのが現実です。このところ廃止の相次ぐ地方競馬のこと、少なくともすでに廃止になった競馬場からの移籍については、さすがに以前よりも条件が緩和され、苦しい中でも何とか仲間を受け入れよう、という機運が出てきたようで、それはひとまずありがたいことではあるのですが、それでも、各地方の競馬場の腕達者が自由に全国で乗れるようになるまでには、まだまだいくつも超えなければならないハードルがあります。よく言われる中央と地方の垣根、もさることながら、それよりも、地方同士の垣根の方が厳しかったりする現実があります。

 中央と地方の垣根の方は、かの安藤勝巳騎手以来、JRAで年間二十勝、それを五年間で二回達成すれば一次試験は免除、という 規定――人呼んで“アンカツ”ルールができて以来、少しは風穴があけられましたし、絶対にあり得ないと思われていた一次試験からの突破も、園田の赤木騎手に続いて、笠松の柴山騎手までがクリア。“アンカツ”ルールの方は、認定競走や指定交流競争が入って、地方在籍のまま中央で使える馬のいない競馬場だと適用されるのは現実的に難しいですし、その上でさらに馬主や調教師などの協力が必要になるわけですが、こちらは正面から正々堂々、ペーパーの一次から受けても何とかなるかも、という希望を全国の地方ジョッキーに与えた効果というのは、ある意味、安藤騎手の中央移籍よりも大きかったかも知れません。 

 実際、去年のJRAの騎手試験の一次試験には、白井の騎手学校の生徒たちに混じって、地方所属の現役騎手たちがたくさん混じっていました。先の内田(利)騎手などはメディアの取材を受けていましたが、実はそれ以外にも意外なほど多くの地方騎手が受験していたことは、あまり表立って伝えられなかったようです。なんと、福山からもひそかに受験していたんですよ。アラブしかいないから他の競馬場との交流もまずあり得ない。騎手も、他の地方競馬ならば中央移籍を夢見ることもできますが、サラブレッドがいないからJRAの認定競走も入れられず、指定交流競走もない。そんな福山固有の切ない事情も、その意味も、正面から理解しようとしたメディアはあたしの知る限り、ありませんでした。

 廃止された競馬場に所属していた騎手の中に、まだ免許を返上しないまま、状況が変わるのをじっと耐えて待っている“現役”ジョッキーがいます。とにかく中央のジョッキーと同じ土俵で勝負できるようにしてください、腕で負けるのは仕方ないですが、対等に勝負できない今のような状態では、ボクたちもプロとして納得いきません。こっちが中央に乗りに行けるようになるなら、中央の人がこっちの競馬場に乗りにきてくれて全く構いません。賞金は安いですけど、同じ競馬で勝負しましょう、それが騎手としての夢です――そんなことを、免許更新の面接の席上、必死に訴える地方の騎手たちがいます。それらのことは、さて、どれだけ知られているでしょうか。

 いったん競馬場がつぶれると、ほんとにあっけないくらいに人はちりぢりばらばらになってしまい、半年もするともう、あいつどこで何してるんだろう、ということになるのが、残念ながら現実です。厩務員はもちろん、全国区の免許で管理されているはずの騎手や調教師でさえも、馬の仕事を離れてしまえば消息不明、というのは珍しくありません。馬の仕事の技術も知恵も経験も、彼らと共に雲散霧消してしまうわけで、そういう競馬の産業基盤の損失、という意味も含めて、競馬場の存廃は考えられねばならないはずです。特に、ひとり育成するのに時間も費用もかかる騎手の場合、いくら競馬場がなくなったにせよ、簡単に免許を放り出させるのは納得いかない。内田(利)騎手のように、乗せてもらえるならばどこででも乗りますよ、と敢えて胸張ってみせる、腕に自信の地方騎手たちがもっともっと表舞台に出てきていいと、あたしは思っています。