解説・山野車輪『韓国のなかの日本』

 山野車輪が、韓国という「現場」に降り立った。まず、そのことが今回、この彼の新しい作品について最初に語られるべきこと、なのだろう。

 言うまでもなく、あの『マンガ嫌韓流』の作者である。近年ニッポン国内にはっきり宿り始めている韓国/朝鮮への違和感、不信感を、マンガという形式で表現した作品。それが国内メディアはもとより、『ニューヨーク・タイムズ』や『タイムズ』など海外メディアにも報道されるほどの「事件」になっていったこともさることながら、既存のマンガ市場、大手出版社を介してでなく、インターネット上から出発しての創作過程で、最初にネット住民たちの間で支持が広がっていったことも、その内容やもたらした現象とはまた違うところで、ニッポンのマンガ史上におけるひとつのエポックになったと言っていい。

 もちろん、『マンガ嫌韓流』そのものについては当初から毀誉褒貶、さまざまにあった。「右傾化」「偏狭なナショナリズム」の発露の典型、といったお約束のレッテル貼りが大方だったが、仮に欠点や弱点があったとして、にも関わらずそんな問題の多い作品がどうしてそこまで多くの人に読まれ、話題になったのか、ということまで斟酌した同情ある批評や理解は正直、少ないままだった。このへんは、90年代に小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』をめぐって出てきた言説の見取り図と基本的に変わっていない。作品を肯定的に語る場合も否定する場合も共に等しく「マンガだから」というもの言いがイクスキューズとして媒介になってしまうこと、それ自体が今もなお、ニッポンのマンガの大きな不幸である。

 『マンガ嫌韓流』の次に山野車輪がやるべきことは、実際に韓国に出かけ、その眼で見、足で訪れた見聞、体験をもとに作品を描くことだ、そう思っていた。そして、それをやった時に『マンガ嫌韓流』で示したような彼の韓国/朝鮮への理解がどのようなものになってゆくのか、その変化もまた楽しみだろう、と。で、今回、この『韓国のなかの日本』で、彼はそれをやった。そのことはまず素直に評価したい。ならば、その成果はどうだったろうか。


 物語は、日本人の若い衆数人が韓国に出かけることになる、という設定になっている。

 「嫌韓」代表としての桐生颯太、在日のステレオタイプ(四世、だが)としての井上あさみ、がひとまずメインキャラ。共に出版社か編集プロダクション勤務で、仕事として韓国に取材に出かけることになり、これに上司の指示で加わった謎の人物、早瀬ミサヲがからんでチームになっている。これに対して敵役として、颯太やあさみの学生時代からの友人の細田影司がいて、これは当然、絵に描いたような「自虐」史観の半島シンパ。旅行代理店かそれ系の出版社あたりの勤務という設定で、同じく韓国に仕事で出かけていて颯太らの行く先々で顔を出す。同じく、定型の「プロ市民」キャラで大学助教授というオバサンも同行、箸休め的にみずほと沙菜という“萌え”キャラ学生もいて、まあ、これらキャラクターの設定は、いまの日本国内での韓国/朝鮮をめぐるスタンスのそれぞれを類型化したものと言っていい。

 実際にまわるところは釜山、統営、巨済島、馬山、鎮海、鬱陵島、大邸、木浦、そして光州。京城とその周辺に終始する「観光」の定番以外の土地だが、そこで日本がかつて韓国内に残してきた足跡――それらは今、韓国によって破壊されていたり曲解された遺跡になっていたりするのだが、そのような場所を主人公たちが精力的に訪問しながら紹介してゆく、という組み立て。あまり知られていない韓国の近現代史にまつわる知識も織り交ぜながら、現在の韓国にはらまれる「近代」「日本」の痕跡を、メディア経由で押しつけられている「韓流」などとは違う、新たな「観光」素材として今後の相互理解の媒介にしたい、そんな意図が見える。ひとまずそれはいい。また、そういう脈絡で「在日」に新たな期待を寄せるというスタンスからの提言にも、十分に耳傾けるべきものがある。

 なのに、と言うか、しかし、と言うべきか、せっかく韓国まで足を運びながら、生身の、等身大の韓国人についての描写という部分でいささか拍子抜けするくらいに乏しく、薄い印象なのも、また確かなのだ。


 実際に半島に足を運んで得た見聞をマンガという形式に盛りつけた、先行作品としては誰しも根本敬の傑作『ディープコリア』を想起するだろう。初版が1987年。その後何度か再訪、その都度加筆されながらいまの「豪定本」に見られるように全貌はふくらんでいったのだけれども、『マンガ嫌韓流』やこの『韓国のなかの日本』と突き合わせてみると、ざっと20年という彼我の時代背景の違い、作者の世代差、何より読者の置かれている情報環境の変貌……などなどもろもろの変数を考慮してなお、ああ、生身のニンゲンに対する興味のありようが根本や、おそらくあたしなども含めたこれまでの世代とまた少し違うものになってきているのかも、ということを痛感した。このへん、まだうまく説明できないのだが、読んでゆくうちに漠然とした肌合いの違い、透明な距離感みたいなものが微妙に残ってしまうのだ。

 意図的なもの、かも知れない。今回、描きたかった重点がそこではない、そういう理由もあり得るし、こういう描き方で形にされた「現場」の方が『マンガ嫌韓流』を支えたいまどきのニッポン人のリテラシーにおいて、より〈リアル〉である、そんな判断もあっただろう。〈いま・ここ〉に生きる表現者としての山野車輪は、そのことを直感的に察知しているのかも知れないのだし。

 だとしたらなおのこと、今回奇しくも見えてきたこの手ざわりの違い、ニンゲンとそれを含んだ眼前の〈リアル〉へのアプローチの相違を、単なる時代差、世代差としてだけ切り捨てることはしないでおきたい。このへんは、あたし的にも「審議中」。読者の中にもしも、同様の違和感を抱く向きがあれば、この先、共にゆっくり審議してゆく構えを持っていただきたい。ニッポン人にとっての〈リアル〉とは何か、を今後、歴史の相において〈いま・ここ〉から考えようとする時、これは結構看過できない問いをはらんでいると思う。


 同じような意味で、最後の方で作者山野車輪までキャラとして登場したのにも正直、びっくりした。聞けば、これまでも作品中に「あとがき」的な形で登場したことはあるというのだが、このように“おはなし”そのものにはっきりからむキャラとして出てくるのはまた意味が違う。

 『マンガ嫌韓流』の時点で、敢えて匿名性の中でものを言う、その匿名性を支えている環境を空気のように信頼する、その構え方自体が表現者として新たな情報環境への適応のひとつの形、という印象があったから、たとえキャラとしてでも今回、彼自身が一人称の自分をすんなり登場させているとは予想しなかったのだ。

 あすみに「一番インパクトがあった場所は?」と尋ねられて、その「山野さん」は恍惚とした表情さえ浮かべてこう言う。

「群山バスターミナルの裏手にあるラブホテルに宿泊する際に通った道の壊滅的寂れ具合、そしてその放置具合がすごかったよ! 激しい路上駐車も東九条コリアンタウンを彷彿されたインパクトがあった!」

「観光地はそうでもないけど、地方都市はホントに街並みが汚かったよ」

「それと多くの食堂は衛生面が芳しくなかったな……食事中にかなり多くのハエを見かけたよ」

 もしも今後、このような位相において固有名詞でものを言う、語ることを彼が始めるのだとしたら、これまでとは違う「読み」や批評、評価の視線にさらされることを覚悟しなければならないだろう。そうなってゆく時、山野車輪という名前も、何よりその名前にまつわる自意識もまた、変貌してゆかざるをえないはずだ。その過程でなお、どのようにマンガという形式での言論、思想沙汰を構築してゆけるのか、そんな新たな課題、あの『マンガ嫌韓流』の〈それから先〉がようやく具体的に見えてきた、というのは、おそらくそのような意味において、だと思う。

 いずれにせよ、これからがほんとうの試練。道行きはまだ、始まったばかりだ。